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第22話 ― 突然だけど嬉しい訪問者

暖かな日差しが降り注ぐ、ある午後

フォレストには、いつもと変わらない静かな空気が流れていた


「もう少しで終わるよ」


花子がトリミングテーブルの上に乗っている小さな犬の毛を、ハサミで丁寧に整えていた


今日やって来た犬は、全身のトリミングを受けることになっていた

いつもより毛が伸びていたが、きちんと手入れされていたため、毛玉や絡まった部分はほとんどなかった

花子は犬の体を確認しながら、ゆっくりと毛を切っていった


犬が花子を見つめた

「もうほとんど終わりだから、もう少しだけ我慢してね」

花子が優しく声をかけながら、ハサミを動かした


サク

サク


ハサミの音が静かなフォレストの中に響いた

その隣では、仁が必要な道具を準備しながら、花子の作業を見守っていた

しばらくして、花子が犬の横側の毛を整え、全体の形を確認した

「仁さん、どうですか?」

「いいと思います」

「じゃあ、次は仁さんの番ですね」

花子がハサミを置きながら言った

「仁さん、お願いします」

「はい」


仁が犬のもとへ近づいた

「これからシャンプーの時間です」


仁は犬をそっと抱き上げた

犬は仁の腕の中で大人しく周囲を見回していた

しばらくすると、シャンプー室から水の音が聞こえてきた

仁は犬が驚かないように、まず水の温度を確認してから、ゆっくりと体を濡らしていった

犬が少しだけ体を震わせた


仁は手で背中を優しく撫でてやった

「少し冷たいよな、ごめん」

少しずつ水に慣れていった犬は、やがて大人しく仁の手を受け入れた


仁はシャンプーをつけると、毛の一本一本を丁寧に洗っていった

「今日は大人しいですね」

花子がシャンプー室のほうを見ながら言った

「はい、思ったより大人しいです」

「よかったです」

しばらくして、仁がシャンプーをきれいに洗い流した

「シャンプーは終わりました」


仁が犬をタオルで包み込むように抱き上げた

「タオル、ここに置いておきますね」

花子があらかじめ用意しておいたタオルを渡した

「ありがとうございます」


仁は犬の体を丁寧に拭いていった

犬はタオルに顔を埋めたまま、大人しくしていた

「ふふっ」


花子がその姿を見て笑った

「本当に大人しいですね」

「はい」


仁も小さく微笑んだ

シャンプーが終わると、仁は犬を再びトリミング台の上に乗せた

今度はドライヤーを取り出した

「これから毛を乾かします」

ドライヤーのスイッチを入れると、フォレストの中に風の音が響いた


ブォォォン――


犬が一瞬、体を震わせた

仁はすぐに風の強さを少し弱めた

「ちょっと驚いたな、ごめん」

仁は片手で犬を落ち着かせながら、もう片方の手で毛を乾かしていった

濡れていた毛が風に合わせて、少しずつふわりと膨らんでいく


仁は毛が一か所に押しつぶされないよう、手で毛を持ち上げながらゆっくりとドライヤーを動かした


花子はその様子を隣で見守っていた

犬は最初よりもずっと落ち着いた様子で、目を細めていた

しばらくして、仁は毛が十分に乾いたことを確認すると、ドライヤーのスイッチを切った

「乾きました」

「お疲れさまでした」


仁はドライヤーを片付けると、ブラシを手に取った

「最後にブラッシングします」


花子が頷いた

「はい、お願いします」

仁が犬の毛をゆっくりとブラッシングし始めた

ブラシが毛の間を通るたびに、毛並みがきれいに整っていった


犬はいつの間にか目を閉じ、大人しくしていた

仁は毛の流れを確認しながら、全体の形を整えていった

片側をブラッシングした後は、反対側も丁寧に確認した

「これで終わりだ」

花子が近づいて、犬の姿を確認した

「すごくきれいになりましたね」

「はい」


花子が犬の頭をそっと撫でた

犬は嬉しそうに尻尾を振った

「よく頑張ったね」

仁も犬の毛を撫でながら微笑んだ

「大人しくよく我慢しました」


そのとき、フォレストのドアが開いた

「こんにちは」

犬の飼い主が入ってきた

「あ、お待ちしていました」


花子が笑顔で犬を指した

「トリミング、終わりましたよ」

飼い主は犬を見て、嬉しそうに笑った

「あら、本当にきれいになりましたね」

「ありがとうございます」

「毛並みがずっときれいになりました」

飼い主が犬を抱き上げた


犬も嬉しそうに尻尾を振った

「今日も本当にありがとうございました」

「こちらこそ、任せていただいてありがとうございます」


仁も隣で頭を下げた

「ありがとうございました」

「はい、またよろしくお願いしますね」

客は犬を抱いたまま、フォレストを出ていった


チリン


ドアに付いた小さなベルの音が響いた

しばらくすると、フォレストの中には再び静かな空気が戻ってきた

花子が周囲を見回した

「ふぅ……今日は少し暇ですね」

