108.Re:ゼロから始める友人関係(4)
前回の話
イスラはミレイヌと交友関係を結びなおそうとしたが、あまり上手くいかなかった。
レティシアの取り巻き令嬢の面々と一対一で会ってきたが、それも残り一人となった。
最後に残ったのは、アンリ・ランカスター伯爵令嬢。
彼女とはあまり接点がなかったが、元々はラスカルの腰巾着として私の邪魔をしようとしてきたのを排除した経緯がある。
そしてその後にアバン王子の婚約者を決めるための選考で再開し、最終的には再度私の邪魔をしようと画策してきたアンリを逆に返り討ちにして再起不能になるまで追い込んだのだ。
こうして考えると前世の私はミレイヌに負けず劣らずアンリにも酷い仕打ちをしているが、アンリの場合は自業自得な面もあるので、あまり申し訳ないという感情は湧いてこない。
しかし、二度も私に敵対してきた彼女と有効な関係など築けるのだろうか。
そんな不安も感じるが、できるかできないかなどと言っている暇はない。
やるしかないのだ。
レティシアは優しい子だ。
もしアンリだけが取り巻きの中で浮いてしまっていたら気に病んでしまうこともありうる。
(大丈夫。私ならできる)
事実、ラスカルは良い方向に変わってくれた。
アンリとだって上手くやれるはず。
レティシアのためにも、そして私自身が今世で変わることができたという証明のためにもここで立ち止まるわけにはいかない。
夏が近づいてきたある晴れた日、私はアンリの屋敷に向かった。
アンリは妙に私と会うのに難色を示し、何回か手紙のやり取りを繰り返してようやくアポイントが取れた。
アンリの屋敷を訪れたのは初めてだったが、ユフィーの屋敷と同等くらいの規模の屋敷だ。
使用人に案内されて客間に通されたが、ここも特筆することはない。
待たされることしばらく。
ようやく現れたアンリは恐る恐るといった様子でやって来た。
「ごきげんよう、イスラさん。今日はいい天気ね」
「お邪魔しております、アンリ様。本日は突然押しかけてしまい申し訳ありません」
「別にいいけれど、一体私に何か用事かしら?」
アンリは落ち着かない様子で私の動向を気にしている。
私のことがそんなに怖いのだろうか。
確かにラスカルに喧嘩を売った挙句に彼女を負かしてしまった私の存在はアンリにとっては脅威だろう。
そんな相手が突然会おうと言ってきたのだから、アンリの心中は穏やかでないというのは一応理解できる。
とはいえこの怯え方は尋常ではない。
まずは警戒心を解いてもらいたいものだ。
「私はアンリ様と、もっと親交を深めたいと思い参りました」
「私と、親交を? 一体どういう風の吹き回し?」
アンリは私の回答を聞くと露骨に訝しんで警戒を強めた。
安心してもらいたくて正直にここに来た目的を話したところ、余計に警戒されてしまったみたいだ。
「言葉通りの意味です。私はアンリ様のことをもっと知りたいと思っていますし、アンリ様に私のことを知ってほしいのです」
「私のことを知って、どうするつもり……?」
「ですから、親交を……」
「そんなの嘘よ! 一体何が狙いなの!?」
私の言葉はアンリの感情的な声によってかき消された。
アンリの目には不安の色が濃く表れており、私の言葉を信じられるような状態ではなさそうだ。
ミレイヌも安易に私の言葉を信じなかったが、アンリのそれはミレイヌの時とは全く違う印象を受ける。
ミレイヌは損得勘定を元に理屈を構築して、それに合わない私の行動を不信に思う、理性から来る警戒だったが、アンリは理屈ではなく感情で私を恐れている。
「ラスカル様をあのような目に遭わせて、今度は私? 私にはどんな酷いことをするつもりなのかしら!?」
アンリは錯乱に近い状態で私を問い詰めて来たが、私は不意に彼女がなぜここまで私のことを恐れるのかが少しだけ分かった気がする。
アンリは私のことだけを恐れているわけではなく、あらゆるものに怯える臆病な性格をしているだけだ。
貴族社会は弱肉強食であり、弱い者は常に自分の立場を気にしなければならないが、アンリもまた自分の立場を守るために必死なのだ。
だから、前世でも今世でもラスカルという後ろ盾の力が弱まったタイミングで不安定になることは説明が付く。
