黒薔薇姫は満足げに笑う
「本当に、本当に申し訳ございません……」
舞踏会の日。学院へ向かう馬車の中。アマリエは今までにない程小さく縮こまっていた。狭い馬車の中でも体を折りたたんで頭を下げる彼女に、ローグヴァルトは苦笑を返す。
それが、パトリシアを介さず交わした初めての会話。
「貴女が謝ることではないだろう。顔をあげろ。ああいった類は特に珍しくはない」
事は、ローグヴァルトが紋章付きの馬車でグリーヴァンス邸を訪れたところから始まった。
「ローグヴァルト殿下。ようこそ我が家へお越しくださりました」
「この度は、娘をお誘いくださり本当にありがとうございます!!」
まず、アマリエの父、グリーヴァンス侯爵が両手を広げて出迎えた。後ろから侯爵夫人も笑顔で立つ。
その後ろに、これでもかと宝石で飾り付けられたアマリエが顔を青くして立っていた。
「グリーヴァンス卿、出迎え感謝する。今日は御息女をお借りするが」
「こんな娘でよろしければ、どうぞお連れください」
「いっそ朝まで帰さなくても大丈夫ですわ」
「っ!! お母様!!」
下品な物言いに、アマリエが悲鳴のような声を上げるが、母親はぎろりと彼女を睨み付けて詰め寄った。
「お前。このチャンス、無駄にしたら許さないよ」
母の小さく低い声に、アマリエは震える。
――なにを期待しているんだろう。私は、代打のパートナーでしかないのに。
下心丸出しの両親を、彼女は恥じた。
少し郊外にあるグリーヴァンス邸から貴族学院までは時間がかかる。
ローグヴァルトと向かい合って座り、アマリエは小さく小さくなっていた。
――お母様もお父様も、ほんとに恥ずかしい。殿下に対して失礼なのよ。
家族の思考の透けた笑顔を思い出す度にアマリエは消えたくなる。そして思い出した。
――お兄様、なんだか様子が変だった。
一つ年上で最高学年の兄は、今日は家にいた。廊下ですれ違った時、彼はとても険しい顔をしていた。
幼い頃、あの顔をした兄に会うと必ず怒鳴られていた、そんな顔。それなのに。
「……しっかり、務めを果たして来い」
兄の口から出たのは激励の言葉だった。
――絶対機嫌の悪いお顔だったのに。どうしたのかしら、お兄様。
「グリーヴァンス嬢」
心にひっかかる思考は、ローグヴァルトの呼びかけで吹き飛ぶ。
「はい! なんでしょう殿下!!」
「その恰好のまま、会場に行っても大丈夫か?」
問われてアマリエは、はっと思い出した。今の自分の恰好を。
ローグヴァルトから贈られた白色のドレスに、ティアラ、イヤリング、首飾り、指輪。ありとあらゆる宝飾品で飾り立てられた滑稽な姿を。
「もちろん全て外します!」
アマリエは手始めに耳からイヤリングを引きちぎった。
「待て。そんな慌てるな」
ローグヴァルトが止めるが遅かった。もぎ取ろうとしたティアラはアマリエの髪にひっかかり、綺麗にまとまっていた髪を一部崩した。
「ほら、そうなる」
ローグヴァルトが呆れた声を出した。アマリエは手探りでひっかかった髪からティアラを外そうとするが、馬車の揺れもある中ではうまく行かない。その様子をローグヴァルトは険しい顔をしながら見守っている。
「貸してくれ」
ふいに、ローグヴァルトが席を移動した。アマリエの隣に座り、彼女の手から髪の絡まったティアラを奪い取る。
「じっとしていろ」
そう言って、彼は丁寧に髪を取り外し始めた。
馬車の中は狭い。隣に座れば必然と距離は近くなり、馬車が揺れる度、ローグヴァルトの体が屈んでいるアマリエの頬に触れた。
――っ!!!!!
今までにない異性との急接近に、アマリエは声にならない悲鳴を上げた。
――近い。大きい。それに、知らない香りがする。
彼女が大混乱している間に、ティアラは無事外れた。外れたティアラをアマリエに渡すと、ローグヴァルトは乱れた髪に触れて少し整えた。
「大きく崩れないから安心しろ。これなら、このまま会場に向かえる」
髪の毛に触れる感触に、アマリエは渡されたティアラを握りつぶしてしまうかと思った。
昨日は今日で完結と言っていたのですが、すみません。
もう1話続きます。
次で完結です。
明日、5/28(木)21:00更新。
よろしくお願いいたします。