午前中から訪れていた客たちは一人、また一人と帰っていき、今はトリミングを待っている犬もいなかった


仁は隅で使った道具を片付けていた

「そうですね」

「こういうときは、少し休んでも大丈夫ですよね?」

「はい」

仁が短く答えると、花子は微笑んだ

「じゃあ、コーヒーでも飲みませんか?」

「いいですね」

花子がキッチンのほうへ向かおうとした、そのときだった


チリン


再びベルが鳴った

「え?」

仁が振り返った

「さっきのお客さんが、何か忘れていったみたいです」

「そうなんですか?」


仁はドアのほうへ歩きながら言った

「私が行きます」

「じゃあ、仁さん、お願いします」

仁が客のほうへ近づいていった

その瞬間


「……きゃあっ!」


女性の悲鳴がフォレストの中に響き渡った

仁が目を瞬かせた

ドアの前には、キャリーケースを引いている女性が立っていた

片方の肩にはバッグを掛け、反対側にはショルダーバッグを掛けている

女性は目の前に立つ仁を見つめたまま、固まっていた

一八八センチ近い長身

がっしりとした体格

眉の上にある傷

初めて見る人なら驚いてしまうような姿だった

女性は思わず一歩後ろへ下がった


「……」


仁は女性を見つめた

そして、慎重に口を開いた

「大丈夫ですか?」

「あ……はい」


女性が戸惑ったように答えた

しかし、相変わらず仁から目を離せずにいた

そのとき、店の奥から花子の声が聞こえてきた

「どうしたんですか?」

声に気づいた花子がドアのほうへ近づいてきた

そして、ドアの前にいる女性を見た瞬間

「……え?」


女性もその声を聞いて、花子へと視線を向けた

しばらく二人の目が合った

そして

「……花ちゃん?」

花子の目が大きく見開かれた

「……彩香?」

女性の顔にも驚きが広がった

「花ちゃん!」

「彩香!」


二人は同時に互いのもとへ駆け寄った

「本当に花ちゃんだ!」

「彩香も本当に久しぶり!」


二人は互いをぎゅっと抱きしめた

「一体、何年ぶり?」

「そうだね、何年も会ってなかった気がする」

「そうだよね、三年ぶりくらい?」

「本当に久しぶりだね」


二人は互いの顔を見つめながら、嬉しそうに笑った

先ほどまで仁を見て驚いていた彩香の表情は、いつの間にかすっかり変わっていた

「花ちゃん、本当に変わってないね」

「彩香も変わってないよ」

「本当?」

「うん」

「よかった」

彩香が笑った


花子も久しぶりに会った友人を見つめながら微笑んだ

しばらくして、花子が仁を見た

「あ、仁さん」

「はい」

「こちらは私の友達の水野彩香です」


花子が彩香を見た

「彩香、こちらは黒沢仁さんよ」

「あ……」

彩香が再び仁を見た

先ほど驚いたことを思い出したのか、少し目を見開いた

「初めまして」

彩香が控えめに頭を下げた

「水野彩香です、気軽に呼んでください」

「初めまして」


仁も頭を下げた

「黒沢仁です、私も気軽に呼んでください」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


彩香は再び仁を見た

「ところで、仁くんは……」

「彩香」


花子が眉をひそめながら彩香に言った

「何?」

「仁さんにタメ口はダメでしょ」

「あ……」

彩香がしばらく仁を見つめた

「そういえば、そうだね」

「初めて会った人なんだから」

花子が少し困ったような顔で言った

すると仁が首を横に振って言った

「大丈夫です」

「本当に?」


彩香が仁を見た

「はい、私は気にしません」

「じゃあ、仁くんって呼んでもいいんだよね?」

「はい」


仁が淡々と答えると、彩香の顔が明るくなった

「じゃあ、仁くんって呼ぶね」

「彩香」


花子がもう一度、彩香を見た

「いいじゃん、仁くんもいいって言ってるんだから」

「……それでも初めて会ったばかりなのに」

「花ちゃんは相変わらず、こういうところは細かいね」

「細かいんじゃなくて、礼儀なの」

「分かった、分かった」


彩香がいたずらっぽく笑った

「それはそうと……」

「はい?」

「仁くんって、聞いてたよりずっと背が高いね」

「そうですか?」

「うん」


彩香が素直に答えた

「サキちゃんから話は聞いてたけど、こんなに大きいとは思わなかった」

花子が笑った

「彩香、そんなに見なくても大丈夫だよ」

「いや、ただ珍しくて」

彩香が再び仁を見た

「それと……」

「はい」

「ちょっと怖そうにも見えるし……」

「彩香」


花子が慌てた声で言った

「いや、ごめんなさい!」

彩香が慌てて手を振った

「ただ、第一印象がそういう感じっていう意味だから」

仁はしばらく彩香を見つめたあと、何でもないように言った

「よく言われます」

「……本当?」

「はい」


彩香が目を瞬かせた

「そうなんだ……」

彩香はもう一度、仁を見た

