第十四話 医院長、休診します
『死んだら、うちに来なさい』
第十四話 医院長、休診します
山下医院には、休診日がない。
正確には――
休診日を作っても、患者が来る。
「だから今日は休むの!」
山下光圀は、朝から宣言していた。
「本日は休診!」
「はい」
とこは受付の札を裏返した。
【休診】
「電話も切る!」
「はい」
「玄関も閉める!」
「はい」
「誰が来ても入れない!」
「はい」
「今日はアタシ、絶対に仕事しない!」
「分かりました」
山下は満足そうに頷いた。
「そういうわけだから、今日は全員自由行動ね」
「医院長」
ミジンコが手を挙げる。
「何よ」
「休診とは、具体的に何をするのでありますか?」
「好きなことしなさいよ」
「では私は訓練を」
「やめなさい」
「読書を」
「何読むの?」
「軍事教本です」
「もっとやめなさい」
「では庭の整備を」
「それも仕事でしょ」
「……」
ミジンコが困った顔をする。
「では、何をすれば?」
「知らないわよ」
アルちゃんが笑う。
「お昼寝とかどうですかぁ?」
「それだ!」
山下が指を鳴らす。
「今日は寝る!」
「医院長、昨日も寝てませんでしたよね」
とこが言う。
「だから今日は寝るの」
「では、私も休みます」
「とこちゃんまで?」
「はい」
山下は少し嬉しそうに笑った。
「じゃあ今日は、本当に休みね」
――その瞬間だった。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
「……」
「……」
「……」
全員が玄関を見る。
山下はゆっくり立ち上がった。
「……誰よ」
とこが時計を見る。
「午前九時です」
「休診って書いてあるでしょうが!」
ピンポーン。
もう一度鳴った。
「無視よ」
山下が座る。
ピンポーン。
「……」
ピンポーン。
「……」
ピンポーン。
「しつこいわね!」
山下が立ち上がる。
「アタシが行く!」
「医院長」
ミジンコが立ち上がった。
「ここは私が!」
「何で戦闘態勢なのよ」
「未知の来訪者です!」
「ただの来客よ」
「しかし!」
ミジンコが玄関へ向かう。
「状況開始――」
「言うな」
「はい」
ミジンコが扉を開ける。
「どちら様で――」
「お届け物です」
「……」
「宅配便です」
「……」
「受け取りをお願いします」
ミジンコが振り返る。
「医院長」
「何よ」
「敵ではありませんでした」
「でしょうね」
「ですが」
「何?」
「荷物があります」
「受け取って」
「はい」
ミジンコが荷物を受け取る。
送り主は――
不明。
「何これ?」
山下が箱を見る。
「分かりません」
とこが箱を調べる。
「爆発物ではありません」
「何で調べられるのよ」
「経験です」
「怖いわね」
箱を開ける。
中には、
一冊の古いアルバム。
そして一枚の手紙。
山下が手紙を開く。
そこには、
たった一行。
**『あなたの休日を邪魔して申し訳ない』**
「……」
山下の眉が動く。
「誰よ」
その下には、
さらに一文。
**『だが、今日だけは医院長でいてはいけない』**
「……どういう意味?」
山下は手紙を読み返す。
そしてアルバムを開いた。
一枚目。
古い山下医院。
二枚目。
昔のスタッフ。
三枚目。
患者たち。
そして四枚目。
山下の手が止まった。
「……何これ」
写真の中央。
そこには、
今の山下医院とほとんど変わらない建物。
その前に、
数人の人間が並んでいる。
だが――
その中に、
今の山下医院の制服を着た人物がいる。
「……これ、昔の写真よね?」
「はい」
とこが答える。
「ですが、服装がおかしいです」
「でしょう?」
ミジンコが写真を覗き込む。
「これは……」
「何?」
「現在の制服と同じです」
「……」
山下は写真を裏返した。
日付は、
**昭和四十三年。**
「また昭和四十三年……」
その時だった。
アルちゃんが写真を覗き込む。
「わぁ……」
「どうしたの?」
「昔の病院って、今と全然違いますねぇ」
「そうね」
「でも、この写真の人たち」
「うん?」
「みんな楽しそうです」
アルちゃんは、
本当にそれだけを言った。
「いい写真ですねぇ」
「……」
山下はアルバムを閉じた。
アルちゃんは何も知らない。
何も疑っていない。
ただ写真を見て、
楽しそうだと思っただけだった。
「アルちゃん」
「はい〜?」
「今日は何する?」
「お昼寝します〜」
「最高ね」
二人はそのまま居間へ向かった。
ミジンコが二人を見送る。
「……平和ですね」
とこが答える。
「はい」
「ですが」
「何?」
「医院長が休む日は、ろくなことが起きません」
「それは確かに」
---
昼。
山下はソファで昼寝をしていた。
アルちゃんも隣で寝ている。
テレビから、
どうでもいい昼の番組が流れている。
静かだった。
本当に静かだった。
――ガシャーン!
