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第8話 ― 歓迎会-2

仁がトイレへ席を外したあと

花子はテーブルに一人で座っていた

さっきまで仁と話していたことが、ずっと頭の中に残っていた

最初は怖い人だと思っていた

けれど、一週間一緒に過ごしてみて分かった

仁は思っていたより静かで

思っていたより真面目で

何より、犬に接するときはとても優しい人だった

「……」

花子は無意識に微笑んだ

そういえば、初めて仁に会ったときは、こんな人と自分が一緒に食事をすることになるなんて思いもしなかった

最初はただ、怖そうな印象の男の人がフォレストで働くことになったと思っていただけだった

けれど今は少し違った

一緒に仕事をして

一緒に話をして

こうして食事まで一緒にしている

花子はふと、さっき仁が言った言葉を思い出した

『最高だと思います』

「……」

花子はなぜか顔が熱くなるのを感じた

「何やってるの、私……」

独り言のように呟きながら、グラスをいじっていた

そのときだった

「すみません」

花子が顔を上げた

見知らぬ男が二人、テーブルの近くに立っていた

一人は痩せていて眼鏡をかけた男で

もう一人は体格の大きな男だった

そして二人とも酒に酔っているのか、顔が赤くなっていた

「はい?」

「一人ですか?」

花子は自然に周囲を見回した

そして空いている向かいの席を見た

「いいえ。連れがいます」

「連れ?」

「はい。少し席を外しているだけです」

花子はできるだけ丁寧に答えた

「ですから、大丈夫です」

しかし男たちは引き下がらなかった

「いいじゃん、ちょっとだけ一緒に話そうよ」

「すみませんが、お断りします」

花子は笑おうとしたが、表情が少し強張った

「じゃあ、俺たちも一緒に座っていいですよね?」

「いいえ」

今度ははっきりと断った

だが、男の一人は大したことではないというように笑いながら、花子の向かいの椅子を掴んだ

「ちょっとだけなんだから、そんなに嫌がらなくてもいいじゃん」

椅子が床を擦る音がした

花子は席を立った

「本当に結構です」

「なんでそんなに気取ってるの?」

「……」

花子は戸惑った

嫌だとはっきり言ったのに、それでも近づいてくる男たち

普段なら、どうにか対処したかもしれない

けれど今は一人だった

それに二人とも酒に酔っている

下手に刺激して、事が大きくなる可能性もあった

「私……連れがもうすぐ戻ってくるので」

花子がもう一度言った

すると男が鼻で笑った

「じゃあ、一緒に待ってればいいじゃん」

「……」

花子は平静を装っていたが、心の中では怖がっていた

『誰か、助けて……』

そう思っていたときだった

男たちの後ろから、低い声が聞こえてきた

「……花子さん」

花子が振り向いた

トイレから戻ってきた仁が、数歩離れたところに立って二人の男を見ていた

「仁さん……」

仁は花子の表情を見た

そしてすぐに花子の隣まで歩いてきた

「何かあったんですか?」

「あ、たいしたことないですよ」

花子が慌てて言った

「ただ、ちょっと……」

眼鏡をかけた男が仁を見て怒鳴った

「なんだよ、お前?」

仁は答えなかった

ただ、花子と男たちを交互に見た

そしてもう一度、花子に声をかけた

「花子さん」

「はい?」

「この方たちに、何かされましたか?」

花子は少し迷った

大丈夫だと言おうとした

けれど仁の目を見ると、なぜか隠したくなかった

花子は小さく頷いた

「……はい」

今度は体格の大きな男が怒鳴った

「お前、何なんだよ!」

その瞬間

仁の表情が変わった

何も言わずに手を上げ、前髪を後ろへかき上げた

すると、前髪に隠れて見えなかった眉の上の傷が露わになった

普段の穏やかな表情とは180度違っていた

ただ黙って立っているだけなのに、周囲のざわめきが止まり

空気が冷たく凍りついたようだった

188センチの大きな体格

鍛え上げられた身体

左眉の上にある傷

そして、冷たく静まり返った眼差し

さっきまで笑っていた男たちの表情が強張った

「……」

仁が一歩前へ出た

「嫌だと言われたのに、まだ続けるんですか?」

声は低く、落ち着いていた

だが、異様なほど威圧感があった

眼鏡をかけた男は、無意識に一歩後ずさった

「あ、いや……」

「……」

仁は何も言わず、二人を見つめた

すると、体格の大きな男が突然、仁に向かって拳を振り抜いた

仁は避けなかった

ただ、飛んできた拳を片手で軽々と受け止めた

「……!」

男の表情が強張った

仁は何も言わず、男の拳を見下ろした

そのとき、騒ぎを聞きつけた店員が慌てて駆け寄ってきた

「やめてください!」

店員が二人の間に入った

「お客様、ここでこのようなことをされては困ります」

仁は店員の言葉を聞くと、ゆっくりと手を離した

そして何事もなかったかのように二人の男を見つめた

その瞬間、男たちは仁の目をまともに見ることができなかった

まるで本能的に、危険な人間だと察したかのようだった

しばらく沈黙が流れた

