113.みんなで! 温泉旅行(4)
前回の話
イスラは温泉旅行の最中、ミレイヌと親しくなるために前世での経験を利用した。
夕食の時間になったので部屋に戻ったが、私の心は晴れなかった。
夕食は部屋の中に運ばれて来て一番大きなリビングルームに全員が集まっていただくこととなった。
幸いにもラスカルは復活しており、いつも通りの態度でレティシアやアンリと談笑していた。
「イスラちゃん、ちょっとおいで」
ふと私の方を見たレティシアから手招きをされたので、素直に近づいた。
レティシアは少し怒ったような様子だったが、それは内側から沸き上がるようなものではなく、そう見せるだけのもののように感じた。
「イスラちゃん、温泉でいきなりラスカルの胸を触ったんだって? ダメだよ、そんなことしたら」
恐らく私がミレイヌと出かけている間、部屋に残っていた面々で温泉での出来事の話題が上がったのだろう。
確かにあれは私が悪かったので、改めてラスカルに頭を下げた。
「ラスカル様、あの時は申し訳ありませんでした」
「今回のことはいいわ。けど、次からはやめなさい」
ラスカルはいつもと変わらぬ様子で私の行いを許してくれた。
今回は許してくれたが、今後はいろいろ気をつけなければなるまい。
「イスラちゃんもラスカルもこれで仲直りね。それじゃあ夕食を楽しみましょう」
レティシアが気を利かせてか、明るい声で話題を変えてくれた。
なんだかんだ言ってもこういった気遣いができるあたり、レティシアは心優しい性格なのだ。
気を取り直して夕食をいただいたが、味はよく分からなかった。
各種前菜、煮物、鮮魚、揚げ物、肉など、手の込んだ料理が次々と運ばれてきて、皆で会話をしながら楽しい夕食の時間を過ごしたはずだが、私は先ほどのミレイヌとのやり取りが気になって終始上の空だった。
私は今世でもミレイヌやノインと良好な関係を築くことができたが、それは本当に今の私の成果なのだろうか。
結局は前世で得た知識で彼女たちからの印象を良くしているだけで、詐欺師だった頃と何も変わらないのではないか。
そんなことを取りとめもなく考えていた。
気が付くと夕食は終わっており、再び温泉に入る流れになっていた。
私もぼんやりとしながら皆に付いて行き、再び大浴場に足を踏み入れた。
「イスラちゃん、元気ない? 大丈夫?」
俯きがちに一人で浴槽に浸かる私に声をかけてくれたのはレティシアだった。
レティシアは隣に座ると、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫です。ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません」
「それはいいのだけれど、自由時間の時に何かあった?」
「特に何もありませんでした。ただ、今の自分のやっていることが正しいのか自信が持てなくなったと言いますか……すいません、上手く言えないです」
今の私の気持ちは何と説明すればいいのだろうか。
上手く言葉にならないのがもどかしい。
そんな私の心情をレティシアはちゃんと汲み取ってくれた。
「イスラちゃんは自分のことを責めているように見えるけど、合ってる?」
「はい。……ですが、どうして分かったのですか?」
「うーん、何となく? 私、人を見る目には自信があるから」
そういえばレティシアは人の気持ちに敏感だ。
公爵令嬢という身分の彼女には様々な思惑を持った人間が集まり、時には悪意にも触れることでレティシアは他人の心の機微を読み取る能力を磨いていったのだ。
前世の私も彼女の勘の良さの前で本心を隠すことに苦労したものだ。
「私は皆と親しくなりたいのですが、それは一方的な関係ではなく、お互いを対等に友人だと思えるものにしたいのです。なのに、一方で私は自然と他人よりも優位に立とうとしているような気がして、そこに矛盾を感じているのです」
レティシアに今私が抱えている葛藤を吐露してしまった。
レティシアだってこんなことをいきなり言われても反応に困るだろうけど、誰かに聞いてほしい気持ちを抑えられなかった。