「うるさい!」
山下が飛び起きる。
「何!?」
台所。
ミジンコが立っている。
床には、
割れた皿。
「……」
「……」
「何したのよ」
「料理です」
「何で皿が割れるのよ」
「敵襲に備えていました」
「料理中に?」
「はい」
「意味分かんない」
ミジンコが胸を張る。
「本官、調理中も警戒を怠りません!」
「本官って言うな!」
「了解しました!」
「だから了解するな!」
とこが台所に入ってくる。
「ミーくん」
「はい」
「片付けて」
「はい……」
「その後、座って」
「はい」
「動かないで」
「……はい」
ミジンコが正座する。
「医院長」
「何?」
「私は――」
「今日はもう喋らないで」
「了解しました」
「喋るなって言ったでしょうが!」
---
午後三時。
山下は縁側でアイスを食べていた。
「……平和ね」
「はい〜」
アルちゃんが隣に座る。
「休診っていいですねぇ」
「そうね」
「院長もたまには休んだ方がいいですよぉ」
「分かってるわよ」
「ずっと忙しいですから」
「……」
山下はアイスを見つめた。
「アタシね」
「はい?」
「休むの、ちょっと苦手なのよ」
「どうしてですか?」
「仕事してないと、何か置いていかれる気がするの」
「……」
「患者も」
「はい」
「仲間も」
「はい」
「時間も」
山下は空を見上げた。
「だから、動いてないと落ち着かないのよ」
アルちゃんは少し考えてから、
「じゃあ」
「うん?」
「今日は、置いていかれない日ってことにしましょう」
「……何それ」
「みんなここにいますからぁ」
「……」
山下は笑った。
「アルちゃんって、たまに良いこと言うわね」
「たまにですかぁ?」
「たまに」
「ひどいです〜」
二人で笑う。
その時。
玄関から声がした。
「すみません!」
山下の顔が固まる。
「……」
アルちゃんも固まる。
とこが受付から顔を出す。
ミジンコが立ち上がる。
「患者です!」
山下が叫ぶ。
「今日は休診よ!」
「でも!」
「休診!」
「医院長!」
「今日は絶対に診ない!」
玄関から、
もう一度声がした。
「山下先生!」
山下はため息をついた。
「……何よ」
「助けてください!」
「……」
その声は、
泣いていた。
山下は立ち上がる。
「医院長」
とこが呼ぶ。
「何?」
「休診です」
「……」
「どうしますか」
山下は玄関を見る。
そして、
小さく笑った。
「そんなの決まってるでしょう」
白衣を羽織る。
「今日は休診だけど――」
玄関へ向かう。
「泣いてる患者を放っておくほど、アタシは暇じゃないのよ」
扉を開ける。
そこに立っていたのは、
一人の少女だった。
息を切らしている。
手には、
古い写真。
「先生……!」
「どうしたの?」
少女は写真を差し出した。
「この人を――」
写真に写っているのは、
白衣を着た一人の男。
そして少女は、
震える声で言った。
「この人を、生き返らせてください」
山下の表情が変わった。
休日は、
終わった。
**第十四話 完**