そして結局、体格の大きな男が先に口を開いた

「行こう」

「あ……ああ」

二人は互いの顔を見合わせると、慌ててその場を立ち去った

仁は彼らが店の外へ出ていく姿をしばらく見つめていた

店員が仁のところへ近づいてきた

「申し訳ありません。あの二人、この辺りでは有名なチンピラなんですが、今日はかなり酔っていたようです」

仁は軽く笑って答えた

「大丈夫です。誰も怪我をしていませんから」

そしてすぐに花子へ振り向いた

その瞬間、仁の表情は再びいつものものに戻っていた

「大丈夫ですか?」

「……はい」

「どこか怪我はありませんか?」

「ありません」

仁は花子をしばらく見つめた

「本当に大丈夫ですか?」

花子は仁を見つめた

さっきまでとはまったく違う人だった

さっきは怖かった

普段の仁からは感じることのできない威圧感だった

けれど今は……

なぜか、とても心強かった

「はい。本当に大丈夫です」

仁はようやく安堵の息を吐いた

「それはよかったです」

そして何事もなかったかのように自分の席へ座った

「歓迎会は、まだ終わっていないんですか?」

「……」

花子はしばらく仁を見つめた

「仁さん」

「はい」

「さっき……」

「はい」

花子は少し迷った

そして正直に言った

「怖かったです」

仁の表情が固まった

「……申し訳ありません」

「違います!」

花子が慌てて手を振った

「仁さんが怖かったという意味じゃなくて……」

花子は少し言葉を選んでから、小さく笑った

「かっこよかったです」

「……」

仁が固まった

「私が、ですか?」

「はい」

「……」

仁は本当に理解できないという表情だった

花子はそんな仁を見て、思わずくすりと笑った

「どうしてそんなに驚くんですか?」

「そのようなことを言われたことがないので」

「じゃあ、私が一番ですね」

仁はしばらく花子を見つめた

そして静かに頷いた

「……そうですね」

花子はなぜか顔が少し熱くなるのを感じた

『どうして私、こんなこと言ってるんだろう……?』

彼女は顔を背けてグラスを持った

「とにかく……」

「はい」

「今日は仁さんの歓迎会ですから」

花子が再び笑った

「もう一度、乾杯しませんか?」

仁もグラスを持ち上げた

「いいですね」

二人のグラスが再び軽くぶつかった

カン

今度は、さっきより少しだけ距離が近くなったような気がした

そして、二人の歓迎会は再び続いていった

先ほどの騒ぎがあったものの、花子は思ったより早く平静を取り戻した

仁と再び話をするうちに、先ほどまでの緊張も少しずつ解けていった

そうして時間が過ぎ

歓迎会が終わる頃になると、二人は一緒に店を出た

夜の空気が涼しく吹いていた

花子は軽く息を吐いた

「今日は思ったより長くいましたね」

「そうですね」

「でも、楽しかったです」

「私もそう思います」

二人は並んでフォレストへ向かって歩いた

先ほどの出来事のせいか、花子はいつもより仁を意識していた

けれど仁はいつもと変わらなかった

黙々と歩きながら、花子の歩調に合わせているだけだった

そんな仁の姿を見ながら、花子は小さく微笑んだ

「……本当に面白い人だな」

「何か言いましたか?」

「何でもないですよ」

ほどなくして、二人はフォレストに到着した

花子がドアを開けると、聞き慣れた声が聞こえてきた

「ワン!」

「モチ!」

モチが花子に向かって駆けてきた

花子がモチを抱き上げる

モチは花子の腕の中から仁を見つめた

仁が手を差し出すと、モチは鼻をくんくんさせてから仁の手に顔を擦りつけた

仁はモチの頭を軽く撫でた

「今日は大人しいな」

「モチも仁さんに慣れたみたいですね」

「そうなんですか?」

「はい」

花子はモチを抱いたまま仁を見つめた

そして、さっきの出来事を再び思い出した

自分を守ってくれた仁の姿

普段とはまったく違う眼差し

けれど、そのあと何事もなかったかのように、いつもの仁へ戻った姿

花子は小さく笑った

「仁さん」

「はい?」

「今日は……」

「はい」

「楽しかったです」

仁は少し考えてから答えた

「私もそう思います」

花子の顔に笑みが広がった

「それなら、よかったです」

仁は自分の部屋へ向かった

「それでは、先に休みます」

「はい、おやすみなさい」

「花子さんも、おやすみなさい」

仁が階段を上っていった

花子はその後ろ姿を見つめた

そして部屋に入り、腕に抱いたモチに今日あったことを話しながら

小さな声で囁いた

「仁さん……今日はちょっとかっこよかったよね」

モチは何も答えず、尻尾だけをゆらゆらと振った

花子は笑った

「君もそう思うの?」

モチは花子の腕の中で、気持ちよさそうに目を閉じた

その夜

花子の心の中に、初めて小さな変化が生まれた

けれど花子は、それがどんな感情なのか、まだ分からなかった

花子の心の中で、黒沢仁という男が、最初に出会った頃よりもずっと気になる存在になり始めていたことを まだ、知る由もなかった。

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