魔物達の蹂躙祭 〜帰ってくる場所〜
遅くなってしまってすみません。
一方でナリン村では、スタンピードの被害が広がっていた。
家には火がつき、半壊しているものも少なくない。魔物達が大地を踏み荒らし、村人たちは為す術なく殺されていく。とはならなかった。
リットが居たからである。
かつて、冒険者試験でのギルの逮捕以降、冒険者の資格を蹴って帰郷したリット。
そこにギルが居ないからという理由で蹴った訳ではあるが、今回はそれが幸を呼び、リットの頑張りでなんとか死人を出すことを抑えているという状況だ。
「『貫く棘』」
流石はギルとパーティを組んでいただけあって、その腕は見事なものだ。
それが今も健在なのは村人たちも泣いて喜んだことである。
が、魔力が続くかどうか。それが一番の鬼門であった。
「リット姉っ! お父さんたちが王都に連絡したら冒険者が一人向かってるってっ!」
「分かりましたッ」
ネルの一報でなんとか、やる気を取り戻した訳ではあるが依然と状況は厳しい。
なんといっても魔力。これを回復させるのに時間がかかってしまうが、スタンピードの魔物の数は桁違いである。それを一人で抑えているのだから、賞賛に値する。
「私も手伝うッ」
そんなリットを見て、ネルが手伝うため魔力を高める。
まだネルは十五歳を過ぎていないために魔力の発達が訪れていない。
そんなネルでも魔物を倒せる唯一の手段。
「『身体強化』ッ!」
魔力操作である。
魔力を放出し、余すことなく制御すると体に纏う。
ルーロほどではないが、中々の出来栄えである。
「いつの間に·····そこまでの魔力操作を」
「ずっと、頑張ってたんだ。お兄の帰る場所を守るために。お兄の手助けをするために」
ある日突然、兄が消えた。
なんの連絡も無しにだ。ルーロにはあんな態度ではあったが、もちろん心配したのだ。
だが、そんな心配も不安も超えるほどに兄のことをルーロのことを信用していた。
兄にとって何か大事なことがあって、村を抜けざるを得なかった。
でも、いつかは絶対帰ってくると。
「もう昔のボクじゃないんだよ」
「その、ようですね·····」
そんな二人の目の前には魔物達が群がっていた。
魔物達を一瞥して、ネルは短剣を構える。
「お兄の帰る場所だから、君たちは消えてッ」
ネルが駆け出した。
短剣を振り回し、ゴブリンの腹を切り裂く。初めての感触に苦い顔をするが、すぐに切り替えて次の魔物の方へ向かう。
いくら魔力操作が出来ていると言っても、実践の経験は少ない。
だが、経験が少ない中でここまで動けるのは凄いことであり、冒険者でも中々できることでは無い。
それを後ろで見ていたリットは先程の昔のボクじゃないというセリフに今更ながら実感が湧いた。
「私も見ているだけではなく、行動をしなければなりませんね」
リットはギルと一緒にルーロを殺しかけたことを未だに村の誰にも話してはいないし、村人たちも知らない。
ネルは薄々勘づいてはいるが、言いふらしたりはしていない。
それはリットがすることだと思うから、反省しているのであれば自らを罰するものであると思うから。
そんな覚悟にも聞こえるセリフを置いて、リットは魔法陣を展開する。
「絡みつきなさい──『束縛』」
ファングウルフやオークの足元に魔法陣を展開させると、ツタが足に絡みつき行動を制限させた。
「<斬>ッ!」
すぐさまネルの一振り。横に振られた短剣はオークの喉元を鍵切り絶命させる。
同じように、ファングウルフの目を切るとそのまま心臓を一突きだ。
事前に打ち合わせがなく、この動きが出来るのは昔から知っているからであろうか。
リットがサポートに徹して、ネルが前衛として魔物を狩る。
ネルが狙って前衛を買ってでたのかは知らないが、魔力が枯渇しかかっているリットにとって前衛を請け負えば数分も持たずに耐えられないだろう。
そして、今の状況が続けば数分から数十分まで耐えることが出来る──はずだった。
「アレは·····っ!?」
「なんでこんな所にコイツらがっ!?」
ファングウルフやゴブリンを順調に倒し続けていた時、遠目から駆けてくる魔物の影が。
それは夜の王と呼ばれ恐れられるシャドウウルフである。
そんなシャドウウルフが大群で、後方からはオーガやゴブリンロードなど近辺では見られない『死の谷』に棲む魔物達が続々と進軍してきたのである。
「そんな·····ッ! こちらにはもう」
リットは後ろを振り返る。
怯えた村人たち。魔物を討伐することを本職としてない非戦闘員である彼らでは勝つビジョンが浮かばない。
次いで、隣を見る。幼い少女。いくら魔力操作を扱えてもアレを相手にするのは自殺行為だ。
「私が·····やるしか」
残り魔力は僅か。出来ても数十秒の足止め。その後は文字通りの蹂躙祭が始まるだろう。
その恐怖が重い足枷となって巻き付く。
「──ボクが行く」
「·····え?」
一瞬何を言ったのか分からないといった様子で聞き返すリット。
