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109.二人きりの会食

前回の話

イスラはアンリと交友関係を結びなおそうとしたが、あまり上手くいかなかった。

レティシアの取り巻き令嬢全員との接触を終えて数日が経った。

暑い日差しが降り注ぐ日々が続いてうんざりする毎日。


そんな日々の中で、私は昨日いつものようにレティシア主催のお茶会に参加した。

いつものメンバーとの関係はまだまだぎこちなさも残っているけれど、段々と打ち解けている感覚はある。


「イスラお嬢様、そろそろ会食のお約束のお時間です」

「ありがとう。すぐに出るわ」

「まだ日は落ちていませんが、じきに暗くなります。お気をつけて」


夕方だというのにまだまだ暑い外に出るのは気が滅入るが、仕方ない。

私は侍女のメッツに促されて自室を出た。


向かった先は昨日に引き続きレティシアの屋敷だ。

昨日のお茶会の終わり際、私はレティシアにこっそりと声をかけられた。


『明日の夜、時間あるかしら? 食事でもしながら少しだけ二人だけでお話しましょう』


私の耳元で囁くようにそう言ったレティシアはいたずらっぽく笑ったが、今日、本当に彼女の使用人から私のもとに夕食に招待する手紙が届いた。

あまりに急なお誘いではあるが、食事の招待は素直に嬉しい。


今世での私とレティシアの関係は、まだただの友人だ。

親友と呼ばれていた前世での関係よりは弱い関係性だが、前世での関係は偽りのものだった。

今世では本物の親友になることが当面の目標だ。

私は静かに移動中の馬車の中で闘志を燃やした。


「お待ちしていました、イスラ・ヴィースラー様。こちらへどうぞ」


レティシアの屋敷で出迎えてくれたのは彼女の使用人のファラだった。

今世ではほとんど初対面みたいなものだが、心なしか睨むような目で私を見ている。


ファラもまたレティシアに心酔している人間の一人なので、私のことはレティシアにすり寄る害虫とでも思っているのだろう。


ファラに通されて向かった先はダイニングルームのような部屋だった。

やたらと細長いテーブルの真ん中あたりに座らせられたので、非常に落ち着かない。

そわそわしていると、すぐにレティシアがやって来てくれた。


「いらっしゃい、イスラちゃん。今日は急に呼び出してごめんなさい」

「とんでもありません。こちらこそお招きいただきありがとうございます」


いつものような張り付いた笑顔で出迎えてくれたレティシアは何食わぬ顔で私の正面に座った。

片側だけでも10人は座れるであろうテーブルに私達二人だけが座るという何とも言えない絵面になってしまっているが、大丈夫なのだろうか。


レティシアが席に着くと、すぐに食器類が運ばれてきたが、やはり二人分だけしかやってこない。


「今日はお父様とお母様は別の会合で不在なの。だから気を使わなくて大丈夫よ」


レティシアは落ち着きのない私の様子を察してか、状況を教えてくれた。

どうやら今日、この屋敷にはレティシアの両親は不在とのことだ。


前世で調べた時の情報では、レティシアに兄弟はいない。

つまり、使用人を除けば本当に二人きりみたいだ。


(落ち着け……落ち着け、私)


