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23話

 初めて会ったときは敵意と殺意、色んな負の感情がごちゃ混ぜになっていたと思う。話したくもない、それどころか関わり合いになりたくもない。それほど毛嫌いしていたのだ。今度はどんな目に遭わせるつもりなのか、仲間たちに危害を加えるつもりなのか、と。

 後から考えれば、自分が怖がっていただけなのかもしれない。あいつはひどいやつだ。負けるわけにはいかない。仲間たちを不安にさせるようなことはしてはいけない。そんな考えで、無理やり自分を奮い立たせていたのかもしれない、と。


 腕に嵌めたリングが揺れる。身体に異変はなく、むしろ地上で暮らしていた頃よりも調子はいい。それもそのはず、こちらではきちんと食事がとれる。睡眠時間も確保できる上、自室へと入ってしまえば警戒する必要はない。何より個室であるため、少しばかり恥ずかしいことをしても大丈夫、というのも大きいだろう。

 あいつと関わっていくうちに、段々と抱いていた気持ちは揺らいで来てしまった。あいつは何というか……能天気で、ふわふわとし過ぎていたのだ。探ろうとしても探り切れない、掴みどころもない、そんなやつ。そのくせ、こちらに善意を向けて来るので………わからなくなってしまうのだ。


 今となっては、警戒するだけ無駄なのではないかと思い始めている。何かを考えているようで、何も考えてはいないのではないか。そう思ってしまうのだ。


 「ま……人族がやって来たことを忘れたわけじゃねえけどさ………」


 ベッドに寝転がったまま、ぽつりと呟く。忘れたくても忘れられるわけがない。あんな忌まわしい記憶。あたしだけじゃない。他の仲間たちまでもひどい目に遭わされた。人族を許してはいけないのだ。あたし自身のためにも、仲間のためにも。

 しばらく考え事をしながら、横になっていた。だが、疲れもあったのか……眠りに落ちていくのだった。


※               ※               ※

 一面の花畑。とても綺麗で、思わず走り出していた。どこまで続くのか。どんな花があるのか。それを知りたいと思ったから。

 長く、長く続く道。赤や黄色、時には淡い紫の花が咲き誇り、心を洗ってくれる。いつまでも眺めていたい。そんな美しい光景だった。

 花の一つを手に取る。摘むことはしない。この花だって生きているのだ。奪うことは許されないだろう。それに……見たくなれば、再びここに来ればいいのだ。


 「そこの美しい方。少々よろしいでしょうか?」


 振り向いて息を呑む。そこにはまるでどこかの絵画から抜け出してきたかのような、まさに容姿端麗という言葉が似合う男性がいた。傍らには真っ白な馬が利口に待機していて、白馬の王子様という言葉が相応しい美男子だった。

 耳は尖っている。きっとエルフなのだろう。顔を赤くして、少しだけ足を引いてしまう。自分のことではないかもしれないと思ってしまったからだ。そんな自分の手を、彼は優しく包んでくれた。


 「あなたのことですよ。もしあなたさえ良ければ、私の国へと来ていただきたい」

 「ど、どうして………?」

 「あなたに、一目惚れしてしまったのです。あなたを私の妻として迎えたい。そう思ったのです」

 「そ、そんな………」


 自分はそんなに美しくないからと首を振る。それでも、その人は私のことを捕まえたままで……どうしても、と説得を続けた。その意思の強さに負けてしまい、こくりと頷く。こうして迫られるのは嫌ではなかったから。

 彼は微笑み、自分を馬の上へと誘う。後ろから抱きかかえられるような形になり、心臓がうるさいほどにドクドクと高鳴っていた。そして………










 「………夢か」


 目が覚めた。辺りを見渡せば、王子などいない。花畑もない。個室の中であたしが一人いるだけだ。

 時折、今のような夢を見る。それは自分がまだ白馬の王子に、憧れのような気持ちを抱いているから。いつかあたしの全てを肯定してくれるような、イケメンで強くて、優しくて素敵な男の人が現れてくれると。


 「ハッ、あほらし………」


 いまだに少女のようなことを思っている自分に笑ってしまう。そんなこと、あり得はしないというのに。

 馬鹿馬鹿しくなって、それでも少しだけ信じている自分も嫌で、部屋から出る。時間はまだ夜更け前といったところ。起きているやつはいないだろう。


 「何つーか、とんでもねえところに来ちまったな………」


 小さく呟く。飲み物を飲もうとすれば、団欒用のスペースに行けば買える。なんでも、『ジドーハンバイキ』というらしい。いつでも買えるし、相手は機械なので普通の店なんかよりよっぽど便利だ。今だって、こんな時間であるというのに買えるのだし。

 口を潤しながら、今後のことを考える。人族の出方次第にはなるが、これからここを離れないといけないかもしれない。ここに移動する際にも感じたが、人族ははっきり言って信用できない。恐らく、また問題を起こすだろう。それぐらいわかるのだ。


 「……けど、ここを捨てるのもな………」


 このノアとかいう場所は安全で、快適だ。一度知ってしまえば、なかなか外に降りたくはないだろう。ここに留まることを反対する声もあるが、留まりたいという声も無視できないほどにはある。外での貧しい生活に耐えられなくなるであろうこともわかるのだ。そのため、答えを先延ばしにしているのが現状である。

 ……本当は、あたしがしっかりしなければならない。一番戦闘力が高いのはあたしだし、判断も悪くはないという自負はある。だから、意見が割れている今などはしっかりしなくてはいけないのだが………


 「あたしも迷ってるんだろうな………」


 何が正しいのか、どっちの道を選ぶべきなのか。それを決めることができていないのだ。きっとその原因は………


 「あー、やめだやめ。考えてても仕方ねえし」


 一瞬過ったあいつの顔を頭から追い出し、飲み物を全部飲み切って容器を投げ捨てた。少しずれてしまったようで、床にコロコロと転がってしまったが。

 それを拾い上げたのはあたしじゃなかった。よく知っている相手だ。


 「と、ナトゥラか。悪い、そんなことさせちまって………」

 「大丈夫。なんてことはないから」


 いつものように笑って、彼女は容器をごみ箱へと捨てた。


 「そっちも目が覚めちゃったのか?」

 「ええ、ちょっとね。そしたらあなたがいたから、声を掛けたの」

 「そうか」


 もしかしたら、奴隷だったときのことを夢に見てしまったのかもしれない。あのときのことは酷かったから。心に残っていたとしても無理はない。


 「そういえば、一つ話が」

 「ん?」


 手招きをしているので、秘密の話なのかもしれない。これもまたいつものように、彼女へと近付く。






 「………………え?」


 それが災厄の始まりだった。身体の自由が急に利かなくなり、その場に倒れ伏してしまう。起き上がろうとしても、力が入らなかった。


 「お、おい、ナトゥラ……?冗談がきついぞ?」


 倒れ伏す前、彼女に何かを吹きかけられた。それはただの息だったと思うのだが……それでこうなるのはおかしいはずだ。

 だが、彼女は笑っていた。否、彼女ではない。だって、ナトゥラはこんな顔をしないはずだ。


 「お前……誰だ………?」

 「ようやく気付いたのか?馬鹿な女だ。あの方に歯向かおうとするからこうなる」


 瞬きをした後には知っている顔はなく。そこには人族の男が立っているのみだった。

ようやくクライマックスに突入できそうです。今章でははたして巧は活躍できるのか………?

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