渡辺さんのエール
天皇賞・春、これは清弘にとって大きな鬼門であった。
一昨年、昨年と連続して3番人気以内の馬を飛ばしてしまっている。
そして、清弘は5番人気の馬に乗る。
名前はスターパルス。
6歳馬で、去年から距離を延長し、ステイヤーズS、日経賞を4.3着としている。
本来は清弘の乗りでは無かったのだが、落馬負傷となった主戦の渡辺から乗り替わった。
スタート後の斜行のあおりを受け落馬。
左腕の骨折で馬に乗れる状態ではなかった。
『渡辺さん、おはようございます。』
清弘は、高橋厩舎に所属している、渡辺に話しかける。
『おう、元気か!』
『はい、渡辺さんは大丈夫ですか?』
『ああ、怪我はな。ただ、馬に乗るにはちと厳しいからな。ダービーも多分間に合わん。』
渡辺は今年こそはG1と意気込み、大阪杯では3着、桜花賞でも3着と勢いがある状態。
そんな中での落馬。仕方がないとはいえかなりショックであった。
『今日ここにいるのはな、可愛い後輩にプレッシャーをかけるためだ。俺の乗り替わりで勝ったら悔しいだろ?』
渡辺さんは笑いながら言う。
『お前なら勝てるさ。そろそろ勝ちたいだろう?』
『はい、良い加減勝たないと、任せてくれた関係者と渡辺さんに面目立ちませんから。』
今日は、スターパルスの最終追い切り。
併せるのは、同じく天皇賞春に出走するエルスザル。
エルザルスは5歳馬で最後の勝ちから2年以上遠ざかっているとは言え、好走も多数見受けられる力のある馬だ。
強目に追い、エルザルス1秒近く先着した。
『これはまずいかな。』
高橋調教師が呟く。スターパルスはかなり暴走気味のラップで行ってしまった。
時計は早かったが、本番のレースで掛かってしまう可能性だってある。
スターパルスは、かなり気性が荒く、乗り替わりでは力が発揮しづらいタイプであった。
ベテランジョッキーに任せたいところだが…。
---そして、当日、天皇賞。
パドックから返し馬まで、チャカついていた、スターパルス。
特にゲート前ではゴネにゴネていた。
頼むから入ってくれ。
グイグイ押す、清弘。
それでも入らない。
大外枠のため、もうすでに全馬入って待ちわびている。
ようやくゲートに入り体制が整う。
ゲートが開く、スターパルスは思ったよりも出遅れなかった。
手綱を抑えたわけではないが中団よりもやや後ろを追走。
そのまま、かかることなく走る、スターパルス。
そのまま1週目のホームストレッジの前を通過。
恐ろしいほどまでに静かだ。
レース中はこんな乗り味なのか。
バックストレッジに入り、京都の名所である坂に入る。
ここで清弘は手綱を緩め前に行くのを促す。
しかし、全く動かない。
清弘は、手綱を追い始める。
鞭を入れようが直線に入っても全く動かない。
そして、そのままゴール。
14着。シンガリ負けだった。
『すいません。』
清弘はレース後、高橋調教師と馬主にすぐに謝りに行った。
『やっぱり、渡辺騎手でないと厳しいですか。』
『いや、今日は彼のせいではなく、私たちの方が責任が大きいですよ。本当にもうしわけないです。』
高橋調教師は言葉には出さないが、清弘は自分の失敗であるとひしひしと感じた。
---厩舎に戻ると渡辺さんがいた。
『すごいジャジャ馬だったろ?』
『はい、自分では力不足でした。』
『いや、あの馬には俺だって最初に苦労したさ。』
スターパルスは3歳でデビューを果たすも、デビューから6連敗。
OPに勝ち上がれたのは5歳の10月だ。
『人間誰しもいつもうまく行くわけじゃない。それでも高村は一歩一歩登ってダービーが届く位置まで来ている。今日はダメダメだったがな!』
『来年の天皇賞では渡辺さんに負けないように頑張ります!』
『ああ、今日のことは忘れず、ダービー頑張れよ。
高村に1番期待しているからな。』
渡辺さんのエールをもらった清弘。
G1をダービーを勝つ理由が一つ増えた。




