28話
「落ち着いた?」
「ああ……悪い、取り乱して………」
マーヒトさんの部屋から団欒室へ。二人用の机と椅子に向かい、のんびりと座っていた。体調はすこぶるいいとは言えないものの、横になっていなければどうにもならないというほどでもない。じっとしていれば大したことはないのだ。
マーヒトさんは二人分の飲み物を買って、一つを僕に渡してくれた。断る理由もなかったので、ありがたく貰うことにした。
「改めて言うけど、ごめんね。巻き込んだことも、君の記憶を弄ろうとしたことも」
「……もういい。あたしの方がひどいことしてきたし」
彼女は目を落とし、表情を読ませないようにしている。が、たぶん……恥ずかしさと後悔とで顔を合わせられないんだろうなあ。色々あったし。
「それこそ気にしてないさ。君の歩いて来た道がどんなかも知らないんだ。知らない僕が口を出していい問題じゃない」
「……そうか。そうだったよな、お前は………」
口を閉じた。しばらく静寂が場を支配したが、先にそれを破ったのは彼女だった。
「昔の話だ」
「うん?」
「あたしはアマゾネスの集落で過ごしてた。ガキのときは夢見がちで……いいや、今も少しその気はあるかもな。アマゾネスだったとしても、心の底から好きになってくれるやつがいると思ってた。だから、成人の儀で独り立ちしたとき、あたしのことを好きになってくれるやつを探しに出たんだ」
顔は上げないで、ぽつぽつと。彼女の過去を話し始めた。
「成人の儀?」
「アマゾネスが婿を探しに出るんだよ。とは言っても、子供を授かったら婿は大体出ていくがな。アマゾネスと一緒にいられるか、ってさ」
………また婿探しですか。この世界の女の子はなかなかに肉食系だな。そう感じてしまったのは無理もないと思う。
「けど、同じ大陸内じゃなかなか見つからなかった。そりゃそうさ、ただでさえ数の少ないエルフやドワーフがアマゾネスとくっつくわけがねえんだ。だから、あたしは………」
「人族大陸に来て、探し始めたってこと?」
「……そう。それが大きな間違いだった」
口調が変わり、少しだけ自嘲が混じる。
「バカだったんだよ。あたしのことを可愛い、って言ってくれた人族にのこのことついて行って、奴隷落ちさ。それからはしたくもないことをやらされて、守ってたはずのものも奪われて。何度死にたいと思ったかわからないぐらいだ」
「……そっか」
そこにどれだけの苦悩があったのか、僕には想像しかできない。完全にわかることなど、不可能だ。その人の痛みや苦しさはその人しか知ることができないのだから。
「でも、1年前。魔物が人族の大陸を襲ったことで、あたしたちの主人だったやつも死んだ。あたしたちは解放されて、逃げ回ってた。あいつらは苦しかった過去に支え合った仲間なんだ。見捨てられなかった。誰一人見捨てたくなかった。魔物から身を隠して、どうしようもなくなったら戦って。毎日、生きるのに必死だった。そんなときに………」
「僕らが来た、ってところかな?」
「ああ。後は知っての通りさ。人族嫌いで意地張って、お前を信用しなかった。疑ってばかりで、何も返しやしなかったんだよ。あれだけ嫌ってた人族と同レベルだよな………」
ジュースの缶を握り、変形させた。……あれ、一応スチール缶なのだけど。こっちの女の子は強い子が多そうだ。怒らせないようにしようと決めた今日この頃である。
「別に気にしなくてもいいんだけどねえ」
「けど、その手のことがあるだろ!……どう詫びればいいのかもわかんねえよ………」
またも泣きそうな顔になってしまう。やっぱりいい子だな。自分には関係ないと切り捨てることもできるはずなのに。
「大丈夫さ。ほら、この通りだからね」
包帯を少しだけずらす。そこには彼女が予想していたものとは、まるで違う光景があったはずだ。
「なっ!?なんで!?」
マーヒトさんは僕の手を取り、目を近付けた。何度も見るが、そこにあるものは変わらない。狐に化かされたかのような、そんな顔だ。
僕の手は傷があったが、ずたずたになっているということはなかった。手の平の方がやや赤みが強いということぐらいだったのである。大きなかさぶたにでもなっているとでも言えばいいかな?とにかく、そこまで後悔させるような傷ではなくなっていたのだ。
「この包帯も特別製でね。大抵の怪我はこれを巻いていれば治るのさ。明日になれば、傷はなくなっているはずだよ」
「え、いや、だって………」
「ほら、気にするようなことはなくなったでしょ?これでいいってことさ。そもそも、君を助けたのも僕が決めたこと。その当人が気にしてないんだし、君は堂々としてればいいのさ」
包帯を再び巻き直して、微笑む。あくまでこの子は被害者だ。どう考えても、悪いとは思えなかった。
それに、なんだか見捨てられなかったのも事実だ。フェルトと似たようなものを感じるのだが……そこについてはよくわからない。
「謝るよりも感謝を伝える方が嬉しいものだよ。それに、君は可愛いんだからさ。泣いてちゃ損だよ?可愛い子は笑ってなきゃ」
「……なんだよ、それ」
ようやく笑ってくれた彼女の笑みはとても可愛らしかった。
「やっぱり、そっちの方がよく似合ってるよ」
頭を軽く撫でると、顔が真っ赤になった。ありゃ、あんまり慣れてないのかな?どうもついやっちゃうんだよね。あ、某ファストフード店のキャラクターではないよ?
