第23話 ― 彩香の歓迎会
翌朝
今日はフォレストの定休日だった
いつもなら朝早くから花子が起きて店の片付けをし、仁も出勤の準備をしているところだが、今日だけは二人とも急ぐ必要がなかった
窓から差し込む日差しが、部屋の中を暖かく照らしていた
花子はベッドからゆっくりと体を起こした
「うーん……」
いつもより遅く起きたせいか、少し体が重かった
花子はしばらくぼんやりと天井を見つめていたが、ふと隣の部屋のことを思い出した
「あ……そういえば、彩香が来たんだった」
昨日、突然やって来た彩香は、会社をクビになったうえに家賃も払えず、住む場所まで失っていた
幸い、フォレストの二階には空いている部屋が一つあり、しばらくの間、彩香がその部屋を使うことになった
花子はベッドから降りると、軽く伸びをした
そして、ふと時間を確認した
「……あれ?」
思っていたよりも、かなり時間が経っていた
「彩香、まだ寝てるのかな?」
花子は昨日の彩香を思い出した
久しぶりに会った友達と話すのが嬉しかったのか、夜遅くまでずっと話し続けていたのだ
結局、花子が先に部屋へ戻り、彩香も少し遅れて自分の部屋へ入った
「それにしても、寝すぎじゃない?」
花子は思わず笑った
もしかしたら、久しぶりに安心して眠れる場所ができたからなのかもしれない
花子は静かに彩香の部屋の前まで歩いていった
そして、軽くノックした
コンコン
「彩香?」
返事はなかった
「彩香、起きてる?」
やはり返事はない
花子は首を傾げた
「まだ寝てるのかな?」
もう少し強くドアを叩いた
「彩香?」
……静かだった
「まだ寝てるみたいね」
花子は少し考えたあと、ドアを開けた
「彩香、起き……」
言葉が終わる前に、花子の顔が固まった
「……」
ベッドの上では、彩香がこの上なく気持ちよさそうな顔で眠っていた
問題は、彩香がパジャマをきちんと着ていなかったことだった
薄い下着姿のまま、布団もろくに掛けず、ベッドの真ん中でぐっすり眠っていた
花子の顔が一瞬で真っ赤になった
「あ……」
しばらく言葉を失っていた花子は、慌てて顔を背けた
そして、そのまま叫んだ
「彩香あああああ!」
「……!」
その叫び声が部屋中に響き渡った
そのとき、部屋でストレッチをしていた仁が驚いた
「……何があった?」
仁はすぐに立ち上がった
花子の悲鳴には、いつもとは違う切迫感があった
仁は何かあったのではないかと心配し、すぐに階段を上がった
「花子さん!」
仁が慌てて二階へ上がってきた
「何があったんですか?」
「仁さん!」
花子が慌てた様子で振り返った
「あ、その……」
花子はどう説明すればいいのか分からず、言葉に詰まった
仁は花子の隣に立ち、部屋の中を見た
そして、ベッドの上で眠っている彩香を確認した瞬間、その場で固まった
「……」
仁の顔も一瞬で強張った
「……」
花子と仁の間に気まずい沈黙が流れた
二人は同時に顔を見合わせた
そして、同時に顔を赤くした
「……」
「……」
仁は慌てて視線を逸らした
「すみません」
「いえ! 仁さんが謝ることじゃないですよ!」
花子も慌てて手を振った
「そうじゃなくて……私が急に叫んだから……」
「何かあったのかと思いました」
「それはそうなんですけど……」
花子は再び彩香を見た
「彩香が……」
その瞬間
「うーん……」
ベッドの上の彩香が寝返りを打った
二人は同時に言葉を止めた
「……」
彩香がゆっくりと目を開けた
「ん……」
まだ眠そうな顔で周囲を見回していた彩香は、ドアの前に立っている花子と仁を見つけた
「……あれ?」
彩香は目をこすった
そして、もう一度見た
「花ちゃん?」
「……うん」
「仁さん?」
「……はい」
彩香はしばらく二人を見つめた
そして、自分がどんな姿で眠っていたのかに気づいた
「……」
「……」
「……」
彩香の顔が一瞬で真っ赤になった
「きゃあああああ!」
今度は彩香が悲鳴を上げた
「なんで仁くんまでいるの!?」
「私が叫んだから、仁さんが駆けつけてきたの」
花子が慌てて説明した
「でも……!」
彩香は布団を頭までかぶった
「ああああ……」
「だから、ちゃんと服を着て寝なさいって言ったでしょ!」
「花ちゃんだって急に入ってきたじゃん!」
「何回も呼んだのに返事しなかったでしょ!」
