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第7話 ― 歓迎会-1

フォレストの朝

仁がフォレストで働き始めて、いつの間にか一5日目目の朝になっていた。

朝からフォレストは、いつもと大きく変わらなかった。

花子はトリミング道具を整理していて、仁は床を掃除していた。

サッ

サッ 

仁は床に落ちた毛を一か所に集め、ちり取りに入れた。

そして周囲を一度見回したあと、もう一度床を確認した。

「……これくらいで大丈夫ですか?」

花子がトリミング道具を整理しながら顔を上げた。

「はい、きれいですよ」

「そうですか」

「仁さん、掃除はけっこう上手ですね」

「掃除は難しくありませんから」

「それはそうですけど……」

花子はしばらく仁を見つめた。

一週間前までは、何もかもが不慣れだった人だ。

それなのに仁は、思ったよりも早くフォレストでの生活に馴染んでいた。

朝出勤すると掃除をして

トリミング道具を準備して

お客様が来れば犬を出迎えること

まだトリミングをきちんとできるわけではないが、助手としてやるべきことには少しずつ慣れてきていた。

最初は花子が一つ一つ教えなければならなかったことも、今では仁が先に動くことが増えていた。

トリミング道具を準備するときも、花子が何を必要としているのか、ある程度予想できるようになっていた。

花子はそんな仁を見ながら、小さく微笑んだ。

「最初より、本当にずいぶん慣れましたね」

仁が花子を見つめた。

「そうですか?」

「はい」

「それなら、よかったです」

花子はそんな仁の淡々とした反応に笑った。

「仁さんって、褒められてもあまり顔に出ませんね」

「そうですか?」

「はい」

「……喜んでいます」

「本当ですか?」

「はい」

花子が吹き出した。

「じゃあ、もう少し喜んでもいいと思いますよ」

仁は少し考えた。

そしてほんの少しだけ口元を上げた。

「これくらいでいいですか?」

「プッ……」

花子が笑った。

「はい、十分嬉しそうですよ」

その時

チリン

扉に付いたベルが鳴った。

二人は同時に扉を見た。

予約のお客様だった。

「いらっしゃいませ」

花子がお客様を出迎えた。

仁も自然に隣へ歩み寄り、お客様を出迎えた。

一週間前だったら、仁はお客様の前に立つことさえぎこちなかっただろう。

だが今は少し違った。

「いらっしゃいませ」

仁が笑顔で挨拶すると、お客様も仁を怖がることなく自然に笑顔で挨拶を返した。

花子はその姿を見て、そっと微笑んだ。

仁はまだ知らなかった。

自分が一週間前とは少し変わったことを。

その日のフォレストの予約は午前に一匹だけで

午後には予約がなかった。

トリミングを終えてお客様を見送ったあと

仁は予約表を確認した。

「今日の午後は予約がありませんね」

「はい」

花子も予約表を見つめた。

「最近は平日でもけっこう忙しいんですけど、今日は珍しく暇ですね」

仁は頷いた。

「そうですか」

しばらく考えていた花子が仁を見つめた。

「じゃあ、今日は早めに終わらせて、何か食べに行きませんか?」

「……食べに行くんですか?」

「はい」

花子が笑った。

「仁さんが来て一週間でもありますから」

「それだけのために、わざわざ……」

「歓迎会です」

「歓迎会?」

「はい」

花子は指で仁を指した。

「仁さんの歓迎会」

仁は少し戸惑った。

「もう一週間も経ちましたが」

「一週間も経てば十分ですよ」

「……」

「それに、私も一緒に美味しいものを食べたいですし」

その言葉に仁が一瞬動きを止めた。

花子も自分が何気なく言った言葉に気づき、少し顔を赤くした。

「あ……その……」

「分かりました」

仁が頷いた。

「では、参加します」

「本当ですか?」

「はい」

花子が嬉しそうに笑った。

「やった!」

仁は花子の明るい表情を見つめ、小さく微笑んだ。

「そんなに嬉しいことですか?」

「当然ですよ」

花子が笑った。

「一人で食べるより、一緒に食べたほうが美味しいじゃないですか」

「そうですか?」

「はい」

仁は少し考えた。

「それなら、私も楽しみにしています」

「よかった。じゃあ今日は私がちゃんと選びますね」

その日の午後