今の私はレティシアの女友達だし、変に気にすることは何もない。

普通に食事をして、普通に帰る。

それだけだ。


「イスラちゃん……もしかして具合でも悪い?」

「いえ!! 大丈夫です!」


私があまりに挙動不審だったせいか、レティシアは私の体調を心配してくれた。

その返事をするときも声が少し裏返ってしまい、少し恥ずかしい。


しかしそんな空気を変えるかのように食事が運ばれて来た。

夏野菜を中心としたオードブル、冷製のポタージュ、サラダ、パンといったものが順番に運ばれてきたけれど、どれも美味しい。


思わず夢中になって食べてしまいそうになったが、今日の目的は食事ではなく、レティシアだ。

私は食事を続けるふりをしながらも、レティシアの方にチラリと視線を向けた。

すると、レティシアは私の方をがっつり見ていたため、しっかりと目が合ってしまった。


「食事、美味しい?」

「はい」

「良かった」


私がレティシアのことを気にしているように、レティシアもまた私のことを観察しているようだ。

短い会話で終わってしまったが、レティシアはニコニコとした笑顔を絶やさずに私の方を見てくる。


レティシアの目的はわからないけれど、どうやら私のことを知りたいらしい。

それはこちらとしても好都合なことだ。

前世とは違ってやましいことは何もないのだから。


私は思い切ってレティシアに切り出した。


「ところで、今日は一体どのような御用で私を招いていただいたのですか?」

「イスラちゃんのこと、もっと知りたいと思ったの。ダメだったかしら?」

「いえ、そんなことはありません。何でも聞いてください」

「そう? それじゃあ……」


そこからレティシアは私にいろんな質問をした。

好きな食べ物やお茶のこと。家族のこと。政治への興味や教養を量るようなこと。

私はその全てで可能な限り正直に答えた。


質問に答えるうちに、いつの間にか食事は食べ終えていて、目の前にはデザートのプリンが乗っていたであろう皿だけが残っていた。

そしてその皿も下げられてしまい、食後のお茶が出された。


話に夢中になり過ぎて、途中から何を食べていたか思い出せないのが悔やまれる。

しかし、目の前のレティシアは満足そうにしているのでそれだけは救いだ。


「イスラちゃんはやっぱり面白い子だね」


レティシアはお茶を一口すするとそんなことを言った。

褒められているのかけなされているのか、微妙なラインの言葉だ。


「イスラちゃんは可愛いし、頭も良さそうだし、世渡りも上手そうだし、すごく優秀な令嬢だよね」

「ありがとうございます」


どうやら褒められているようだが、何か引っかかる物言いだ。

レティシアはさらに続けた。


「だけど、時々おかしなことをする。会っていきなり私のことを幸せにする、って宣言したり、格上の貴族令嬢のラスカルに喧嘩を吹っ掛けたり。あれはどういう意図があったのかな? イスラちゃんは愚か者ではなさそうだから、何か意味があったはず。私、人を見る目はある方だと思ってるんだけど、イスラちゃんの考えは全然読めないの。不思議ね」


レティシアの真剣な眼差しが私を貫く。

前世でも味わったが、彼女に見つめられると全てを見透かされたような気分になる。


「私は自分が思ったように行動しているだけです。レティシア様が思うような深い考えはありません」

「そう? まあ、いいわ。それよりも、最近みんなの様子が変わったわよね。あれはイスラちゃんの影響?」


“みんな”というのは取り巻き連中のことだろう。

私が行動した結果、前世とは状況が変わっている。

そのことを隠す必要もない。


「もしかしたらそうかもしれません。最近、皆さんと個別にご挨拶をしました」

「そうだったのね。上手く言えないけれど、お茶会の雰囲気が良くなった気がするの」

「そうなんですね。それは良かったです」

「最初にイスラちゃんが私を幸せにする、なんて言った時は何かの冗談かと思ったし、どうやってそれを実現するのか想像もつかなかった。だけど、私の周りの子たちが前よりも生き生きしていることに対して私は確かに嬉しいと思っている。ありがとうね、イスラちゃん!」


レティシアの口から語られる彼女の気持ち。

どうやら私のやってきたことは無駄ではなかったらしい。

手探りで行動していたので、レティシアからの労いは思いのほか私の心に沁みた。


しかし、感慨に耽る私にレティシアはニヤリとした笑みを向けた。


「それでイスラちゃん、次は何をしてくれるの?」

「え?」

「イスラちゃんは言ってたよね? 私のことが大切だって。それならこれで終わりじゃないよね?」


困惑する私をよそに、レティシアは早くも次のことを要求してきた。

いつもの張り付けた笑顔ではなく、年相応の少女のような笑顔で。


レティシアは前世でもたびたび突拍子もないことを言ったりして私を困らせたが、今思えば私はそのことも楽しんでいたのかもしれない。

現に今、私は彼女の期待に応えるために頑張ろうと思えている。


「そうだ、せっかくだし、皆でお出かけでもどうかしら? イスラちゃん、良い場所を知っていたりする?」


そして今回もレティシアは思い付きで私のことを振り回す。

そのわがままに全力で取り組む楽しさを噛みしめた。


「はい、レティシア様。私にお任せください! とっておきの場所があります!」

次回投稿予定日:7月22日(月)

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