「……そうだっけ?」
「そうよ!」
布団の中から彩香が小さく呟いた
「……よく聞こえなかった」
「まったく……」
花子はため息をついた
その様子を見ていた仁は、相変わらず気まずそうな顔をしていた
「私は下にいます」
「あ、はい!」
仁はできるだけ何でもないような顔をして部屋を出ていった
しかし、ドアを閉めた瞬間、仁は小さく息を吐いた
「ふぅ……」
そんな仁を見ながら、花子も顔が熱くなった
『ああ……もう……』
なぜか自分まで恥ずかしくなるような気分だった
彩香と一緒に過ごすフォレストの最初の朝は、そんな少し騒がしい始まりとなった
しばらくして
彩香はきちんと服を着て部屋から出てきた
「おはよう……」
「……彩香」
花子が腕を組んだ
「何?」
「これからはちゃんとパジャマを着て寝て」
「うん……」
「それと、私が起こしに来たときはちゃんと返事して」
「うん……」
「それから……」
花子は少し言葉を止めた
「朝からあんなに驚かせないで」
「ごめん」
彩香が素直に頭を下げた
花子はそんな彩香を見て、思わず笑った
「もういいよ」
「花ちゃんはやっぱり優しいね」
「そのまま流そうとしないで」
「へへ」
彩香は照れくさそうに笑った
そんな二人のもとへ
モチがゆっくりと彩香に近づいてきた
彩香はモチに気づくと、足を止めた
「え……?」
モチも彩香を見つめながら、尻尾をゆらゆらと振っていた
彩香はしばらくモチの姿を見つめると、ゆっくりとしゃがみ込んだ
「久しぶり、モチ」
彩香が手を差し出すと、モチは自然に近づいてきて、彩香の手に鼻を寄せた
「覚えてるみたいだね?」
「当たり前でしょ」
花子はさっきまで怒っていたのが嘘のように笑いながら言った
「昔、彩香がうちに遊びに来るたびにモチと遊んでくれてたじゃん」
「そうだったね」
彩香はモチの頭を優しく撫でた
「あのときはまだ子犬だったのに、今は少し大きくなったね」
「何年も経ってるんだからね」
そう言って、花子は朝食の準備をしに行った
花子がいなくなったあとも、彩香はモチを撫で続けた
彩香に撫でられるたびに、モチは嬉しそうにその手を受け入れ、尻尾をゆらゆらと振っていた
彩香はそんなモチを見つめながら微笑んだ
「相変わらず可愛いね」
モチが彩香の手の甲を舐めた
「ふふ、あなたも私に会えて嬉しかったんだね」
「私も嬉しいよ、モチ」
彩香はしばらくモチを撫で続けた
昨日までは少し気まずさもあったが、久しぶりに会ったモチがこんなにも自分を歓迎してくれると、少しだけ心が落ち着くような気がした
そんなふうにモチと遊んでいると
「彩香、ご飯できたよ」
花子の声が聞こえてきた
「え? ご飯?」
彩香がキッチンへ行くと、テーブルの上にはご飯と卵焼き、それに温かい味噌汁が並んでいた
彩香は食卓を見つめたまま、固まった
「……」
「どうしたの?」
花子が不思議そうに見つめた
「花ちゃん……」
「うん?」
「これ、何……?」
「何って、朝ご飯だよ」
彩香はゆっくりと食卓へ近づいた
「ご飯……卵焼き……味噌汁……」
そして、感動したように両手を合わせた
「これは……完璧な家庭料理じゃん!」
「そう?」
「うん!」
彩香は感動した顔で頷いた
「私、こういう家庭料理、本当に久しぶりに見た!」
「ただのご飯じゃん」
「違うよ!」
彩香が真剣な表情で言った
「私にとっては、今ほとんど文化財級だよ」
「文化財って……食べてもいないのに、どうして分かるのよ」
「私には分かるの!」
彩香は椅子に座りながら箸を手に取った
「じゃあ、いただきます!」
彩香がご飯を一口食べた
「……!」
その瞬間、彩香の目が大きく見開かれた
「美味しい……」
「ただのご飯なのに?」
「花ちゃん……」
彩香が目を潤ませながら花子を見つめた
「私……家に帰ってきたみたい」
「……」
花子は呆れたような顔をした
「まだ一晩泊まっただけじゃん」
「それでも久しぶりだよ。普段はお弁当とかインスタント食品で済ませてるから……」
そう言いながら、彩香は卵焼きを口にした
一口食べた瞬間
「……!」
再び彩香の目が大きくなった
「甘い……柔らかい……」
「卵焼きだからね」
花子が思わず笑った
彩香は味噌汁も一口飲んだ
「……ふぅ」
温かい汁が喉を通っていくと、彩香は幸せそうな表情を浮かべた
