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110.みんなで! 温泉旅行(1)

前回の話

イスラはレティシアからのお願いでお出かけを企画することになった。

その日も朝からよく晴れた暑い日だった。

私は朝からレティシアの屋敷に赴き、レティシアからのオーダーであるお出かけの最終準備をしていた。


「よし、こんなものかしら」


全ての支度が完了したので、改めて今回の参加者を屋敷の入り口に集めた。

レティシア、ラスカル、ユフィー、アンリ、ノイン、ミレイヌ、そして私の計7名。

私以外の6人に向けて高らかに宣言した。


「それでは、これからこのメンバーで旅行に行きます!」


その声に反応してみんな拍手をしてくれた。

特にレティシアはいつもの2割増しくらいの笑顔でご機嫌な様子だった。


そんな中、ラスカルが質問をしてきた。


「イスラさん、旅行はいいのだけれど、なぜ今回は温泉なのかしら? 夏なのだし、海や湖なんかの方が良かったのではないしら?」


確かにラスカルの疑問はもっともだ。

一般的に温泉は冬に入るものであるというイメージが強い。

夏に行っても暑いだけだというのも理解できる。


だけど、それでもあえて私は温泉を選んだ。


「ラスカル様、質問にお答えします。それは……」

「それは?」

「私が行きたいからです! それと、今回行く先は昔行ったことがあるのですが、とても素敵なところなので、きっと気に入っていただけます!」


今回向かう先は前世でも2回行ったあの温泉旅館だ。

前世で行った2回は両方ともレティシアと二人きりだったが、せっかくなのであの素晴らしい旅館での思い出をみんなにも共有したい。

そんな私のわがままが多分に含まれた目的地の選定だった。


「イスラさんがそこまで言うなら期待しておくわ」


ラスカルは完全には納得していないようだけど、私の発言の勢いに押されて引き下がってくれた。


「それでは、馬車に乗り込んでいただきますが、2グループに分かれていただきます。こちらの棒を引いてください」


そう言いながら私はお手製の棒クジを取り出した。

棒の先は見えないようにしており、引いたら赤と青で色分けがされているというシンプルなものだ。


全員が一度に乗れるような大きな馬車は取り回しが悪いので、4人乗りのものを2台用意した。

少人数の方が捗る話もあるだろうし、これはこれで悪くない選択だと思う。


全員のクジの結果、グループ分けはこんな感じになった。


1号車:レティシア、ユフィー、ノイン、ミレイヌ

2号車:ラスカル、アンリ、私


クジの結果を元に馬車に乗り込む私達だったが、アンリの様子がやたら落ち着かない。


「アンリ様、具合でも悪いのでしょうか?」

「い、いえ。何でもないわ」


体調が悪いわけではなさそうだけれど、やはり私と一緒なのが原因なのだろうか。


「イスラさん、アンリ、どうしたの? 早く行きましょう?」


ラスカルだけがいつもと変わらない様子で私達に声をかけた。

前世では考えられないような奇妙な取り合わせの面子ではあるものの、これはこれで楽しむとしよう。


馬車は順調に走り出し、すぐに王都を抜けて街道を進んだ。

目的地までは半日程度かかるので、しばらくラスカルとアンリの二人と一緒なわけだが、どんな話をしようか。


「そういえばイスラさんとアンリは会うのは初めて?」


そんなことを考えていたらラスカルが話しかけてきた。

何を話そうか迷っていたので、正直助かった。


「いえ、実はこの前お会いしました」

「あら、そうだったの?」

「はい。私からお会いしたいと手紙を出させていただきました」

「そう。アンリは素直な子だからあなたもきっとすぐに仲良くなれるわ」


ラスカルはアンリのことを“素直”と評したが、正直少し違和感が残る。

私が感じた前世でのアンリは安い挑発に引っかかって私に危害を加えようとした三流令嬢といった印象だったので、ラスカルの感じ方とはかなり乖離している。


そこまで考えて一つその原因について思い当たったことができた。


(そうか、アンリはラスカルには無条件で服従していたからか)


