魔界顕現
「一瞬、だと?」
ナラミだっけか? 長身の男が額に青筋浮かべてそう言った。
何とかってところか。
俺はナラミの言葉より、左手で抱えているサクヤの方に意識を向けていた。
──危なかった。
あと少し、ほんの少しでも遅れていたら、サクヤはこの世にいなかった。その事実が、俺に恐怖を与え、そして、その元凶に激しい怒りが湧いてくる。
「少し待て、先に終わらすのはお前じゃない」
「あ? 待てよ──ッ!」
『鬼神の仮面』のスキル。『威圧』を発動。一定時間、相手の行動を不能にさせる。
「サクヤはそこで待ってろ」
「はい」
家族であろう二人にサクヤを引き渡す。
ここは地下、逃げ場がないから、巻き添えを喰らうかもしれない。
「<魔力障壁>」
魔力を薄っぺらい板のようにして、防御を施す防御魔法の上位互換。
それをサクヤたちにかける。
「さて、そこの気持ち悪いのっ!」
「グギャ?」
異形、化け物、怪物、なんとでも言えそうなこの生き物は今殺さないとダメだ。
「てめぇから、先に終わらしてやる」
ファースト解放ッ!
「<全開出力解放>」
「ふん、アンタが何をする気か知らんが、それだけはやめとけ、殺せない」
俺の後ろで行動こそは不能であれど、口だけは喋れるナラミが言う。
「『魔王様の手足』に等しい、魔の者だ。アンタごとき、下等生物にソレが殺せるかよ」
好き勝手言いやがるナラミに、俺は宣言するかのように人差し指を向ける。
「一発だ」
「は?」
「一発で、コイツを殺す」
瞬間、ファーストの魔力を右手に集約させる。銀色の眩しい光が地下を支配し、そして、放つ。
「<銀滅の拳>」
以前、ギルに放ったものとは威力が落ちている。だが、『魔王様の手足』とやらの腹を確かに貫いた。
「魔力ってのは〝殺し〟が本領。こと殺すことにおいて、我の『魔力操作の極致』はこの世のどんな属性よりも、この世のどんな魔法使いよりも遥かに強い──」
「〝最強〟の力だ」
俺が腕を引き抜くと、『魔王様の手足』は絶命した。気持ち悪い顔面を晒しているので、加えて蹴っ飛ばしてやった。
「さて、次はお前らだ」
俺は怒りでどうかしちまいそうだ。
だが、努めて冷静に対応する。
「アハハッ、魔王様の手足を、簡単にっ! アクツ、どうやら本気で相手しないとまずいようだぞ」
「そのようだな」
メガネの奴がアクツか。
「さて、面倒だ。二人がかりでかかってこい」
「はっ、言うじゃねぇかっ!」
ナラミが先行する。
どんな魔法を使うか分からない、ここは様子見だな。
「オラオラオラァッ! どうしたぁ!?」
魔力を一切使ってない素の拳。
後ろではアクツが何やらコソコソと。
「『瞬足』」
スキルを発動。更に速くなった速度で、アクツを先に仕留めることにした。
「去ね」
無慈悲に拳を突き出す、が──
「引っかかった」
アクツが舌を出しながら、人差し指と中指を揃える。
「魔王因子術式──《入れ替わり》」
瞬間、アクツとナラミの位置が変わる。
既に構えていたナラミの一撃は、驚き固まっていた俺の顔に突き刺さった。
「グッ、コノヤロウッ!」
わざと後ろに飛び、勢いを殺す。
そのまま、大地を蹴り、接近する。
「《場所移し》」
次は、ナラミの姿が消えた?
「見事に引っかかってやんの。かつての魔王様が使っていたとされる術式。魔法とはまた違う、上位互換とも言える魔術」
魔王因子術式って事か。
「これこそが〝最強〟だよ」
ナラミとアクツの余裕そうな顔。
負けを知らなそうな、強者の顔。
そういうのを見てるとな──
「つい、絶望に貶めたくなるんだ」
このままだと地下が崩れかけない。地下全体に<魔力障壁>を覆わせ、防御力を上げる。
「てめぇらが、いくら入れ替わろうと、いくら移動しようと、それを遥かに超えるスピードで移動すればいい」
さて、もう一段階、スペックを上げていこうか。
「<二段階・解放>」
二人の構えがままならぬまま、俺は接近した。
「──ッ!?」
「遅せぇよ」
顎を狙ったアッパーカット。それがアクツにクリーンヒットした。
「魔王因子術式、長ぇから魔術って呼ぶけど、ちょこまか移動する魔術を使ってるのはてめぇだ」
だから、初見殺しで先にぶっ飛ばしたのはアクツだ。
「さて、これでタイマンだ。ナラミ、覚悟は出来てんだろうな?」
瓦礫に埋もれるアクツを一瞥し、ナラミは魔術を唱え始めた。
「魔王因子術式《目覚めし力》」
ナラミの魔力が倍以上に跳ね上がる。
「俺の属性は『闇』。仕方ないから、特別に魔法を放ってやる──『闇纏・体』」
おぞましい程の闇が、ナラミの体を覆い尽くし、そして一つの鎧に変貌した。
「仲間がやられてんだ。こちらも本気でいかせてもらう」
仲間意識はあるのか。
じゃあ、なんで──
「なんで、アイツを生贄にした?」
他人を想う心があるなら、なんで──?
