112.みんなで! 温泉旅行(3)
前回の話
イスラは温泉旅行の最中、温泉でラスカルにπタッチをした。
温泉を楽しんだ後は夕食の時間まで自由時間となった。
というのも、温泉での一件でラスカルの気勢が削がれてしまい、
「私は少し部屋でゆっくりさせてもらいます。みなさんは気にせず楽しんでください」
と言って引っ込んでしまったので、他の面々は自由に過ごすこととなったのだ。
私もさすがに申し訳ないと思って室内で過ごそうとしたら、アンリから
「あなたがいると逆効果だからしばらくどこかに行っていなさい。私が残るから」
と言われてしまった。
アンリにも申し訳ないとは思ったが、ここは彼女の言う通りにしよう。
レティシアもラスカルの様子を案じてか、部屋に残るとのことだったので、外出組は私を抜いたら残り3人。
ユフィーは館内の散策、ノインは図書室で読書、ミレイヌは外の街並みを見て来るとのことで、全員バラバラに行動するみたいだが、私はどうしようか。
(そういえば、ミレイヌとはこの前あまり仲良くなれていなかったか)
各令嬢と個別に会った際に、ミレイヌはまだ私に警戒心を持っているようだった。
それならば今日はミレイヌに付いて行き、親睦を深めるとしよう。
「というわけでミレイヌさん、私も同行していいかしら?」
「ええ、それはまあ、ダメではないですが。ちなみに、どういった理由でしょうか?」
「決まっているわ。ミレイヌさんともっと仲良くなりたいから」
「……そうですか」
早速ミレイヌの元に向かい同行を申し出たのだが、ミレイヌは明らかに私を訝しんでいる。
しかし明確に拒否はされなかったので、気にせず付いて行くことにした。
宿の周囲は東方の文化を模した異国情緒溢れる街並みとなっており、歩いているだけで楽しい場所だった。
ミレイヌも興味深そうに辺りを見回しながら歩いていた。
「今回の旅行はイスラ様のご提案なんですよね? ここにはよく来られるんですか?」
「いえ、頻繁には来ることはできないわ。昔、来たことがあっただけ」
「そうなんですね。その時はご家族と一緒だったんですか?」
「それは内緒」
ミレイヌから今回私が今回の旅行の行先をここに選んだことについての話題が振られたが、思わぬ方向から前世の話に関わることを聞かれてしまった。
「また隠し事ですか?」
「ごめんなさい。きっといつか話せる日が来るから」
「別にいいですけど」
案の定ミレイヌは余計に警戒心を強めてしまったみたいだ。
中々思い通りにはならないものだ。
その後はしばし無言で歩き、気が付くと温泉宿が立ち並ぶ区画から地元の人たちの居住区に移っていた。
華やかさは薄れているものの、商店や雑貨屋など生活感のある店や、住宅が広がっている。
「団子、団子だよ。そこの可愛いお嬢ちゃんたちもどうだい?」
何気なく歩いていると、団子の屋台の人に声をかけられた。
団子とは、東方発祥で串に刺さった丸っこい玉のような食べ物だと知ってはいるものの、こういった場で買ったものを食べたことはない。
せっかくなので試しに買ってみよう。
「ミレイヌさん、私あれを買ってくるわ」
「えっ!? イスラ様がですか!?」
驚くミレイヌをよそに私は団子を購入するために屋台の方に向かった。
団子を一本買うのに銀貨で支払いをしてしまったため、店主のおじさんに少し嫌な顔をされてしまい、釣銭に大量の銅貨を持つ羽目になったが、無事に団子を手に入れた。
早速一口食べてみると、モチモチとした触感と甘じょっぱい味が口の中に広がる。
初めは甘いのとしょっぱいのが混ざる味に違和感を覚えたが、慣れるとすぐに気にならなくなった。
これは中々美味しいのでは?