アンリは自分の立場を盤石にするためにラスカルの言うことには全て従っていたのだ。


そして今も私とラスカルの会話を落ち着かない様子で眺めている。

まるで、どちらの側に立てば自分が損しないかを考えるように。


アンリのこの臆病さは別に悪いわけではない。

だけど、私はアンリの本当の気持ちも知りたい。

そのためにはどうしたらいいか、考えておこう。


「アンリ、イスラさんは聡明な子よ。あなたもイスラさんから学べることはあるはずだから、親しくした方がいいと思うわ」

「はい。かしこましました、ラスカル様。……イスラさん、改めてよろしくね」


ラスカルが私のことを褒めてくれたが、するとアンリはぎこちない作り笑顔で私に向けて友好の言葉を発した。


自分の意志ではなく、他者からの意見による友好の表意。

それは思いのほか私を苛つかせた。


「はい、アンリ様。こちらこそよろしくお願いします」


苛立ちは一度心の内に仕舞い込み、私もアンリに笑顔を向けた。


その後はしばらく他愛のない世間話に終始したが、途中で休憩を挟んだタイミングで私は動いた。

馬車が一時停車して体を少し動かしたり用を足すために全員が一度馬車を降りた際に、こっそりとラスカルに声をかけた。


「ラスカル様、少しお話をよろしいですか?」

「別にいいけれど、どうかしたのかしら?」


少しだけ前世のことを思い出すような悪い相談を持ち掛けた。

でもこれはこれで構わない。

私は善良なだけの令嬢ではなく、悪役令嬢なのだ。



休憩が終わり、馬車は再び走り出した。


グループ分けは変更せず、先ほどまでと同様にラスカル、アンリと同じ馬車に乗り、雑談に興じた。

そんな中、話題は王都で評判のケーキ屋さんの話になった。


「そういえば、最近食べたケーキでとても美味しいものがあったの。なんて名前だったかしら……」

「ラスカル様、もしかして、コージーストレートというお店のことでしょうか? 私もそのお店のケーキは大好きで全種類食べたことがあるくらいです」


ラスカルが何気なく出した話題にアンリが食いついた。

どうやらアンリもその店のケーキがとても好きなようだ。


私は何気なくラスカルに目線を送って合図をした。

ラスカルもそれに気づきウインクを返してくれたので、早速私も打ち合わせ通りに動いた。


「大通りに面しているお店ですよね。私も最近初めて食べたのですが、本当に美味しかったです。ラスカル様は何が一番お好きでしたか?」

「私はチーズケーキかしら。とても濃厚で舌ざわりも良かったから。イスラさんもそう思うわよね?」

「はい、確かにチーズケーキも美味しかったです。ですが、一番は苺のショートケーキではないでしょうか。クリームのほど良い甘さが苺の風味を引き出していました」

「何を言っているの? ショートケーキも良かったけれど、一番はチーズケーキよ」


先ほどまでの和やかな雰囲気が一転し、途端に険悪なムードになる。

アンリはその様子を察してか、身を小さくして俯き、嵐が過ぎ去るのを待つ船乗りのように静かになった。


しかしそこにラスカルからの無慈悲な発言がアンリに降りかかる。


「アンリは全種類のケーキを食べたと言っていたわね。チーズケーキとショートケーキ、どちらが良かったと思う?」

「……えーと、その……」


歯切れ悪くモゴモゴするアンリは可愛そうなほどオロオロしており、今にも泣きそうな顔をしていたが、手を緩めることなく私もすかさず加勢した。


「アンリ様、ショートケーキですよね。ラスカル様相手だからと言って遠慮する必要はありません」

「イスラさん、それは間違いよ。アンリはあなたに気を使って本当のことを言い出せないだけだわ。本心ではチーズケーキの方が良いと思っているはず。そうよね、アンリ?」


私とラスカルの間に挟まれたアンリは口をパクパクさせて涙目になっている。

そろそろ限界だろうか。


「なんてね。本当はケーキの味なんてどうでもいいわ」


そう思っていたら、先にラスカルがネタバラシをしてしまった。

アンリはまだ状況が飲み込めていないようで、ポカンとした表情で固まっている。


「アンリ、今の話はイスラさんの意地悪よ。この子ったらあなたの優柔不断な性格を直すために私とイスラさんが喧嘩したふりをしてアンリに意見を出させましょうと提案をしてきたの。酷いと思わない?」


ラスカルの話を聞いてようやく事情を理解したアンリはプルプルと震えながら私の方を睨んできたが、涙目なのでむしろ可愛らしい印象になっている。


これでネタバラシは全てではあるが、ラスカルは続けて優しくアンリを諭した。


「でもね、アンリ。今みたいな状況の時に自分の意見を言えることは大事なことよ。あなたは素直だけれど、人の言うことを聞くだけでは一流の令嬢にはなれないわ」


ラスカルはそう言いながらアンリの頭を軽く撫でた。


その姿はまるで母親や姉のようで、ラスカルの新たな一面を見た気分だ。

ラスカルも考えが歪んでいた時期があっただけで、元は聡明な令嬢だ。


しかしラスカルのせいで私の言いたかったことを全て言われてしまった。


「アンリ様、ラスカル様の仰ったことが全てです。とはいえ、先ほどは騙すような真似をしてしまい申し訳ありませんでした」

「……もういいわ。その代わり、イスラさん……いえ、イスラにはもう遠慮なんてしないから」


アンリのためとはいえ、少しばかり意地悪なことをした私を、アンリは不機嫌な素振りをしながらも許してくれた。

しかも遠慮しない、というのは私にとっては好都合なことだ。


改めてアンリに笑顔を向けると、彼女は気まずそうに目を逸らしつつ小さく呟いた。


「ちなみに、ショートケーキとチーズケーキなら、私はチーズケーキの方が好き。それと、あのお店で一番美味しいケーキは秋限定のモンブランよ」


尻すぼみに小さくなるアンリの言葉を私は聞き逃さなかった。

小さな一歩だけど、これは大きな前進だ。


「いいことを聞きました。アンリ様、秋になったら一緒にモンブランを食べに行きましょう!!」

「いやよ。別にイスラと一緒に行きたいとは思っていないわ。……どうしてもと言うなら考えてあげなくもないけれど」


アンリは不機嫌を装ってはいるけれど、きっと悪い気はしていない。

そんな心情を思わせる態度で私の提案に応えてくれた。


きっとこれからアンリとも上手くやっていける。

そんな予感を感じさせる道中だった。

次回投稿予定日:7月25日(木)

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