「何をおかしなことを。『勇者伝説』が魔王様の敗北で幕引きされ、はや千年。その中で王国が双子の王女を産む度に、我ら『魔王の意思』は儀式を行ってきた」
そして、ナラミは言った。
「これは当たり前な事なんだよ」
は·····?
「かつて魔王様に恐怖で敗北した弱者は、生贄を差し出すのが常識。『王国の罪』、双子の妹を差し出すのは嫁という名の生贄として、魔王様に献上する。そして、その魂を喰らい、魔王様はこの世に現れる」
「··········」
「一つ、教えといてやろう。魔王様とは恐怖そのものだよ」
·····恐怖。
「魔王様とは特定の誰かをさした言葉じゃない。死への恐怖、誰かへの恐れ、未知への恐怖心。その全てが具現化し、魔王様が〝器〟に顕現する」
一拍、ナラミはこの場にいる全員に言い聞かすように言った。
「魔王様を生み出したのは、他でもないアンタら人間だよ」
·····そういう事か。
ハッキリしたよ。
「言いたい事はそれだけか?」
「は?」
ずっと疑問だった。
『王国の罪』を行うにあたって、執行人であろうナラミたちを王城に招いたのは、他でもない国王だろう。
だが、あの場にいる彼らは、家族である。
決して、サクヤを嫌っている訳じゃない。
王国は、王女を嬉々として差し出している訳じゃない。苦渋の決断。
その戒めとして、彼らは名付けたのだろう。
──王国の罪と。
「恐怖は負の感情。故に〝悪〟だなんて言わないが、人間の全てはそこじゃない。負の感情があるならば、その逆だってある」
サクヤが生を願ったように。
クナイが俺に見せた涙のように。
「だったら、恐怖と戦い続けるしかあるまい。それが人間の罪だと、それが我らがすべき事なのだろう」
王国が、儀式を罪と例え、戒めとしているように。
俺らも、恐怖に抗いながら生き続ける。
「ナラミ、お前がどう言った理由でそれを説明したかは知らない。それで、我らの戦意を喪失させようとしたのかもしれない、が、だからなんだ」
恐怖大いに結構。恐怖を感じることは悪いことじゃない。現実を見ている証だ。
それを乗り越えて、人間は成長する。
「──それこそ、サクヤのように」
あの時、あの瞬間、生を願ったのがどれほど凄いことなのか、ナラミには分からないだろうな。
恐怖に抗い、そして勝ったんだ。
「なら、我も勝つしかないよなぁ」
眼前に立つ、ナラミを、ぶっ飛ばして勝つ。
「てめぇの全身全霊を、全てを賭して我に来いッ!」
「なら、遠慮なく──『常世の闇』」
凝縮された闇がナラミの拳に乗っかる。
だから、俺も──
「<銀滅の拳>」
集約された魔力が銀色に光り輝く、それをナラミに全てぶつける。
「オォォォオオオオオオオッ!!!!」
「アァァァァァアアアアッ!!!!!」
拳と拳がぶつかり合う。
銀と闇が地下を蹂躙する。
拮抗。
「勝つのは──」
「「俺だッ!」」
闇が銀を呑み込み始める。
「勝ったのは俺のようだぞ?」
「いや、銀は闇の中でも光り輝くさ」
刹那、闇に亀裂が走る。
漏れ出た銀の光が、そのままナラミにぶつかるッ!
「オラッ!!」
そして、ナラミの頬を俺の拳が突き刺した。
「勝ったのは俺だ」
ドサッと倒れるナラミ。
それが、戦いの終わりを──
「俺が簡単に死ぬわけないだろ·····」
倒れたナラミがニヤッと笑う。
「魔王因子術式《魔王因子顕現》」
すると、ナラミの体とアクツの体が消滅し、黒い光の粒子が体を再構築し始める。
微かな間。そして、形成を終えたそいつを見て、俺は無意識に言った。
「『影潜り』」
一刻も早く、コイツを外に出さなければ──
影を伝って、王国の外へ、誰もいない土地へ。
「·····一瞬で変わったわ」
「──ッ!」
俺としたことが、焦って、サクヤたちも一緒に連れてきてしまった。
「逃げろッ!」
素で叫ぶ。
「コイツは別次元だっ! 逃げろッ!」
そして走り出す俺らを見て、ソイツは笑って、一言。
「魔王因子術式《魔界顕現》」
そして、移動した先は──
──<破滅されし世界>に似ている世界だった。
『』が魔法やスキル。
《》が魔王因子術式。
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