閑話 黒薔薇姫は恋をしている
皇女パトリシアは、皇国の黒薔薇と謳われている。白い肌に紅い瞳と唇。そして艶やかな黒髪が、人々の心を惑わしていた。
先日肩先でばっさり切ったヘアスタイルも、令嬢たちの間でかっこいいと評判を呼び、貴族学院で新たなブームを作り出している。
そんな人心掌握術を持っている彼女だが、自身の恋には苦戦していた。
――少し年が離れすぎなのよ。
相手の男は五つ年上の若き宰相補佐の侯爵令息。既に二十歳を超えて仕事をしている彼には配偶者は愚か、今は婚約者すらいない。
――そろそろ、群がる虫を蹴散らすのも限界なのよね。
それは三年前。彼にまだ婚約者がいた頃のこと。
一年生だったパトリシアは、学院内で恋愛小説を流行らせた。作家に惜しまず支援をし、甘い言葉が満載の、女に尽くす男の物語を沢山書かせた。
貴族令嬢は誰もが、自分をお姫様として扱ってくれる婚約者を夢見た。
若き宰相補佐がミスをしたのは、そんな時。就職したてで多忙を極めていた彼は貴族学院の舞踏会に大幅に遅刻をしてしまった。
待ちぼうけをくらった婚約者の少女が玄関ホールで泣き崩れる姿を、パトリシアは今も覚えている。
――留学中だった王子様が興味を持ってくれたのは、好都合だったわ。
傷心の彼女の心を射止めたのは、当時パトリシアと水面下で婚約していた隣国の王子。人前で涙を流す少女が気になって仕方ない様子の王子に、パトリシアは言った。
「どうぞ、私のことはお気になさらず。泣いている子がいるのは、私も心が痛みますから」と。
その結果。瞬く間に王子と令嬢は心を通わせ、若き宰相補佐は観衆の目前で婚約を破棄された。彼もまた、それをその場で受け入れた。国のために働く自分を理解できない方を、我が家は受け入れられない、と。
婚約者より仕事を優先する姿勢を露わにしている男に、寄りつく令嬢はいなくなった。かくして、婚期を逃した仕事中毒者が出来上がったのである。
――でも、そろそろ限界。うかうかしてたら、彼に子供を産むだけの女があてがわれてしまう。
誰よりも賢いあの人の子供を産むのは自分と、パトリシアは決めていた。あの人と私の血で、さらに賢い子供を産んでみせる、と。
――資料を睨むように見る癖も、実は熱いものが苦手なかわいいところも、誰より女性を優しくエスコートできるところも、全部全部私のもの。誰にも譲らない。渡さない。あの人は、私のものなのよ。
焦る心を、パトリシアは必死に宥める。
「皇女殿下、ご覧ください。綺麗なお花です」
涼やかな声がして見ると、赤毛の少女が腕いっぱいに花を抱えてサロンに入ってきた。
数日前に拾った彼女を、パトリシアはとても気に入っている。
家族に見放されてぼろぼろだった少女は、磨けば磨くほど立派な令嬢になった。元々頭が良いとは知っていたが、想像以上でパトリシアも浮かれた程である。
「あらほんと、綺麗ね。これ、飾って頂戴」
護衛に命じて、パトリシアは赤毛の少女を撫でた。
「ありがとうアマリエ。素敵だわ」
褒めてやると、少女は頬を染めて喜ぶ。
――本当にこの子は、素直で、賢くて。とても、従順。
皇帝と、パトリシアは一つ賭けをしていた。
今、暗雲立ち込めている弟の縁談の変わりに、国に利益がある新たな縁談をまとめる事。それができれば、宰相への降嫁を許す、と。
――全て貴女にかかっているわ、アマリエ。この国で一番、皇太子妃にふさわしい子。
護衛が活けた花を持ってきた。その中には薔薇もある。棘がついたままのそれを、パトリシアはゆっくりと撫でた。
――私の性格が悪いことはわかっているわ。でも。薔薇には棘があるって言うでしょう?
黒薔薇姫は優雅に笑った。
パトリシア視点のエピローグでした。
続編、連載開始いたしました。
タイトル【黒鷲の皇太子は拾った猫を溺愛する~冷徹な彼はキス魔でした~】です。
どろ甘の溺愛作品を書きました。
彼女にべた惚れなローグヴァルトと彼に翻弄されるアマリエをお楽しみください。




