20話
「きゅ、救世主殿……いったい、何を………?」
苦しそうに声を絞り出す王子様。周囲の人族も、マーヒトさんでさえも呆気に取られていた。動きが止まっているぐらいだ。
一方で、僕は飄々としていた。だって、悪いことしたつもりはないし。やるべきだと思ってたし。
「あのさ、もういいんじゃない?僕が謝って、人族に注意して。それで終わりでいいんじゃない?こんなことがあったから、出ていくなとは言えないけどさ。準備にも時間は掛かるでしょ。すぐ出ていくように言わなくてもいいんじゃないかと思うけど?」
「何をおっしゃっているのですか!相手は亜人なのですよ!許す必要などないのです!」
どうやら叫ぶだけの元気はあるらしく、声高々に主張する。ロメリアと呼ばれた女性以外頷いているところを見ると、人族の総意らしい。まともな人がいるところは少しだけ安心した。
「……そうかい。意見を変える気はないんだね?」
「当たり前です!」
「………そう」
王子の目は変わらない。憎い仇でも見るかのような目で、マーヒトさんを睨みつけている。そんな相手に対して、マーヒトさんが引く様子もない。どちらもプライドが許さないのであろう。
だから。
「がっ………!」
「きゅ、救世主殿!?」
周囲の人が悲鳴に近い声を上げた。それもそうか。やったことがことだけに。やられた方も痛みよりも先に、戸惑いが先行している感じだし。
僕がやったことはそう難しいことじゃない。やろうと思えば、大体の人ならできること。けれど、それをやる気はなかなか起きないようなこと。即ち。
「目は覚めた?」
王子相手に蹴りを入れたのである。それも顔に。そりゃ驚くだろう。王子に暴行を加えるやつなんてそうそういないだろうし、危害を加えられないように騎士団なんてものがある。殴られたり、蹴られたりなんて記憶、まずないと思う。
「きゅ、救世主殿………?」
「あのさ。初めに言っとくけど、今は僕がここの所有者だからね?君たちの生殺与奪ぐらい、僕が握ってるに等しいの。そこんとこまずわかってる?」
「そ、それはわかっていますが………」
はあ、とため息をつく。本当にもう、どうしようもないな。
「何もわかってないだろ、君」
「え………?」
「いいかい。君が一つ選択肢を間違えれば、人族の全員が路頭に迷うことになる。やっと安心のできる場所ができたのに、それを君のせいで奪われる。どれだけ絶望するだろうね?」
顔色がはっきりと変わる。マーヒトさんの方へと向いていた視線ははっきりと僕の方へ。信じられない、といった目で僕を見ていた。
「そ、そんな!?あなたは我々を救ってくれるのではなかったのですか!?」
「助ける気はあったし、手を差し伸べようとも思ってたさ。けど、これはあまりにも目が余る。それとも何かい?僕に不利益を押し付けて、更には不快にした上でそれでも助けてくれ、と?それはいくらなんでも我が儘過ぎる気がするけど?」
ああ、今どんな顔をしているだろう。いつもとはまるで違う顔をしているだろうか。本当はこれは出したくないのだけど。出さざるを得ないなら、出すしかないんだろうな。
これは、仕方のないことなのだから。
「そ、それは………」
「まだはっきりわかってないようだから言わせてもらうけど。どうやら君はここにいるすべての人族を束ねる立場なんだろ?君の選択一つですべての人族が生きるか死ぬか。それさえも決まるわけ。それを知ってもまだ我が儘を貫こうとしてるの?」
「し、しかし、いくらなんでも性急に過ぎると………」
訴えるような瞳。状況は段々とではあるものの、理解してきたようだった。
再びため息。どうしようもない溝と刷り込まれた思考をわかってしまったから。
「………いい加減にしろよ」
「え………?」
「てめえ王子だろ!国ってのは民ありきでできるもんなんだよ!いちいち悩んでるんじゃねえ、いつまでガキでいるつもりだ!」
胸倉を掴み上げ、更に頭に拳骨を食らわせる。相当痛かったらしく、ちょっと涙目だ。
「お、おい、お前………?」
「何があったかまでは知らねえがな、とっくに責任はお前に渡ってんだ!大人であるってことはな、嫌な相手だろうが付き合わなきゃいけねえし、嫌な行為であろうとそんな顔を見せちゃいけねえんだよ!ガキでいたいなら今すぐ王子をやめろ!民の全てを背負う責任もねえ奴に、王を名乗る資格はねえ!」
ひっ、と息を呑んで、こくこくと頷いた。掴んでいた手を放すと、すぐにマーヒトさんの方へと向かう。叱られたことは相当効いたらしい。
「す、すまなかった……以後、このようなことがないよう、こちらでも尽力する………」
「お、おう……許す気はねえが、謝罪は受け取っておくよ………」
二人は戸惑ったように言葉を交わし、こちらに目を向けた。その目には少しばかり恐れの気持ちが混ざっていた。
「てめえらもてめえらだ!関係ねえと思ってる野次馬共!」
一斉に肩が跳ね上がった。まさか、飛び火するとは思っていなかったらしい。
「てめえらいい大人だろうが!なんで諫めねえ!一人の女の子相手に集団で暴行加えようとするとか、それでも男か!しかも、相手は武器抜いてすらいねえんだぞ!情けなさ過ぎて同じ種族だと思われたくないぐらいだわ!」
「で、ですが、相手は亜人ですし………」
「それに何の関係があるんだ?」
「ひっ!な、なんでもありません!俺たちが悪かったです!」
発言した一人を睨めば、すぐに言葉を止める。姿勢を正し、全員が高速で首を縦に振った。
「とりあえず、最初に馬鹿した人族含めて謝っとけ。馬鹿した奴は後でエルフの子にもきちんと頭下げて来い。きちんと謝罪の意思を込めてな。もし見えないようなら、何度でも行ってもらうからな」
「は、はい!」
「それと、また同じようなことをやってみろ。次は丸裸にした後、ノアから叩き落とすぞ!」
「ひいいい!もうしません!」
人族たちは我先にというように、マーヒトさんの元へと殺到するのだった。……これで少しは落ち着くといいのだけど。