「これだよ……」
「何が?」
「人が生きていく理由……」
「朝から何言ってるの?」
「家庭料理がこんなに恐ろしい食べ物だったなんて……」
「美味しいってこと? 怖いってこと?」
「両方!」
彩香は真剣に答えた
「美味しすぎて、ずっと食べたくなるじゃん!」
花子は思わず吹き出した
「じゃあ、いっぱい食べなよ」
「うん!」
ある程度食事が進んだところで
彩香は静かにご飯を食べていた仁に声をかけた
「仁くん、花ちゃんのご飯、美味しいよね?」
「もちろんです、花子さんの料理はとても美味しいです」
花子は少し照れたように顔を赤くした
「仁さんったら……」
そんな花子を見た彩香は、花子にそっと耳打ちした
「やっぱり恋をすると料理が上手になるっていうのは本当なんだね」
花子は驚いて彩香に言った
「彩香!」
「私、もともと料理は得意だったんだから!」
彩香はいたずらっぽく笑った
「冗談、冗談」
朝食を食べ終えると
三人はそれぞれの時間を過ごしていた
花子はリビングの片隅で本を読んでおり
仁はキッチンで皿を洗っていた
彩香は沈んだ表情でソファに寝転びながら、スマートフォンを見つめていた
「うーん……」
そのとき
「ん?」
モチが何も言わずに彩香の隣に座り、彩香の手を舐めてくれた
彩香はしばらくそんなモチを見つめてから、思わず笑った
「どうしたの?」
モチが首を傾げた
「慰めてくれてるの?」
モチは答える代わりに、尻尾をゆらゆらと振った
彩香はモチの毛をゆっくりと撫でた
「やっぱり、ここに来てよかった」
「食べるものもあるし、寝る場所もあるし……」
少し言葉を止めた彩香は、小さく笑った
「それに、こんなに愛らしくて可愛い君もいるしね」
モチは褒められたのが嬉しいのか、尻尾を振りながら彩香の手を舐めた
「ふふ、可愛いなぁ」
彩香の顔に、しばらく笑顔が浮かんだ
しかし、すぐにスマートフォンを見ると、
表情が少し曇った
「やっぱり何もないか」
本を読んでいた花子が彩香を見た
「何が?」
「会社からの連絡」
花子の手が一瞬止まった
「仕事を探すの?」
「もちろんでしょ」
彩香は体を起こした
「いつまでもこうしてお世話になるわけにはいかないからね」
「それはそうだね。でも、そんなに焦らなくてもいいよ」
「花ちゃん……」
彩香が感動したような顔で言った
「本当にありがとう」
「何を、これくらい」
「そうは言っても、私もいつまでも無職でいるつもりはないから」
黙って話を聞いていた仁が皿洗いを終えると、彩香に尋ねた
「何かやりたい仕事はありますか?」
「うーん……」
彩香は顎に手を当てた
「まだ分からない」
「そうですか」
「とりあえず、アルバイトでも探さないとね」
仁は彩香を見ながら言った
「何か困ったことがあれば言ってください」
彩香は目を瞬かせた
「仁くん……」
「私にできることなら、お手伝いします」
「……」
彩香の顔に小さな笑みが浮かんだ
「本当にいい人だね」
「大したことではありません」
そう言うと、仁は自分の部屋へ向かった
彩香はそんな仁をしばらく見つめたあと、花子のほうへ体を向けた
そして、いたずらっぽい笑みを浮かべた
「花ちゃん」
「何?」
「仁さんってさ」
「うん?」
「本当にいい人だね?」
「……」
花子の顔が少し赤くなった
「急に何言ってるの?」
「いや、ただね」
彩香が笑った
「昨日も思ったけど、思ってたよりずっといい人だね」
「そうでしょ?」
花子が思わず答えた
そして、自分があまりにも自然に答えてしまったことに気づき、口を閉じた
彩香の目が細くなった
「ふーん……」
「何よ、その目は?」
「何でもないよ」
「本当?」
「うん」
彩香は意味深な笑みを浮かべた
花子は首を傾げた
そうして時間が過ぎ、簡単に昼食を済ませたあと
三人はそれぞれ休んでいた
そのとき、本を読んでいた仁が立ち上がった
「私は少し散歩に行ってきます」
花子が仁を少し呼び止めた
「あ、仁さん、ちょっと待ってください」
花子は床に寝そべっていたモチを見ながら言った
「モチも連れて行ってくれませんか?」
モチが花子の言葉を理解したように顔を上げた
仁はモチを見てから頷いた
「はい」
仁がリードを手に取ると、モチはすぐに立ち上がり、仁のそばへ近づいた
尻尾が嬉しそうに揺れている
