黒薔薇姫は仲人を楽しむ
「そ、その髪は」
「切ってみたの。頭が軽くて動きやすいのよ! もっと早くこうすればよかった」
パトリシアは嬉しそうに頭を揺らすと、アマリエに向き直った。
「似合うでしょう?」
髪を短くしても、彼女の優美さは全く損なわれていなかった。それどころか、露わになった白い首筋が艶めかしさを増幅していた。
「お、お似合いです。もちろん」
「でしょう? ふふふ」
楽しそうに笑うパトリシアに対して、アマリエは顔を青くして焦っていた。
――どう、しよう。
パトリシアの行動は、完全に昨日の侮辱に対する回答だった。皇女にここまで行動させてしまった重みをアマリエは全身で感じる。
――ここから、どうやったら頼み事のお断りなんてできるの。
アマリエがぐるぐると思考を巡らせていた時。
「姉上」
少年の声がした。
嫌な予感がして恐る恐る見れば、黒髪赤目の少年がすぐそこにいた。
――皇太子殿下!!
アマリエは悲鳴を飲み込む。
そんな彼女には目もくれず、少年はパトリシアの元に歩いてきた。
「だから言ったでしょう、その姿はいたずらに人目を引く、と」
「なぁにローグヴァルト。学院で話しかけてくるなんて珍しい」
険しい顔をしている弟にパトリシアは目もくれず、にこにことアマリエを見て笑っている。
食堂のバルコニーに皇族二人が現れたことで、食堂はなんとも言えない緊張感に包まれていた。皆が息を潜めて皇族の会話に耳を澄ませる。
「父上と母上も言葉を失っていたでしょう。一体なにを考えて髪を切るなんて真似を」
――やっぱり、皇族内でも皇女殿下が髪を切ったことは大事件になってる。
第一皇太子、ローグヴァルトの言葉にアマリエは内心頭を抱えた。
と、そこでアマリエは自分のことを見つめる少年の目に気づいた。
ローグヴァルトがアマリエを見ている。正確には、アマリエの肩下で整えられた髪を見ている。アマリエは冷や汗が止まらない。
ローグヴァルトの視線がアマリエからパトリシアへ、パトリシアからアマリエへと動いた。
数秒思考した後、彼は大きくため息をついた。その行動に、アマリエはびくつく。
「理解、しました」
――なにを!?
「もっと他に方法があるでしょう。なぜこんな乱暴な策をとるんですか」
「なんの話? 私は切りたかったから切っただけよ」
「普通の令嬢ならそれでも良いかもしれませんが、姉上は皇女なのです。もう少し慎重に行動してください」
姉と弟は通じ合っているようでどんどん話を進めていく。
状況を把握できないアマリエが居心地の悪さを感じていたところで、ローグヴァルトがアマリエに向き直った。
「君、名前は」
突然話しかけられて、彼女は椅子から飛び上がった。慌ててカーテシーをする。
「っ、あ、アマリエ・グリーヴァンスと申します!」
「……貴女が、あのグリーヴァンスの才女か」
それは、だめな方、と言われるずっとずっと前の呼び名。
恥ずかしくて、アマリエは体を縮めこませた。
「きょ、恐縮です……」
言葉を交わす二人をパトリシアは楽しそうに眺めていた。紅い唇は端が上がっている。
「ローグヴァルト、来週の舞踏会、この子がパートナーになってくれるそうよ」
突然投げ込まれた言葉に、アマリエは目を見開く。
「こ、皇女殿下、それは!」
「姉上、そうやってまた話を強引に進めようとしないでください。彼女も迷惑ですよ」
「あ! いえ! 迷惑だなんてそんな!」
パトリシアを見たりローグヴァルトを見たりと、アマリエの頭は忙しく回る。慌てすぎて、彼女の賢い頭は反射行動をするだけになっていた。
「……迷惑では、ないのか? 貴女の婚約者もいい顔をしないだろう」
「そ、そんな方はおりません!」
即座に否定したアマリエを見て、ローグヴァルトは少し考えた。そして彼女に手を差し伸べる。
「本当に迷惑でないのであれば、頼めないか。婚約者が急病で、今から誘える相手もおらず、新入生の自分が欠席するわけにもいかないから、困っている」
社交術の試験も兼ねている新入生歓迎パーティーは、一年生が欠席すると即不合格となる。それは大変な恥で、去年、散々悩んだアマリエは、ローグヴァルトの欠席するわけにいかないという気持ちが痛いほどわかった。直前になって切迫する気持ちも。
――わかる、けど。
「グリーヴァンス嬢。私と、舞踏会に行ってくれないか」
紅い瞳が、アマリエの緑の瞳をまっすぐに見つめる。
食堂中が、二人に注目している。
――嗚呼、積んだ。
お読みくださりありがとうごさいます!
明日、最終話の予定です。
※すいません。あと二話になりました。
よろしくお願いいたします。