団子を味わっていると、ミレイヌがこちらをじっと眺めていることに気が付いた。
「ミレイヌさん、どうかした?」
「いえ、イスラ様もこういうところで買い食いなんてするんだな、って」
どうやらミレイヌは私が屋台での買い物の経験がないと思っていたらしい。
確かに思い返してみると、前世で平民の生活を勉強した時と、ミレイヌと出かけた時くらいしかこういった店での買い物の経験はなかったかもしれない。
普通の貴族は平民が来るような店で買い物はしないのだから、私のように進んで平民の暮らしを学ぼうとする者の方が少数派なのだ。
「このくらいのことは私でも知っているわ」
「そうなんですね。私は元々平民だったので、平民の暮らしのことはよく知っていますが、イスラ様はどうして平民の生活に詳しいのですか?」
「単純に興味があったから。それに、平民相手にやり取りをする時に、相手に合わせた言動ができないと、時に不快感を与えかねないから」
「その考え方はいいと思います」
前世での私は相手を騙すためにその相手のことをよく調べる癖があったが、相手のことを知る、ということ自体は今世でも有効なことだ。
他人に対する理解は最終的に自分の利益にもつながる。
今世では他人を騙すということは辞めているが、相手のことを知ることは継続すべきだと思っている。
ミレイヌもそんな私の考えに賛同してくれた。
彼女は元々平民の商人の娘だったが、彼女の父が爵位を金で買ったため男爵令嬢となった経緯がある。
そのため、他の令嬢よりも現実的な視点を持っているのだ。
思わぬ形で会話の糸口を掴めたので、仕掛けるならここしかない。
「ミレイヌさんも一つ食べる? 全部食べるとお腹がいっぱいになりそうだから」
「いいんですか? それでは一個いただきますね」
私が串を差し出すと、ミレイヌは横から団子を咥えて器用に串から外し、口の中に納めた。
一個丸ごと口の中に入れたので、ほっぺが膨らんでリスのようになっているのが可愛らしい。
「イスラ様、ありがとうございます。美味しかったです!」
ゆっくり咀嚼した後に、ようやく飲み込んだミレイヌは私に笑顔でお礼を言ってくれた。
これで少しはミレイヌとの距離も縮めることができただろうか。
その後ミレイヌと再び歩き始めたが、先ほどまでのような無言の時間はなく、楽しくおしゃべりしながら散歩を楽しめた。
「屋台といえば、王都でも美味しいお店はたくさんありますよ。イスラ様も興味があれば私が案内しますね!」
「そうなのね。是非お願いしたいわ」
何気ない雑談に花を咲かせるような関係になれたことに私は無意識に安心していた。
だからこそ、私は少し油断していたかもしれない。
「特にお気に入りのお店はサンドイッチのお店ですよ。平民でも食べられる価格帯ですが、とっても美味しいんですよ」
「へえ。その香草とお肉のサンドイッチは是非食べてみたいわ」
私は自分で言ってからその言葉が失言だったと後悔した。
ミレイヌとサンドイッチを食べに行ったのは前世での出来事で、今ここにいる私がそのサンドイッチの存在を知っているのはおかしい。
ミレイヌもすぐに違和感に気が付いた。
「イスラ様、どうして私のお気に入りのサンドイッチのことを知っているんですか?」
和やかな雰囲気が一転して冷めていくのが分かる。
ミレイヌの表情は今までで一番と言っていいほどに強張っていた。
私もこの場を上手くやり込めるような言い訳は思い浮かばない。
無言でいる私にミレイヌは堰を切るかのように思いをぶつけた。
「イスラ様は、美人だし、聡明だし、きっとすごい方だと思いますが、だからこそ分かりません。どうして私なんかにそこまで執着するのですか? 私なんてしがない男爵令嬢で、そこまでして仲良くなるメリットなんてないのに。私のことをそこまで調べて、一体なにをされるつもりなんですか!? 仲良くしようとおっしゃるのに隠し事ばかりで、私はイスラ様のことが全然分かりません!」
ミレイヌの心の内にある想いを私はただ黙って聞くことしかできなかった。
ミレイヌの視点で見れば、私はひどく不気味な存在だということは分かっている。
今、前世のことを含めて本当のことを言えば解決するだろうか。
いや、きっと信じてはもらえない。
今のミレイヌは私の言葉を信じるだけの余裕がない。
だけど、嘘もつきたくない。
それは私の信条に反する。
だったら、取れる手段は一つしかない。
私はミレイヌにゆっくりと近づいて彼女の体を優しく抱き寄せた。
「イスラ様……何を……」
困惑するミレイヌの頭を、私は優しく撫でた。
「ごめんなさい、ミレイヌさん。今はまだ話せることは何もない。だけど、一つだけ信じてほしい。私はミレイヌさんに危害を加えるつもりはない。私はあなたの敵では、ない」
言葉と共に、何度もミレイヌの頭を撫でた。
大切なものを慈しむように、何度も、ゆっくりと。
前世でミレイヌは私に頭を撫でられるのが好きだった。
そして私は今も前世の詐欺師のようにミレイヌを自分の都合のいいようにコントロールしようとしている。
(最低だ……)
心の底から自己嫌悪が湧き上がる。
思わず先ほどの団子を戻しそうになるのを気合で抑え込んだ。
「イスラ様……ずるいです。こんな風にされたら、信じたくなってしまいます」
ミレイヌは俯いているが、その声音は安心感を含んでいた。
目的通りに私はミレイヌを落ち着けることに成功はした。
しかし、これでは前世と何も変わらない。
潜在的に寂しさを抱えた少女の心の隙間に、偽りの愛情を注いで依存させる。
結局私は何も変われてなどいないのだろうか。
ミレイヌが俯いてくれていて助かった。
きっと今の私はひどい顔をしている。
自分の表情が元に戻るまでの間、私はミレイヌの頭を撫で続けるしかなかった。
次回投稿予定日:7月31日(水)
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