いつもより早く店を片付けた。

花子が扉に鍵をかけている間、仁は周囲を一度見回した。

「片付きました」

「はい」

花子が鍵を確認したあと、仁を見つめた。

「じゃあ、行きましょうか?」

「いいですね」

二人は並んでフォレストを出た。

久しぶりに店の外へ出た花子は、軽く伸びをした。

「ああ、今日は早く終わったから嬉しいですね」

「普段は遅くまでかかるんですか?」

「はい。仁さんは始めたばかりだから知らないと思いますけど、お客様が集中する日は思ったより遅くなるんですよ」

「大変ですね」

「慣れれば大丈夫ですよ」

花子が笑った。

「仁さんは? 前は仕事が終わったあと、普段何をしてたんですか?」

仁は少し考えた。

「特にありません」

「本当に?」

「はい」

「じゃあ、一人でご飯を食べたりしてたんですか?」

「ほとんどそうでした」

花子が仁を見つめた。

「一人で?」

「はい」

「寂しくなかったんですか?」

仁はしばらく答えなかった。

そしてゆっくりと口を開いた。

「……考えたことはありません」

花子は仁の顔を見つめたあと、そっと微笑んだ。

「じゃあ、最近は楽しかったですか?」

「どういう意味ですか?」

「最近は一人じゃないじゃないですか」

「……」

仁はしばらく花子を見つめた。

そして前を向いた。

「そうですね。楽しいのだと思います」

二人は並んで食事をする店が並ぶ通りへ向かって歩いていった。

ほどなくして、近所の飲食店街へ入った。

花子が周囲を見回した。

「やっぱりこういう日は焼肉ですよね」

花子が仁を見て笑った。

「そうですよね、仁さん?」

仁も少し微笑みながら答えた。

「はい。こういう日は焼肉ですね」

「やっぱり仁さんもそう思います?」

「はい」

「よかった」

仁が何かを心配するような口調で言った。

「ですが、高くないですか?」

花子が笑いながら、一軒の店を指差した。

「ここは食べ放題ですよ」

「だから心配しなくて大丈夫です」

仁は安心したような顔で言った。

「それなら安心です」

二人は店の中へ入った。

チリン

扉を開けて入ると、店員が二人を出迎えた。

「いらっしゃいませ」

店員は仁を見て、一瞬びくっとした。

だがすぐに落ち着きを取り戻し、二人を見つめた。

「お二人様ですか?」

「はい」

花子が答えた。

店員はしばらく席を見回してから言った。

「カップル席へご案内しましょうか?」

「……」

「……」

仁と花子が同時に固まった。

花子の顔が一瞬で赤くなった。

仁も気まずそうな表情で店員を見つめた。

「そんな関係じゃありません!」

「私たちはそういう関係ではありません」

二人が同時に言った。

「あ……申し訳ありません」

店員は慌てて別の席へ案内した。

花子は顔を赤くしたまま席に座った。

「……びっくりしましたね」

仁も向かいの席に座った。

「そうですね」

「仁さんは何とも思わないんですか?」

「少し戸惑いました」

「本当ですか?」

「はい」

「全然そうは見えませんけど」

「私はもともとこういう性格ですから」

「そうですよね」

花子がクスッと笑った。

「仁さんって、本当に表情があまり変わりませんね」

「そうですか?」

「はい」

しばらくすると、注文した料理が運ばれてきた。

肉や様々なおかずがテーブルの上に並べられた。

花子がトングを手に取った。

「今日は私が焼きますね」

仁がトングを取ろうとした。

「いえ、私が焼きます」

花子はトングを隠すようにしながら言った。

「仁さん、今日は仁さんを歓迎する席なんですから、私が焼かなきゃ」

「……そうですか?」

花子が笑いながら言った。

「はい、今日は楽しんでください」

「では、ありがとうございます」

そうして花子が肉を焼き、ある程度焼き上がった頃

花子がグラスを持ち上げた。

「さあ!」

仁も自分のグラスを持ち上げた。

「仁さんのフォレスト入社を祝って!」

仁はしばらく自分のグラスを見つめた。

「……おめでとうございます」

「自分がお祝いされてるんですよ」

「あ!」

仁はもう一度グラスを持ち上げた。

「……ありがとうございます」

花子が笑った。

「乾杯!」

「乾杯」

グラスが軽くぶつかった。

カン!