だが、返すネルの瞳は真剣で本気だということが分かる。
「それは許可出来ませんっ! 私が──」
「リット姉は魔力がほぼ無いんでしょ。それ以上使ったら死んじゃうよ。でも、ボクならまだ余裕がある」
確かにネルの言うことは的をいている。が、ネルも実力が無いことを自覚していない馬鹿ではない。
それでもなお自ら進み出たのはルーロの帰ってくる場所を守るため。
だから、ネルは一歩前へ出る。
「ネルっ!?」
そんな時だった。後ろで逃げ場をなくし集まっている人混みから一組の男女が飛び出してきた。
「お父さん、お母さん·····」
「そんな所で何をやってるんだ!? ほら、早く逃げよう」
「そうよ。貴方はまだ幼いのよ。リットちゃんがいるじゃないっ!」
父親のアイクと母親のシャーサが必死に娘を守ろうと説得する。
逃げ場が無いことなんて分かりきっている事だ。それでも、こんなセリフが出たのはネルを愛しているからである。
「ルーロが居なくなって、貴方まで居なくなったら私は、私は·····」
「お母さん·····」
かつて、ネルはルーロに会った時、両親は心配をしていないと言った。
それは嘘である。ネルが実際にルーロに会って感じた。今の生活の充実感を失わせないために。心配と言ったら、ルーロのやりたい事が二の次になると分かっていたから。
だから、いつか帰ってくる時に必要なこの村を守りたいのである。
「ごめん。ボク、やらなきゃいけないんだ」
一言。
勇気を振り絞って、両親を背中に駆けていく。
短刀を構えて、走ってくるシャドウウルフと対面する。
それだけで、おぞましい殺気に当てられた。シャドウウルフの赤い目が怖くて怖くてたまらない。今にも逃げ出したくなる。
そんな状況で恐怖を追い出すかのように首を振る。
「ボクが守るんだ。お兄の帰ってくるこの村を」
決意を胸に、短刀を振りかざす。
そして勢いよく振り下ろされた短刀はシャドウウルフに当たった。はずだった。
「そんな、皮膚が硬すぎるッ!」
確かに当たったはずなのに、短刀の方がかけていた。魔力操作が下手だった。いや、そんな理由ではない。
理由は明確で、ネルにだけ適用されるたった一つの悲しい現実。
「魔力の発達·····」
一部始終を見ていたリットが呟くように言った。
その通りだった。本来であれば貫いていた腹を、貫けなかったのは発達していなかったからである。
「それでも、ボクに出来ることはッ」
「ガルルルッ!!!」
「ヒイッ」
シャドウウルフの唸り声に、つい怯んでしまった。
今まで非戦闘員であったネルが、頑張ってこれたのは努力した魔力操作が通ずると信じていたからだ。
が、それが通じない相手が出てきた。確かに魔力の発達が訪れていないことでダメージを与えることが出来なかったが、それでも、シャドウウルフに勝つビジョンが浮かばない。
欠けた短刀と反射するようにネルの心もまた欠けてしまった。
勇気が、無謀に変わった瞬間である。
「ネルちゃんっ!」
「リット姉·····ボクじゃ役者不足だったよ」
短刀がからんっと落ちる。
シャドウウルフが集まりだした。すぐ後ろにはゴブリンロードやオーガが続いていた。
「「ネルッ!!!!」」
両親の悲痛の叫び。
それでネルは理解する。自分の命は既に魔物達の上で転がっているのだと。
「ガォォーンッ!!!」
シャドウウルフの咆哮。それは先程ネルに刺され結果としてダメージを受けなかったシャドウウルフである。
咆哮から、俺の獲物を横取るなという圧を感じる。
そんな圧を放ち、シャドウウルフはネルに近づいてきた。
圧倒的な〝死〟が具現化したような感じがする。ビリビリと肌が五感が全てが警報を鳴らす。
「お兄·····」
無意識に呟いた。もっとも信用していて、もっとも大好きな兄を。
そして無慈悲に襲いかかるシャドウウルフに目を瞑った。
「──キャウッ!」
「··········え?」
しかし、聞こえてきたのはリットの叫びでも両親の悲痛な声でもなく。ましてやネルの声でもない。
シャドウウルフの弱々しい声だった。
時が止まったかのように場が静まりかえる。
そんな静寂を打ち破ったのは、シャドウウルフを倒した者。ネルを守るかのように、安心させるかのように抱き抱えた男の一声。
「悪い、遅くなった」
「お兄·····ちゃん·····」
頭に手を置き、ネルの目を見て、兄はルーロは笑って言う。
「今までよく耐えた。頑張ったな」
嗚咽が漏れる。涙腺が緩む。そんなネルをそっと下ろすとルーロは眼前に群がる魔物達を見て一言。
「一瞬で終わらせてやる」
基本的に夜に執筆活動をしているのですが、最近はリアルの忙しさからあまり時間が取れなかったということもあり、投稿が遅れてしまいました。
これからも度々あるかもしれませんが、気ままにお待ちくださると嬉しいです。
できる限りの毎日投稿を意識していきますので、これからもよろしくお願いします。




