黒薔薇姫は陰口を許さない
「むむむむむむ無理です!」
「あらどうして? 簡単よ。弟の隣に立っていればいいだけ」
叫ぶアマリエにパトリシアは笑う。
「会話は全て弟に任せておけばいいわ。一緒に入場して、少しダンスを踊って、後は立っていればいいだけよ?」
言葉では簡単にまとめられるが、実際はそうはいかない。
――それに、私なんかが皇太子殿下の隣にいたら、なんて言われるか。
今年の春に入学して来た皇太子は、冷たい切れ長の紅い瞳が格好いい、と既に女生徒たちの憧れの的だった。隣国の姫君を婚約者にもつ彼に、令嬢たちは遠巻きに熱い視線を送っている。
アマリエは自分が皇太子の隣に立つことで全方位から向けられる殺意のこもった視線を想像して身震いした。
「こ、皇太子殿下には、婚約者様がいらっしゃったはずでは!?」
「それがね。ここだけの話、流行り病にかかってしまったそうで、しばらく外出出来ないそうなの」
パトリシアは困ってるのよ、と頬に手を当てる。
「もう来週だから、参加する人はもうパートナーを決めてしまっているでしょう? ある程度家柄も必要だし……」
ひとつわざとらしいため息をついてから、彼女はそこで名案! と手を叩いた。
「貴女なら、侯爵令嬢だし教養もあるし、ばっちりでしょう?」
――どこがですか!
叫びたいのを、ぐっとアマリエは堪えた。
――なんとかして、このお役目を辞退せねば。
「わ、私なんかが突然皇族と一緒にいたら、皆さんに驚かれてしまいます」
「あら、そう?」
受け入れるような態度をみせるパトリシアに、アマリエは表情を明るくする。
「じゃあ、明日から昼食は一緒に食べるようにしましょう。今からアピールしておけば、問題ないわよね?」
――墓穴だった。
アマリエは愛想笑いを浮かべながら、心の中で盛大に崩れ落ちた。
次の日、食堂はざわめきに包まれていた。
「パトリシア様が人を食事に招くなんて、初めてでしょう?」
「誰なの、あの女の子は」
「あれ、グリーヴァンス家のだめなほうよ」
「え!? あれが?!」
皇族用のバルコニーにいるアマリエは、食堂中の注目を集めている。
体を丸めて小さくなってしまいたい気持ちを必死にこらえて、彼女は背筋を伸ばしていた。
目の前のテーブルにはフルコースの料理が配膳されていたが、とても喉を通りはしない。
「なんでグリーヴァンスのだめな方があそこに?」
「お兄様の方ならわかるけれど……あの方は……ねえ?」
「あの髪、切ったのよね。女性なのにあんなに短いなんて、みっともないわね」
聞こえてくる陰口に、アマリエは膝の上のナプキンを握りしめる。
――私がだめなことはいい。でも、この髪は。パトリシア様が綺麗にしてくれたこの髪だけは、侮蔑されるのは耐え難い。
「アマリエ」
パトリシアが静かに呼びかける。
「明日も、このバルコニーに来てちょうだいね。今日はもう帰ってもいいわ」
その顔は穏やかで、食堂の喧騒など何も聞こえていないようにも見えた。
――明日も来い、だなんて。パトリシア様には、あれが聞こえていないのかしら。
翌日、アマリエがバルコニーに足を踏み入れると——食堂中の生徒が、あんぐりと口を開けていた。
アマリエも驚きのあまり指一本動かせなくなった。
「ごきげんよう、アマリエ。どう? 似合うかしら?」
バルコニーで待ち受けていたのは、長かった黒髪を肩の上でばっさり切ったパトリシアだった。
ちょっと短かったですね、すいません。
明日21時、次話更新です。