怖そうな印象とは違い、その目は思ったよりも優しかった


それに、先ほど自分が驚いたときも怒るどころか、先に大丈夫かと声をかけてくれた

「……思ったより、いい人なのかも?」


彩香は心の中でそう思った

そのとき、花子の視線が彩香のキャリーケースへ向いた

「そういえば、彩香」

「ん?」

「そのキャリーケースとバッグは何?」

「あ!」


彩香が気まずそうに笑った

「それがね……」

花子がキャリーケースを見つめた

「旅行でもするの?」

「そうじゃなくて……」


彩香が少し言葉を止めた

「私……会社、クビになったの」

「……え?」


花子の顔が固まった

「クビになったの?」

「うん」


彩香が気まずそうに笑った

「正確には、会社に必要とされなくなったっていうか?」

「それ、同じことでしょ」

「そうかな?」

「そうだよ」


彩香が気まずそうに笑った

「それと……」

「まだあるの?」

「うん」

彩香が指を一本立てた

「会社をクビになったせいで、家賃も払えなくて」

「……」

花子の表情がだんだん深刻になっていった

「まさか……」

「うん」


彩香がゆっくりと頷いた

「それで追い出されちゃった。今、住むところもないの」

「彩香……」

花子はしばらく何も言えなかった

「じゃあ、今どこで暮らすつもりなの?」

「それが……」

彩香が自分のキャリーケースを見た

「私も分からない」

「……」


花子が彩香を見つめた

彩香は気まずそうに笑った

「それでね……」

彩香が両手を合わせた

「花ちゃん……私、しばらく泊めてもらえないかな?」

「え?」

「特に行くところもなくて……」


花子はしばらく考えた

フォレストの二階には、仁と花子が暮らしているスペースがあった

そして、そこには今まで使わずに空けていた部屋が一つあった


花子は少し考えてから口を開いた

「空いてる部屋が一つあるけど……」

「本当?」

彩香の目が輝いた

「うん、今は空いてるんだけど……」

花子が仁を見た

「仁さん、大丈夫ですよね?」

「はい、私は構いません」


仁は迷うことなく答えた

彩香は感動したような顔で仁と花子を見つめた

「花ちゃん、仁くん、本当にありがとう!」

そう言って、頭を下げた

「じゃあ、これからよろしく……」


その瞬間だった

急いで頭を下げたせいで、キャリーケースに足を引っかけた

「え?」

ふらっ

「きゃあっ!」


仁が素早く彩香の腕を掴んだ

「大丈夫ですか?」

「……」


彩香は仁の腕を掴んだまま、固まってしまった

「だ、大丈夫です」


仁がそっと手を離した

「よかったです」

「ありがとうございます」

彩香がぎこちなく笑った


花子はその様子を見て、小さく笑った

「彩香って昔から本当にドジだったんだよね」

「花ちゃん!」

「だってそうでしょ」

「それは……」

彩香が唇を尖らせた

「最近、ちょっとひどくなっただけだよ」

「それ、もっと問題じゃない?」

「……」


彩香は何も言い返せなかった

しばらくして、彩香は自分のキャリーケースを引きながら、花子と一緒に二階へ上がった

「わあ……思ったより広い!」

彩香は部屋の中を見回しながら、目を輝かせた

「本当にここに住んでいいの?」

「うん」


花子が頷いた

「しばらくここで暮らして」

「花ちゃん……」

彩香が感動した表情で花子を見つめた

「やっぱり私の一番の親友だよ!」

「急にどうしたの?」

「ありがとう!」

彩香が花子をぎゅっと抱きしめた


花子は笑いながら彩香の背中を優しく叩いた

「大変だったね」

「ちょっと……」

「本当にちょっと?」

「……いっぱい」

「やっぱりね」


花子が小さく笑った

彩香もつられて笑った

しばらくして二人が部屋から出てくると、廊下には仁が立っていた


彩香と仁の目が合った

「仁くん」

「はい」

「これからよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

彩香が笑顔になった


すると、いたずらっぽく目を細めた

「それと……」

「はい?」

「花ちゃんのこともよろしくね」

「……?」


仁が首を傾げた

花子はその言葉の意味をすぐに察し、彩香の腕を引っ張った

「彩香!」

「何?」

「そういうこと言わないの!」

「なんで? サキちゃんが、花ちゃんと仁くんは……」

言い終わる前に、花子が彩香の口を塞いだ

「彩香!!!」

「ごめん、ごめん」


仁は何が何だか分からないまま、その様子を見ているだけだった

彩香は無邪気に笑った

そして、心の中で思った


「やっぱり……面白そうだね」


久しぶりに再会した花子と

無愛想だけれど意外と優しい男、仁と一緒に過ごす

彩香の新しい生活が始まった

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