全ては彼女の計画通り
貴族学院に着くと、周囲の視線が一斉にアマリエに集まった。特に女生徒からは針のような視線が飛んでくる。蝋燭だけの薄暗い空間のせいか、その鋭さは昼間より凄まじい。
予想してはいたが、とんでもない敵意だった。
――怖い。みんな怖い。でもドレスは白だから。赤じゃないからどうか許して!
相手の瞳の色に合わせたドレスを見にまとうのは、婚約者であることを示す古くからの行動である。
今回、ローグヴァルトは白のドレスをアマリエに贈っていた。ローグヴァルトの瞳は赤。
ドレスの色が免罪符になるかとアマリエは予想していたが、甘かった。
皇太子の到着を察して、廊下にいた貴族達が道を譲って頭を下げる。その中を移動しながら、アマリエは冷や汗を浮かべていた。ローグヴァルトの腕に回したどきどきはもう既に吹き飛んでいる。
ふと、二人の前方で、一組のカップルが他の貴族より前に出た状態で頭を下げていた。男性のほうは少し年齢が高めで、女生徒のパートナーであることが窺える。
あからさまに声かけ待ちのその姿に、アマリエは眉をひそめた。
「ヴォルム家の方、大胆ですね」
小声で話しかけると、ローグヴァルトは紅い目を見開いた。
「……わかるのか」
「え?」
彼の言葉の意味が分からなくて、アマリエは聞き返したが、ローグヴァルトは答えなかった。代わりに、ぐっと、彼の背筋がより伸びた。
「久しいな……ヴォルム卿」
「殿下におかれましては、今日もご機嫌麗しく」
「先日、卿から穀物制作について有意義な発言があったと陛下から聞いた。今後も、よろしく頼む」
「お任せください。これからも我が国の食料事情は、我が領地が支えてみせます」
政治の上層部の会話に周りの生徒が感嘆の声を漏らす。
様々な注目を受けながら、ローグヴァルト達は彼らから離れた。
すると彼の体から力が抜けた。まるで、緊張していたかのように。
――あの程度のご挨拶、皇太子殿下は慣れていそうだけれど。
アマリエが不思議がっていると、その視線に気づいたローグヴァルトが顔をしかめた。
「すいません!」
見すぎた、と判断したアマリエはすぐに謝罪して視線を前に向ける。一人猛省を始める彼女に、ローグヴァルトは拳を握る。
「グリーヴァンス嬢。一つ、頼めるか」
二人の歩みは止まらない。近づいてきた講堂には皇太子を待つ人々がたくさんいるのが見えた。
「正直に言う。俺は、人の顔を覚えるのが苦手なんだ」
零すように漏らしたその告白に、アマリエは耳を疑った。
「紋章が見えればいいんだが、頭を下げた状態だと正直、全く区別がつかない。こんな夜だと本当にだめなんだ」
足を進めながら、ローグヴァルトは視線だけをアマリエに向けた。
「助けてもらってもいいだろうか。わかる範囲でいい。誰が次に待っているのか、教えてくれ」
突然降って沸いた大役に、彼女は震える。
「わ、私も、そんな、自信があるわけではないのですが」
「わかる範囲でいい。誤魔化し方もある。が、先ほどのヴォルム家は合っていただろう。卑下するな」
皆が待つ行動は、もう目の前まで迫っていく。
「頼むぞ」
嫌だなんて、言えるアマリエではない。
行列ができる程の挨拶を済ませた後、ローグヴァルトとアマリエは東屋にいた。月明かりだけが降り注ぐ中、陰に座るローグヴァルトには少し疲れが出ている。
「なにか、お飲み物でも取ってきましょうか?」
アマリエの気遣いを彼は断った。東屋に入るぎりぎりのラインで立ったままの彼女の手を掴む。
「いい。この暗い中、君一人で歩かせることはできない。それより、座ってくれ」
皇太子と東屋で二人きりになってしまうのは嫌だったが、言われてしまっては断れない。アマリエは恐る恐る、東屋に足を踏み入れた。机を挟んでローグヴァルトの正面に座る。
「今日は本当に助かった。ありがとう」
「そんな、私なんか」
まっすぐ目を見つめながらお礼を言われて、アマリエは戸惑った。
「卑下するな。あの空間で全員の名前を言い当てるなんて、普通の令嬢はできない。君はもっと自分の能力を誇って良い」
向けられる視線には、舞踏会前と違って明らかに熱があった。居心地の悪さを感じながら、アマリエは恐縮する。
「殿下のお役にたてたのなら、光栄です」
――なんだか、嫌な予感がする。
逃げ出したい気持ちを抱えながら、アマリエはローグヴァルトに向き合っていた。
「グリーヴァンス嬢。婚約者はいないと、言っていたな」
「は、はい。そうです、が……」
彼女の頭の中で、警告音が鳴り響く。
今すぐこの場から離れたいと思っているのに、彼女の体は動かない。正面から紅い二つの瞳に見つめられて、まるで蛇に睨まれた蛙のようになっていた。
「立候補、してもいいだろうか」
静かに紡がれた言葉に、アマリエは震える。
「ひ、姫君との婚約が、あるはず、では」
「実は、彼女は流行病で亡くなった、と連絡が来てな。まあ……それは表向きの発表で、どうやら俺は、振られたらしい」
ローグヴァルトは自虐気味に笑った。
「まあ、国内貴族の顔も覚えられない皇族だからな、俺は。あちらにお会いしに行った時の行動が、どうもまずかったようだ」
そこで言葉を切ると、彼は顔つきを変えた。真剣な瞳でアマリエを見つめる。
幼い頃から噂を聞いていたグリーヴァンスの才女が本当に優秀なことを、この数時間で彼は痛い程実感していた。
――貴方が手を取らなきゃ、あの子はまたぼろぞうきんのように扱われるわよ。
姉の言葉が脳裏によぎる。彼女の両親を思い出すと、それはとても切実な状況に思えた。
「あちらの正式発表が出次第、改めて俺の婚約者の選定が始まる。国内と国外。どこも動くだろうが、玉座を継ぐ身として共に歩く者は優秀な人がいい。希望を出すなら、今なんだ」
熱い視線を受けて、少女の額を汗が流れた。心臓が、今までにないほどうるさい。
「俺を支えてくれないか、アマリエ。次の舞踏会では、紅いドレスを着てほしい」
「私ね、好きな人がいるの」
翌日、貴族学院で報告を受けたパトリシアはアマリエにそう切り出した。
「でも、皇族の恋って不自由が多くてね。私の意思とは関係なく、婚約者が内定しそうだったの。貴女のお兄様よ」
突然始まる恋話に少女は顔を青くしていた。今自分は、普通では知りえない情報を注がれている。知ってしまってはもう戻れない情報を。
「国内バランスを考えるとそうなるのですって。でも私、知っているのよ。貴女のお兄様にもう恋仲の女性がいること。私も好きな人がいるのだし、不毛な結婚はするものじゃないでしょう?」
黒薔薇姫は紅い目に怯える捨て猫を映す。
「だから、ね。協力してアマリエ。私の事、おねえさまって呼んで頂戴?」
捨てられていた猫は、返事の代わりに目に涙を浮かべた。
黒薔薇姫は捨て猫を拾う 完
お読みくださりありがとうございます!
この後、ローグヴァルトの溺愛が始まります。
彼らの子供たちを主役にした長編を現在連載中です。
https://ncode.syosetu.com/n6147mb/
よろしければお読みください。数人、本作の登場人物が出てきます。※亡くなっている人物もいます。
本作も長編も、ブックマーク、★評価、いただけると頑張れます。
ありがとうございました。