二人は同時に笑った。

「ところで、仁さん」

「はい?」

「焼肉はよく食べてました?」

「以前はたまに食べていました」

「お肉、好きですか?」

「嫌いではありません」

「じゃあ、たくさん食べてください」

花子が肉を取って、仁の皿に乗せた。

「……」

仁は肉を見つめた。

「どうしたんですか?」

「私が食べてもいいんですか?」

「はい」

「ありがとうございます」

仁は肉を食べた。

そしてしばらくして言った。

「美味しいです」

「本当ですか?」

「はい」

「よかった」

花子は安心したような表情を浮かべた。

「実は仁さんが食べ物にうるさかったらどうしようって、少し心配してたんです」

「私は何でもよく食べます」

「そうなんですか?」

「はい」

「じゃあ、好きな食べ物は?」

仁が箸を止めた。

「……」

「どうしたんですか?」

「考えたことがありません」

花子が目を瞬いた。

「好きな食べ物もですか?」

「はい」

「じゃあ、嫌いな食べ物は?」

「特にありません」

「……」

花子が仁を見つめた。

「仁さん」

「はい」

「つまらない人ですね」

「……すみません」

「いや、そういう意味じゃなくて!」

花子が吹き出した。

「仁さんって、本当に仁さんらしいですね」

仁は戸惑ったような表情で花子を見つめた。

そして少し考えた。

「そういえば、オムライスが一番好きな気がします」

花子の目がキラキラと輝いた。

「オムライスですか!?」

「はい」

「私もオムライス、本当に大好きです」

仁が不思議そうな表情を浮かべた。

「こんな偶然もあるんですね」

花子も笑いながら言った。

「そうですね」

そして少し考えてから言った。

「今度、私が作ってあげますね」

仁の手が一瞬止まった。

「自分で作るんですか?」

「はい」

花子が自信満々に頷いた。

「私、料理はけっこう得意なんですよ」

仁は花子が作ってくれた料理を思い出した。

「そういえば、そうですね」

「でしょう?」

「楽しみにしています」

「はい、楽しみにしててください」

花子が嬉しそうに笑った。

仁も少し微笑んだ。

その後、食事をしながら二人は少しずつ話をした。

主に花子が仁にいろいろと質問する形だった。

「仁さんは子供の頃、どんな子だったんですか?」

「大人しかったです」

「今と似てますね」

「そうですか?」

「はい」

花子が肉をひっくり返しながら言った。

「友達もあまりいなかったんですか?」

仁は少し考えた。

「多くはありませんでした」

「意外ですね」

「なぜですか?」

「仁さんは今も怖そうな見た目ですけど……」

花子が仁を見つめた。

「思ったより、人と話すのは平気じゃないですか」

「そうですか?」

仁はしばらく花子を見つめた。

「花子さんは?」

「私ですか?」

「子供の頃はどんな子だったんですか?」

花子は少し考えた。

「私はけっこう暗いほうでした」

「……意外ですね」

「どうしてですか?」

「今のように明るいほうだと思っていました」

「私がですか?」

花子が目を大きく見開いた。

仁が頷いて答えた。

「はい。花子さんのおかげで、フォレスト全体が明るくなっている気がします」

花子の顔が赤くなった。

「恥ずかしいこと言わないでください」

「そうなんですか?」

「はい」

花子は俯いたまま肉をひっくり返した。

仁はそんな花子をしばらく見つめた。

「……」

「……なんですか?」

「いえ」

「なんですか?」

「顔が赤くなっています」

「それを言わないでください!」

花子が顔を隠した。

仁は少し戸惑った。

「すみません」

「……仁さんって、たまに正直すぎるんだから」

花子が小さく呟いた。

「そうですか?」

「はい」

二人は結局、同時に笑った。

しばらくして花子が尋ねた。

「ところで、仁さん」

「はい」

「フォレストで働くのは……どうですか?」

仁はしばらく考えた。

トリミングテーブル

犬たちが休むスペース

そして犬をトリミングしている花子

一週間前までは、すべてが見慣れない風景だった。

だが今は少し違った。

朝、店の扉を開けて

床を掃除して

犬を洗って

毛を乾かして

花子の仕事を手伝うこと

そのすべてが少しずつ馴染んできていた。

仁はゆっくりと口を開いた。

「最高だと思います」

花子の表情が少し柔らかくなった。

「本当ですか?」

「はい」

「よかった」

花子が笑った。

「私も仁さんのこと、いいと思いますよ」

仁が戸惑って彼女を見つめた。

「はい?」

花子も自分が何を言ったのかに気づき、少し視線を逸らした。

「あ、もちろん従業員としてですよ」

「はい」

仁は胸が少し痛むのを感じたが、気に留めずに流した。

「……」

「……」

しばらく気まずい沈黙が流れた。

花子は意味もなく水を一口飲んだ。

仁も静かに食事を続けた。

だが二人とも、さっきより少し気になっているようだった。

花子は何となく目の前の肉をひっくり返した。

すでに十分焼けている肉だったが、もう一度ひっくり返した。

仁も普段よりゆっくりと箸を動かした。

やがて花子が慎重に口を開いた。

「仁さん」

「はい」

「これからもずっと、ここで働いてくれますよね?」

仁は花子を見つめた。

「そのつもりです」

「よかった」

花子は安心したように微笑んだ。

「じゃあ、これからもよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

二人は再びグラスを軽くぶつけた。

カン!

そうして食事の時間は、もう少し続いた。

時間が経ち、食事もある程度終わった頃

仁が席を立った。

「少しトイレに行ってきます」

「はい」

仁が店の奥へと消えていった。

花子は一人になった。

そして自分でも気づかないうちに、小さく笑った。

「……変だな」

最初は怖い人だと思っていただけだった。

だが、一週間一緒に過ごしてみて分かった。

怖い雰囲気とは違って、仁は思ったより優しく

犬にも意外と優しくて

お客様にも優しく

何事にも真剣に取り組む人だった。

そして少しずつ、笑う姿も見せるようになった。

花子は空いたグラスを見つめた。

「……思ったより、いい人なんだな」

しばらくして

店の外から、酔っ払った人たちの声が聞こえてきた。

「おい、今日はもう一杯飲もうぜ!」

「まだ終わってないだろ!」

花子は顔を上げた。

声が少しずつ近づいてきていた。

だが、あまり気にはしなかった。

ただ騒がしい客なのだろうと思った。

花子は仁が戻ってくるはずの席を見つめた。

「……なんでこんなに遅いんだろう?」

その時

店の入口のほうから、男たちの笑い声が聞こえてきた。

花子は何気なくそちらを見た。

そしてその瞬間

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