彩香はその姿を見ながら笑った
「モチ、仁くんのこと大好きなんだね」
「そうみたいですね」
そう言いながら、仁はモチのリードを握った
「行ってきます」
「気をつけて行ってきてくださいね」
少し名残惜しそうな表情で花子が言った
チリン
ドアが閉まると、彩香が花子を見た
「花ちゃん」
「何?」
「仁さんが出ていくとき、なんでそんなに寂しそうなの?」
「……そんなことないよ」
「そう?」
「うん」
「ふーん……」
花子は首を傾げる彩香を見つめながら、少し顔を赤くした
「本当に違うから!」
彩香は意味深な笑みを浮かべた
「分かった、分かった」
そう言って彩香はくすっと笑い、心の中で思った
『やっぱり面白そうだな』
そんなふうに彩香が花子をからかいながら楽しい時間を過ごしているうちに、いつの間にか夕方になっていた
三人は家を出た
今日は彩香がフォレストにやって来たことを記念して、歓迎会を開くことになっていた
場所は、以前仁がフォレストで働き始めたときに、花子が仁のために歓迎会を開いた焼肉店だった
「ここだよ」
花子が店の前で言った
彩香は看板を見上げた
「焼肉?」
「うん」
「ここで仁くんの歓迎会をやったの?」
「うん、仁さんが初めてフォレストに来たときにね」
彩香が笑った
「じゃあ、私も同じところでやるんだ?」
「そうですね」
仁が隣から言った
「私もあのときのことを思い出します」
「そのときの仁さん、すごく緊張してましたよね」
花子が笑った
「そうでしたか?」
「はい」
彩香は二人を交互に見た
「ふーん……」
「どうしたの?」
「何でもない」
三人は店の中へ入った
しばらくすると
テーブルの上には肉や様々な料理が次々と並び始めた
「わあ……!」
彩香の目が輝いた
「本当に美味しそう!」
「いっぱい食べて」
花子が笑いながら言った
「今日は彩香が主役なんだから」
「本当?」
「うん」
「じゃあ、遠慮しないからね!」
ジュージュー
肉が網の上で美味しそうに焼け始めた
三人は肉を焼きながら、いろいろな話をした
彩香は会社であったことを話し、花子は昔の話を持ち出した
仁は静かに二人の話を聞き、ときどき答えた
「そういえば、花子」
彩香が肉をひっくり返しながら言った
「仁くんって、どうしてフォレストで働くことになったの?」
「それは……」
花子が仁を見た
「仁さんが初めてうちの店に来たときは……」
花子は仁と初めて会った日のことを話した
面接を受けに来た仁の怖い印象
他のところでも面接に落ち続けていたこと
そして、花子が仁にチャンスを与えたことまで
彩香は興味深そうに話を聞いた
「それで仁くんがここで働くことになったんだね」
「はい」
仁が頷いた
「最初は本当に心配だったんですよ」
花子が笑った
「仁さんがあまりにも怖く見えたから、お客さんが驚いたらどうしようって」
「それは今でも、ときどき心配になります」
仁が淡々と言った
「そんなことないですよ」
花子が首を横に振った
「もう大丈夫です」
その言葉を聞いた仁の表情が、少し柔らかくなった
彩香はそんな二人の様子を見つめていた
「でも……」
彩香が尋ねた
「仁くんが花ちゃんを助けたって?」
花子の手が止まった
「それ……どうして知ってるの?」
「美咲ちゃんから大体聞いたよ」
「美咲、許さない」
「そのときのこと、詳しく聞かせて」
彩香の目が輝いた
花子は少し仁を見た
仁は黙って肉をひっくり返していた
「この前の仁さんの歓迎会で……」
花子が話し始めた
「変な人たちに会ったの」
彩香の表情が真剣になった
「変な人たち?」
「うん」
花子はその日の出来事を説明した
前回の仁の歓迎会で、仁が少しトイレに行っている間、酔った男二人が花子が断っているにもかかわらず何度も一緒に飲もうと誘ってきたこと、そしてちょうどいいタイミングで仁が現れて助けてくれたこと
「それで仁さんが……」
花子はそのときの仁を思い出した
「その人たちを、そのまま帰したの」
「そのまま?」
彩香が尋ねた
「うん」
「何て言ったの?」
花子は少し仁を見てから、話を続けた
「何も言わなかった。ただ、帰ってくれって言っただけ」
花子の話を聞いた彩香は仁に言った
「仁くん、花ちゃんの話、本当なの?」
仁が頷いた
「はい、でも、大したことではありませんでした」
