作戦の裏側
ーー新馬戦3週間前
本気で言っているのか!?
鬼の松崎のよく通る声が響いた。
今、声を張り上げた原因を作ったのは目の前に立つ清弘だ。
『本気です。あの馬のこの先を考えると今、このタイミングしかないです。』
清弘は真っ直ぐ目を見て答えた。
清弘は松崎調教師に対して、中京から阪神へのレースの変更と 馬込み→大きく下げる→大外のあのかなり無茶な作戦を提案した。
この作戦は勝つ定石からは外れているし、美浦から関西への輸送の問題もあった。
『恐らく、あの馬は闘争心が欠けています。なので、宝塚記念の当日の新馬戦であれば観客も多いですし、闘争心が出てくるのでは思ったのです。』
騎手を引退し、調教師になってから10年。
馬体の状態を騎手から聞いてレースを変更したり、取り消したりする事はあったが、鬼の松崎が若手騎手に新馬戦のことを言われるのは初めてであった。
『それで変わるのか?ホワイトジェムは。』
松崎には、それが1番の問題であった。
走る事が嫌いな馬はいる。しかし、走ることを好きでありながらも人を乗せ、ある程度は走るものの急に、あそこまでやる気を無くす馬は見た事は無い。
『高村さんのようにできるのか?』
松崎は高村の一個下の後輩であり、とても世話になっていたのだ。
そして、この作戦は清が騎手時代にやっていたものでもある。
『…。まだ自分は未熟者で、父のようには行かないかもしれないです。今持てる全てをホワイトジェムにぶつけたいです。』
『失敗したときの覚悟はあるのか?
走ることすら嫌いになってしまう可能性だって、怪我をする可能性だってあるんだぞ?』
『もちろん、その事は考えています。この作戦にはリスクもあります。』
一瞬詰まったが清弘は真っ直ぐ前を見て続ける。
『自分は最善の手を尽くしたいです。もし、ダメであれば騎手を辞める覚悟だってあります。』
頑固な松崎だが、この覚悟を見て、折れた。
『覚悟をはわかった。でも、責任を取るのは俺だけだ、お前に託す。ただ、もちろん勝ちにも行け!』
『ありがとうございます。!!』
清弘は深々と礼をした。
『後で大田さんにも話を通しておくんだぞ?』
『わかりました。』
清弘の肩の力がふっと抜けたのがわかった。
『後、マジェスタのこともよろしくな。』
マジェスタとは宝塚記念に出走予定の馬で騎乗は清弘である。
『大丈夫です。全力を尽くします。』
『わかった。調教に戻ってくれ。』
『はい!失礼します。』
清弘は調教に戻っていった。
『高村さんに、本当に似ているな。』
清弘の背中を見てそう呟いた。