「イスラちゃんは真面目なんだね。だけど、自分と相手の立場が違っていても友達にはなれると思うな」
しかしレティシアは私の話を真剣に聞いてくれて、彼女なりの答えを答えてくれた。
そしてそれはシンプルで明快だけど、力強さを感じる言葉だった。
「例えば、私はイスラちゃんのことを友達だと思ってるけど、私は公爵令嬢で、イスラちゃんは子爵令嬢だよね。それでも私はイスラちゃんのことを対等な友人だと思ってる。一方で、きっとイスラちゃんは私のことは目上の人だと思っているだろうけど、それは身分の問題でしかない。そして私は、そういうしがらみを抜きにしたらイスラちゃんも私のことを対等な友人だと思ってくれると信じてる」
レティシアの言葉は私の心にスッと入り込んで来た。
レティシアは元々声も綺麗だったが、そんな彼女が詠うように紡ぎ出す言葉は聞いているだけで心地よいものだった。
そして内容も身分の高いレティシアらしい視点での意見だ。
考えてみれば公爵令嬢などという高い身分では、対等な関係を結べる相手など限られているはずだが、レティシアは嫌味なく私のことを対等に見ていると言ってくれた。
それを思えば、私の悩みなど大したことがなかったような気がしてくる。
結局のところ、私とミレイヌは立場が違うので真に対等な関係にはなれない。
だけど、心の中でそうだと信じあえる関係には、きっとなれる。
割り切ってしまえばこんなにも簡単なことだったのか。
(体が熱いな)
先ほどからずっと温泉に入っていたので、体が熱くなってきて顔から汗が止まらない。
いや、きっとずっと熱いと思っていたのに、それに気づかないほど考え込んでいただけだ。
湯舟に張っているお湯の表面にしょぼくれた顔をした自分の姿が映る。
さっきまで気が付かなかったけど、今の私はこんな顔をしていたのか。
視界が開ける、とはこういう感覚のことを言うのだろう。
一気に周囲のことに目がいくようになり、自分のすべきことが明確になった気分だ。
「もう、大丈夫そうかな?」
「はい、ありがとうございます!」
例え身分が違っていても、例え知っている知識に差があっても、それは友人になりたいという気持ちを否定する理由にはならない。
誰かがそれを欺瞞だと言っても、私はもう迷わない。
私は湯舟からざばっと勢いよく立ち上がり、浴室内のミレイヌを探した。
「ミレイヌさん!」
「はい! なんでしょうか!?」
露天風呂にいたミレイヌを大きめの声で呼ぶと、彼女は驚きつつも返事をしてくれた。
「さっきの話だけど、私は確かにミレイヌさんにたくさん隠し事をしているし、そのせいで信じてもらえないのも分かる。だけど、私は諦めない。信じてもらえるまで、何度でもあなたの前に現れる」
「だから、どうして私なんかにそこまでしてくださるんですか?」
「ミレイヌさんと、友人になりたいから」
目の前のミレイヌの瞳は不安そうに揺れている。
その不安を拭い去ることができるように私は真っすぐ彼女の目を見て、自分の想いを伝えた。
その想いが届いたのか、ミレイヌは観念したかのように呟いた。
「仕方ないですね。そこまで言うならイスラ様の言うことを信じます。もしこれが私を騙すための甘言だったとしても、後学のためにもしばらく騙されておきます」
前世で騙そうとした時は無条件で信頼を得られ、今世で真摯な気持ちを伝えたら騙されているのではと疑われる。
何とも皮肉ではあるものの、最後にはミレイヌは私のことを信じてくれると言ってくれた。
「ありがとう、ミレイヌさん!」
「イスラ様、近い! 近いですよ! こんな格好でそんなに近づかないでください!」
嬉しさでつい抱擁をしようとしたら、残念ながら拒否されてしまった。
ラスカルとの一件があったので、これ以上は控えることにしよう。
これでミレイヌとも友好的な関係が築けた。
後は彼女からの信頼に応えるだけだ。
日も暮れた露天風呂で私たちはのぼせる直前まで会話を楽しんだ。
次回投稿予定日:8月3日(土)か4日(日)
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