「大したことないって!」
彩香が目を大きく見開いた
「それ、完全に映画みたいな話じゃん!」
「そこまでではありません」
「いやいや」
彩香は仁を見つめた
「仁くん、本当にかっこいいんだけど?」
「……」
仁の手が止まった
「はい?」
「だって、考えてみてよ」
彩香が身を乗り出した
「背も高いし、力も強いし、怖そうに見えるのに、実際は優しくて……」
「……」
「それに、困ってる花ちゃんを助けたんでしょ?」
「ただ、当然のことをしただけです」
「それでもかっこいいじゃん!」
彩香は満面の笑みを浮かべた
「花ちゃん、本当にいい人に出会ったね!」
「ゴホッ!」
花子が突然むせた
「大丈夫?」
「大丈夫!」
花子は慌てて水を飲んだ
顔はすでに真っ赤になっていた
彩香はそんな花子を見て、口元を上げた
「なんで顔赤くなってるの?」
「赤くなってないから!」
「赤くなってるけど?」
「肉食べてるからよ!」
「肉で顔が赤くなるの?」
「そういうこともあるでしょ!」
仁は二人の会話を静かに見ていたが、口を開いた
「花子さん」
「はい?」
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
花子は慌てて答えた
彩香は笑いをこらえた
しばらくして
「ねえ、花ちゃん」
「今度は何?」
彩香がいたずらっぽく囁いた
「そのとき仁さんが助けてくれたとき……」
「うん」
「ドキドキした?」
「……」
花子がその場で固まった
「……何?」
花子の顔が一瞬で真っ赤になった
「何言ってるのよ!」
「そのとき仁さんがかっこよく見えたかってこと」
「違う!」
「本当に?」
「本当!」
花子は勢いよく首を横に振った
「ただ、ありがたかっただけだから!」
「ふーん……」
彩香は花子を見つめながら笑った
「でも、なんでまた顔が赤くなってるの?」
「暑いからよ!」
「ここ、エアコンついてるけど?」
「……」
花子は言葉を失った
彩香はとうとう吹き出した
「あははは!」
「彩香!」
花子が顔を赤くしたまま言った
「からかわないでよ!」
「ごめん、ごめん」
彩香は笑いながら手を上げた
「でも、本当に面白いね」
「何が?」
「何でもない」
彩香の顔からは、いたずらっぽい笑みが消えなかった
肉に集中していた仁は、二人がなぜそんなやり取りをしているのかも分からないまま、肉をひっくり返していた
しばらくして、花子は落ち着こうと水を一口飲んだ
「本当にもう……」
「花ちゃん」
「何?」
「私、もう一つ言いたいことがあるんだけど」
「今度は何なの?」
彩香は少し仁を見た
そして、再び花子を見た
「仁さんがフォレストで働き始めてから……花ちゃんもずいぶん変わったよね?」
花子の表情が少し変わった
「……そうかな?」
「うん」
彩香は頷いた
「昔はいつも暗い顔してたじゃん」
花子はしばらく何も言わなかった
「でも最近は、表情がずいぶん明るくなったよね」
「……」
花子は思わず仁を見た
仁も花子を見つめていた
目が合った
花子はその瞬間、胸が高鳴るのを感じた
「……」
花子は慌てて視線を逸らした
「それは……」
うまく言葉が出てこなかった
彩香はそんな花子を黙って見つめていた
そして、心の中で思った
『やっぱり……』
彩香には確信があった
花子が仁を特別に思っているということに
花子がここまで恥ずかしがる姿を見るのは初めてだったからだ
だが、今はあえてそれを口にしなかった
もう少しだけ、様子を見てみたかった
「じゃあ、今日はここまで!」
彩香が突然、グラスを持ち上げた
「え?」
花子が驚いた表情で見つめた
「私がフォレストに来た記念に!」
彩香が満面の笑みを浮かべた
「乾杯!」
花子も笑いながらグラスを持ち上げた
「乾杯」
仁もグラスを持ち上げた
「乾杯」
三人のグラスが軽くぶつかった
カン
その瞬間、彩香は思った
仕事も失って
家も失って
これからどうやって生きていけばいいのか分からなかったけれど
少なくとも今は、大丈夫な気がした
自分が暮らせる暖かい場所ができたからだ
そして何より
これから見守っていくのが楽しみな二人までいる
彩香は花子と仁を交互に見つめながら、
こっそり笑った
こうして、歓迎会の夜はゆっくりと更けていった