「あ、あのさ」
「うん?」
「もう一度、名前聞いてもいいか?」
おずおずと聞くマーヒトさんに、苦笑してしまった。
「マーヒトさん、覚える気なかったでしょ?」
「うっ……わ、悪い………」
今は悪かったと思っているのか、表情が強張った。まあ、仕方ないものだとはわかっているし、気にしないでと手を振った。
「万巧。君たちみたいに言えば、タクミ・ヨロズかな?改めてよろしくね、マーヒトさん」
「ヨロズ、か……いや、名前はタクミなんだよな?」
「……?そうだよ?」
何かを決めたかのような目で、僕を見るマーヒトさん。何度か深呼吸をしてから、ようやく口を開く。
「ティオブラウ・マーヒトだ。その、もしよければこれからもよろしく頼む……ヨロズ」
「うん、よろしくね」
「……それと、ティオでいい。ヨロズは信頼できると思ったし………」
ぼそぼそと呟く彼女――――ティオはまだ顔がほんのりと赤い。
「なら、僕もタクミでいいよ」
「え、けど………」
「僕だけ呼ぶのも不公平でしょ?」
あわよくば信頼関係をちゃんと築きたい、という下心もあるのだが……不公平と思ったのも事実だ。無理にとは言うつもりはないのけど、呼び方は好きにしてくれればいいと思ってる。気にしてないのは本当のことだしね。
「じゃあ、その、タクミ………」
「うん」
「ありがと、な……あたしたちを助けてくれて………」
「僕でいいならいくらでも。ティオさん」
照れたように頬を掻くティオさんに、僕は笑って応えるのだった。
※ ※ ※
「ふー、結構話し込んだなあ………」
部屋に帰って来たのは夜も深くになってから。地球で言えば、0時を回っていたはずだ。ようやく解放してもらい、ベッドで横になることができた。
とはいえ、今日は時間を有意義に使うことができたと思う。ティオ――――呼び捨てで構わない、とのことだったので、こう呼ぶことにした――――と長話を続けたのだが、好きなことやタイプとなるような異性などを聞くことができた。それに、僕に対して好印象も持っているようであり、協力もしてくれそうだった。……いや、これに関してはちょっと厄介事になりそうな気もしなくもないのだが。
『お疲れさまでした、マスター』
「ありがと、ノア。そうは言っても、あんまり疲れてるわけじゃないけどね」
苦笑しながら、その場で呟く。ノアはどこにいても声が届く。今もすべての部屋で起きていることを把握しているだろうし、誰が何をしているか知っているはずである。単に、僕への優先度が他よりもずっと高いだけで。
『そうではなく。痛みの方がひどいのでは、と』
「ふふ、ありがとう。だいぶ良くなってきたよ。顔に出さないのはなかなか大変だったけどね」
包帯を外し、自身の手の平を見る。そこにはもはや傷はなく、元の綺麗な手に戻っていた。豆が潰れてて、硬くはあったけども。
超越神器《改造体》、《アスクレピオスの聖布》。ギリシャ神話の医術神、アスクレピオスの名を使った魔道具だ。この魔道具は巻いているだけで、ありとあらゆる怪我、病気、加えて呪いまでも癒すことができる。流石に神罰の類いまでは無理だけども……十分なまでの効果を誇る、最高クラスの医療用魔道具である。
だが、欠点もある。あくまで《改造体》であるため、そこまで反動は強くないのだが……巻いている部分の痛みが3倍となって襲い掛かってくるのだ。並みの人間では痛みにのたうち回るのがオチであり、普通の人には使わないようにしている。
『本当に大丈夫なのですか?マスターは使うことはできますが、デメリットも………』
「……大丈夫。これ以上、あの子を悲しませたくないから。僕が耐えればいいだけの話さ」
気を張る必要がなくなったからか、今になって脂汗がどっと押し寄せてきた。これは僕の持つユニークスキルに由来する。
僕もまたヴァルハラで育ったためか、ユニークスキルを二つ所持している。一つはフェルトの金棒を打ち直すときに使った、《無機物たちの声》。無機物であるならば、いかなるものの声も自由に聞くことができ、そこに至るまでの体験も感じることができる。これはこれでデメリットがあるのだが、ここでは割愛。
もう一つは恒常効果を持つ、《万物の作成者》。一度見た魔道具は必ず作ることができ、作る魔道具は必ず神器か神器を越えたものになる。更に魔道具であれば、いかなる魔道具も使用可能にできる、という唯一持っているチートスキルである。
……なのだが、このスキルには大きなデメリットがあった。まず、いくつもの神器を作らなければ、取得すらできないこと。加えて、ただ作るだけでは駄目なのだ。自ら作り、自ら使ったことがなければならない。しかも、発現するかどうかは五分五分である。
次に、スキルを取得してからしばらくは、魔道具を作る際に必ず体調が悪くなる。ひどいときなどは二日酔いの状態に、インフルエンザの状態を混ぜ合わせたような感じになるのだ。大体の人はここで心が折れ、諦めていくらしい。しばらく、がどこまで続くかわからないからである。僕のときは5年ほど掛かった。
最後に、魔道具を使う際のことである。万人に使えるものであるならば、代償を払わなくてもいい。また、このスキルがなくても使えるものであるならば、これもまた代償は必要がない。
しかし、このスキルありきで使った物の場合、体中に激痛が走るのだ。それは《強化体》の場合は倍に。そこから先は前のものの、二乗となっていく。今回であれば、腕に走る痛みの4倍の痛みが全身を走っていたということである。
ということで、実は立っていることも辛かったのである。この部屋に戻ってくるときは、ティオに付き添ってもらっていた。……口では遠慮していたが、実際はありがたかったのはここだけの話だ。
「………まったく。強くなりたいよ………」
僕の呟きは闇に消えた。