しかしアンリの心情が分かったとて、とりあえずは一度落ち着いてもらわなければ話が始まらない。
言葉で伝わらないのならば、体で伝えるしかない。
私は無言でアンリの方に歩み寄った
「……」
「イスラさん!? 何でこっちに近づいてくるの!? 何をする気!?」
騒がしく抗議の意を示すアンリを無視して、私はアンリの手を取った。
案の定、夏だと言うのに冷たくなっていて、少しだけ震えも伝わってくる。
「大丈夫です、アンリ様」
「な、何が大丈夫なのよ!?」
「私はあなたの敵ではありません」
アンリの手を両手で包み、氷を解かすようなイメージで温める。
そしてまっすぐに彼女の目を見て自分の意志を伝えた。
アンリは何か言おうとこちらを見て口をパクパクさせたが、何も言わずに俯いた。
「……イスラさん、いい加減手を放してくれないかしら?」
「失礼しました」
アンリの手がようやくマシになった頃に、本人から手を放すよう言われたので、私は大人しく従った。
先ほどの感情的な態度は落ち着きを見せて、今は借りてきた猫のようにおとなしい。
「イスラさん、やっぱり私はあなたのことをまだ信用できないわ」
アンリからポツリと気持ちが漏れた。
それは拒絶の意志。
(“まだ”、か……)
だけど、今はそれでいい。
今後また変えていけることだってできるはずだ。
「構いません。これからもっと信用していただけるよう努めます」
「そう。好きにするといいわ」
アンリは最後まで私のことを信頼はしてくれなかったが、足掛かりはできた。
彼女とはもう少し時間が必要みたいだ。
その後もぎこちない会話ばかりで終わってしまったが、今日はこれでいい。
「おかえりなさいませ、イスラお嬢様」
「ただいま、メッツ。冷たい水と着替えを用意してもらえる?」
「かしこまりました」
屋敷に戻ると、いつものように侍女のメッツが出迎えてくれた。
外出用のドレスは余計な装飾が付いていて暑いことこの上ないので、さっさと部屋着に着替えて、水を飲んだところで一息付けた。
「最近は他のご令嬢とお会いになることが多いようですが、何かお困りごとなどございませんか?」
「気を使ってくれてありがとう、メッツ。だけど、みんないい子ばかりだから大丈夫よ」
メッツは座って水を飲む私をうちわであおぎながら、最近の私の動向について聞いてきた。
私の返事を聞いたメッツは少しだけ意外そうな顔をした。
「イスラお嬢様、少しだけ変わられたような感じがします」
「どういうところが?」
「そうですね……。以前はもっと他人に興味がないと言いますか、不必要な関わりを持たないようにしていたと言いますか、そんな感じでしたが、今は余計な人間関係を楽しんでいるように見えます」
メッツは私をあおぐ手を止め少し考えて、私の変化についての印象を教えてくれた。
あまりにもざっくばらんな物言いだが、こういう風な主従関係を超えた遠慮のなさはメッツのいいところでもある。
彼女は私のことが大好きだというのが普段の言動から伝わってくるし、その意見の具申は絶対に悪意に由来するものではないということは私も信じている。
そして、そのメッツが私は変わったと言っている。
メッツの言う『以前の私』とは前世のような打算的な詐欺師の頃の私だろうが、今はそうではないようだ。
「前の私と、今の私。メッツはどちらがいいと思う?」
「どちらも私の敬愛するイスラお嬢様です。ですが、強いて言えば今の方がより温かいような印象です。もちろん、今までも優しいお方でしたが、それが分かりやすくなったような気がします」
「そう。ありがとう」
レティシアの取り巻きの令嬢との初回のコンタクトは全員分完了した。
上手くいった子もいるし、時間がかかりそうな子もいた。
これで本当に私やレティシアの未来は良くなるのかは分からない。
だけど、私は少しずつでも変わっている。
それは自分の中だけでなく、周囲の目からみても分かるほどの変化みたいだ。
この変化がきっとこれから先の未来をもっと良くしてくれるはず。
そう信じてこれからも頑張ろう。
次回投稿予定日:7月19日(金)
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