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27話

 もうわけがわからない。どこかへ続く血の跡はここから移動したということなのだろう。けれど、何故?あの怪我では動くことさえ辛いはずだ。何があったのかはわからないが、体力も相当削られているはずなのである。その状態で移動するなど、もはや正気の沙汰とは思えない。

 そんなあたしを現実に引き戻してくれたのは、やはりナトゥラだった。目の前で手を鳴らし、意識を彼女へと向けてくれた。


 「とりあえず、探しましょう?精霊たちに頼んで、フロア内を探してもらったの。血の跡はフロアを移動する魔道具の前で途切れてたみたい。たぶん、別のフロアにいるわ」

 「わ、わかった。じゃあ………!」

 「闇雲に探すと、人族のこともあるし危険だと思う。みんなに協力してもらった方がよさそうね」


 手分けをして仲間を集め、あいつを探してもらうことになった。基本は二人一組のペアでの行動だ。そうすれば、何かがあってももう一人が対応できる。

 あたしはナトゥラと組み、フロア2に行くこととなった。昨日から何も食べていないことを指摘され、軽く摘めるものを買ってから探すことになった。提案したのは勿論、冷静なナトゥラの方だ。

 そう、そう思っていたのだが………


 「……何、やってんだ?」

 「んー?あ、マーヒトさん。起きたんだね、よかったよ」


 軽食を買うスペースで出会ったのは、暢気に喋っているあいつと馬鹿げた量の何かを食っている鬼人族の女、そして毎日謝りに来た人族の王子に、護衛らしき女だった。あいつはあたしたちに気付くと、へらへらと笑っている。その手元には何枚かの紙が置いてあり、何かを書きこんでいたらしい。


 「いいから!何やってんだよ!?」


 机を怒りに任せて叩くと、あいつは驚いた様子だった。人族の二人も同様に驚いていたが、我関せずといった様子の鬼人族があたしを更に苛立たせた。


 「何って、仕事してたんだけど……人族がいっぱい来たから、そろそろ仕事してもらおうかと思って」

 「………仕事?」

 「そう、仕事。非戦闘員は農業だったり、商業だったりに従事してもらって。騎士たちは戦えるみたいだから、戦力になるように戦える力を提供するつもり。マーヒトさんたちもここに留まるなら何かしらやってもらおうと思ってるけど……何か要望みたいなものはある?できる限りは応えるつもりだよ」


 こいつの態度は変わらない。いつものように笑っているだけ。苦しそうな顔をしなければ、こちらを責める様子もない。ましてや、下に見ていることもない。

 一つだけ違うとすれば、肘から下に巻かれた包帯だろうか。両腕に巻かれている。きっと、あの下には……ギリリ、と思わず拳を握っていた。


 「………その手は?」

 「ああ、これ?ちょっとドジっちゃってね。薬を調合してたときに、爆風をもろに食らっちゃったのさ。いやはや、気を付けなくちゃいけないよねえ」


 言葉に詰まるということもなく、態度もまるでおかしくはない。すると、なんだか段々そちらの方が正しいのではないか。そんな気がしてきたのだ。

 そう、こいつは関係なく、あたしの仲間があたしを助けてくれたのだろうと……否、そもそも事件などあったであろうか?記憶がぼんやりとして来た。

 ふと、自分の手の平が見えた。ほんの少しまだ温かさが残っている。誰かが握っていてくれただろう熱がまだ残っていた。


 「………!」


 握っていた拳を緩め、自身の手の平を見たことでようやく正常に戻れた。そうだ、この感じには覚えがある。

 前と違うのは目的が違うことだろう。あいつは吐き気がするような理由で行おうとした。けど、恐らくこいつは嫌なことを忘れさせるために使ったのだろう。……誰も、頼んじゃいないのに。

 だから。


 「………へ?」


 思いっ切りスナップをつけて、頬を張り飛ばしていた。倒れる前に首根っこを掴み、引き摺って行く。


 「借りてく!仕事はお前らでやっておけ!」


 それだけ言い残し、フロアを移動するのだった。


※               ※               ※

 「えっと………?」


 いまだ混乱した様子のこいつを、自分の部屋のベッドに転がす。血が付いているが、そこは我慢してもらうしかない。あたしはと言えば、椅子を引っ張って来て座っていた。


 「寝ろ」

 「いや、仕事があるし………」

 「んなもんは後でやれ!昨日無茶して、てめえの手はずたずたになってるだろうが!」


 あたしの言葉でもピンと来ていないようで、首を傾げている。やっぱり腹が立ってくる。


 「昨日!あたしを助けて!手がひどいことになってたろ!骨が見えるまでなんだから、治るまではしっかり休んでおけっつってんだ!」


 ようやく顔色が変わった。怒りや憎しみといった様子ではない。間違いなく、驚きだった。


 「おかしいな……薬は間違ってなかったと思うのだけど………」

 「……アマゾネスは一度使った薬の類いは効き辛くなんだよ。記憶改変の薬なんざ、大量に投薬されてきた。今さら効くわけねえだろ」

 「……そうだったんだ。じゃあ、昨日のことも?」

 「きちんと詳細まで記憶してるっつーの」


 記憶の消去を認め、困ったように笑うこいつ。それがなんとなくイラついた。思わず舌打ちをする。


 「ごめんね。でも、昨日のことはこちらの落ち度だ。忘れちゃった方がいいことだと思ったんだよ」


 勿論、辛いことを何でもかんでも消すのは違うと思うけど。と続けた。


 「お前が助けたことを含めてか?」

 「そうだね。君の気持ちが整理できてないんだ。僕が助けたことを覚えていたら、気持ちが揺れちゃうでしょ?ただでさえ、今は君と君の仲間のために道を決めなくちゃいけない大事な時期。混乱させちゃうことは避けたかったのさ」


 静かに笑うこの人族は、出会ったときから何も変わっちゃいなかった。とうとう我慢がならなくなって、あたしは襟首を掴んでいた。


 「バカなのか、てめえは!あたしの道はあたしが決める!てめえがあたしの覚えていたいことや忘れたいことなんて決めるんじゃねえ!」

 「……うん、ごめん」

 「なんで、お前は責めないんだよ!あたしのせいだろうが!なのに、へらへらと笑って、元凶に何も言わないで………!」

 「それは僕が決めたことだからさ。君を責めるのは間違ってる」


 恨みも、怒りも、悲しみも。すべてをどこかへ置いてきたような目であたしを見ていた。


 「それに、君は女の子だからね。困っている女の子は助けたくなっちゃうのさ」


 不意に笑う。こちらを安心させるように、本当に優しく。

 それが嬉しかったのだ。駄目だとはわかっていたのに、どうしようもなく嬉しくて。


 「……バカ………」

 「あはは、よく言われ………っ」


 あたしは人族であるはずのそいつに抱き着き、涙を流していた。まるで、子供の頃に戻ったかのように。ただただ、泣きじゃくっていたのだった。 

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