最初で最後のわがまま
エルサは言っていた。
『推測だけど、儀式が行われるのは、多分、城の地下。秘匿の儀式だから、城の外ではまずやらないと思うわ』
どうやら、当たりらしい。
「魔力が高まっているのが、地下から感じるな」
多分、これに気づけるのは俺ぐらいか。もしくは師匠だけだな。
何重にも結界が貼られていて、魔力に気づきにくい。
だが、漏れ出た魔力の高ぶりが、確かにある。
「短期決戦だ。即座にサクヤを回収しないと、まずい」
エルサの儀式決行日は一週間と言っていた。そのうち、二日間俺は準備に費やした。そして、今、三日目の夜にあたる現在で既に儀式は決行していた。いつからかは予測出来ない、もしかしたら、後少しで儀式が完了するかもしれない。儀式の中身すら分かりきっていない。
圧倒的、不利。
圧倒的、情報不足。
だからこそ、失敗は許されない。
「『瞬足』」
『黒狼の長靴』の能力──スキルである瞬足を発動。
そして『影潜り』で身を隠しながら、魔力の感じる方へ、向かった。
サクヤ、間に合ってくれ──ッ!!
* * *
王城、地下に設置された祭壇。
その上に横たわるのはサクヤだ。どうやら、魔法で眠らされているらしく、目を瞑っている。その姿は眠り姫のように美しい。
「魔力の共鳴を感じる」
その目の前で黒ずくめで長身の男は言った。
その言葉の真意こそ分からないが、唯一分かっているのは、コイツが儀式の術者であること。
そんな長身の近くには、サクヤに瓜二つな少女と、中年の男が立っていた。
彼らこそが、この国を率いるトップ。国王であり、サクヤの父──ハーランと、サクヤの姉である、サラテである。
代々、儀式には一族が見守るのがルールであり、彼らに許された唯一の権利である。
「お父様·····」
「何も言うな、サラテ。私たちが出来ることは何も無い」
ハーランの言葉に、長身の男が肯定する。
「そうだ。国王様、アンタらに出来ること、許されていることはただそこで見守ること。後は、俺ら──『魔王の意志』に任せな」
自らのことを『魔王の意志』と呼んだ男は、そのままサクヤに近づいた。
「実に端正な顔立ちだ。これなら、魔王様もさぞ喜ぶだろう」
サクヤの顔をなぞり、やがて唇に触れる。
「何も知らない、何も知り得ずに生贄とされる哀れな少女よ。せめて、魔王様に可愛がってもらうんだな」
そして、男は離れた。
それが、儀式の始まりであるかのように人差し指と中指を揃え、唱える。
「《我らが王、魔を統べし唯一の王よ。その下僕を、その手足を、此処に》」
そして、サクヤの真上に魔法陣が出現する。それは黒い幾何学的模様だ。
紅いスパークを迸りながら、やがて、魔法陣に異形の手が出現する。
「グキャッ!」
魔法陣に手を添え、その体を、現世に出現させる。
現れたのは化け物。比喩でもなんでもない、正真正銘の化け物がそこには居た。
「なんだ、アレは··········」
「サクヤ·····」
王族である二人にサクヤを救出する権利はなく、そもそも、あの化け物にどうこう出来そうなイメージなんぞ、一個も湧かない。
魔物ともまた違う、異形の化け物は、卑しい笑みを浮かべながら、サクヤに触れた。
「んっ」
ビクンっと震え、そして、意識を覚醒させていくサクヤ。
「ここ、は··········いや、いやぁ」
目を覚まし、目の前にいる化け物を視認し、現実を理解する。
その声に生気はなく、かすれ声であった。
「もう、終わり·····?」
昔から言われ続けていた。
『貴方は生贄』
『我が王に献上する生贄』
だからこそ、頭では理解していた。
自分は生贄であり、国を守るために重要な存在であると。
でも、彼と出会った。
「エリド様·····っ!」
牢屋で鎖に繋がれ、〝逃げ〟が出来なかった頃。迷い、そして現れた男の言葉は夢物語そのもので、とても信じられるものではなかった。
でも、面白かった。
牢屋で脚を鎖に繋がれても、話を聞いて、魔法で具現化して、遊んで、そこには〝救い〟があった。
真っ暗な世界が自分の一生。
その中でエリドが与えたものが、どれほどの救いになったか。
どれほど、サクヤにとって光であったか。
「ルーロ様··········ッ!」
エリドを師と言い、自分の裸を覗いた鬼畜野郎。だが、彼とのお喋りは楽しかった。
自分の面白いを共有することの楽しさを知った。彼のパーティに一時的にでも居られて、楽しかった。
エリドからは面白さを、ルーロからは楽しさを教えてもらった。
それはサクヤにとって救いであったが、同時に絶望に陥れる材料だった。
面白さを知らなかったら、楽しさを知らなかったら──
「こんなに生きたいなんて思わなかった·····」
だから、その瞳には涙が溢れ出る。
光などなかった。救いなどなかった。
だけど、彼らと出会って変わってしまった。
だから、これは甘えなのだろう。
本来、言ってはいけない言葉なのだろう。
でも、知らなかった希望を、救いを、光を知ってしまったから。
もしかしたらってのがあるかもしれないと、一つの願いを込めて、最初で最後のわがままを──
「いや、助けて、助けてよぉぉぉおおおおおッ!!!!」
悲痛なまでの叫びに、だが、誰も返さない。
サクヤの耳に入ってくるのは、ハーランとサラテのすすり声。
「あはっ、やっぱ、無理か·····」
サクヤは脚を捕まれ、放り出される。
投げられた先は、口を大きく開けた異形の化け物。
「──化け物が我の嫁に触るな」
耳元に突然と聞こえてきた声。
見ると、鬼面を付けた男が自分を抱き抱えていた。
「え·····?」
サクヤが信じられないものを見たような目で、鬼面の男を見る。
「お前は誰だ?」
長身の男が睨みつける。
すると、バタバタと足音が聞こえ、祭壇の部屋の扉が開かれた。
「ナラミッ! 侵入者だっ!」
あの時、サクヤを攫った男が顔を腫らしながら、扉を開けた。
「アクツっ、お前が見張っていながらなんてザマだっ!」
完全に予想外、計画にない者の登場。
その元凶たる鬼面の男は、たった一人に向かって言った。
「一緒に米を食いに行くって約束したろ?」
「──ッ!」
その言葉、その約束、最近でそんなことをしたのは彼らしか、彼しかいない。
サクヤは、涙を浮かべて、笑みを見せる。
「ありがと──」
「礼なら、これが終わったら」
サクヤの唇を人差し指で制止し、ルーロは言った。
「一瞬で終わらせてやる」
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