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19話

 問題のある場所へと駆けつけたとき、襲われた側はすっかり怯え切っていた。長耳の軽装な少女。マーヒトさんとよく行動しているエルフの女の子だ。薄着であったことも災いしていたのだろう。襲おうとしていた人族たちは下卑た笑みを浮かべていたことだし。

 間に合うことができたのはノアのおかげだ。すぐに指示を出し、少女と人族の間に障壁を作ってもらった。そのおかげで、最悪の事態にはならなかったのだ。


 「おや、救世主殿。いかがなされたのですかな?」


 代表らしき男がにやにやと笑いながら、僕に問いかける。今まで裕福な暮らしをしていたからか、こんな状況に陥ったというのに肥え太った体。指には趣味の悪い、いくつも宝石が嵌められた指輪が。そして、服に至るまでもがきちんと整えられている。ボロボロだった人族の中では、異質の存在と言えるだろう。

 なんとなく、第一印象でわかってしまった。ああ、この人は駄目だ。信用もできないし、何かを起こしてしまう、と。取り巻きの人物も含めて、ろくでなしの類いだろう。


 「……今日は疲れてるだろうから、注意喚起は明日にしよう、って思ってたんだけどさ。まさかいきなりこんなことになるとはね」


 エルフの少女と人族の間に割って入る。その間にも、ノアはまだ仕事をしてくれていた。もうしばらくもすれば、ここには人が来るはずだ。


 「何のことでしょう?」

 「最初に言っておくべきだった、とは思っていたけどね。ここでは……ノアの中では勝手な行動は慎んでもらいたい。異種族だからといって、嫌がることを無理矢理することは論外だ」


 きつい口調で窘める。今回は僕の不注意だったせいもある。すべての責任をこの人に押し付けるつもりはないが……次は情状酌量の余地はない、と警告の意味を込めているのだ。

 それを意外に感じているのはむこうだった。予想を裏切られたような顔になった。


 「救世主殿、相手はエルフですぞ?わざわざ感情を考える必要など………」

 「………本気で言ってるの?」


 動きが一瞬止まる。どうやら、よほど冷たい目で見てしまったらしい。だからと言って、引く気はないのだが。


 「おやおや、どうやらそのエルフに誑かされてしまっているらしい。エルフは精神に作用する魔法も得意と聞く。つまり、罰を加える必要があるということだ」


 周囲の人族が同調する。なるほど、自分に都合がいいようにしたいわけか。感じたことは間違いではなかったらしい。……そもそも、人物を目の前にすれば、どういう人かぐらいはすぐわかるのだが。


 「ナトゥラ!」


 聞き覚えのある声が聞こえ、人垣をかき分けて近付いてきた。もう大丈夫だろう、と障壁を消す。ぶつけても悪いし。ただ、いつでも出せるようにはしておいてもらった。


 「てめえ、何しやがった!?」

 「ま、待って。この人は悪いことはしていないから………!」


 マーヒトさんに急に胸倉を掴まれた。意外に思ったのはその後。ナトゥラと呼ばれた少女が止めてくれたのだ。その甲斐があってか、僕に当たるのはやめにしたらしい。代わりに、取り囲んでいる人族を睨みつけた。


 「てめえらか、何かしやがったのは………!」

 「何か?いやいや、誤解してもらっては困る。我々は親睦を深めようとしていただけだとも。なあ?」


 含みのあるような笑みで少女を見ると、肩を震わせていた。やはり、恐怖を覚えるようなものだったか。あまり長居させるのはよろしくなさそうだ。


 「ごめん、ナトゥラさん、だったよね。先に戻っててくれるかな?ここは僕とマーヒトさんで話し合っておくよ」

 「で、でも………」

 「大丈夫。マーヒトさんには何もさせないようにするよ。送っていくための護衛もつけておくから」


 それでいい?と問い掛ければ、むこうも同じ気持ちだったのだろうか。頷いてくれた。


 「フェルト、お願いできる?」

 「オレにか?別に暇だからいいが……手ぇ出されたら、こっちだって反撃するぜ?」

 「……折るぐらいで許してくれないかな?」


 とは言っても、フェルトもマーヒトさんも不満そう。それだけでは十分じゃないと思っているのだろう。それこそ、大怪我を負わせなければと。

 それはわかっていたので、アイテムボックスから何本か瓶を取り出す。


 「それは?」

 「回復薬。手足の骨全部折って足りなかったら、それ飲ませて。治るから」

 「んん?」

 「その上で、もう一回(・・・・)折って」


 え、と短い音が漏れた。それはフェルトからであり、マーヒトさんからでもあり、ナトゥラさんからでもあった。


 「え、お前、それでいいのか?同族だろ?」

 「助けはする、とは言ったけどね。馬鹿の面倒を見るほど、お人好しでもないよ。例え異種族だろうと、同種族だろうと一度決めたルールはルールだ。従わないなら、相応の罰は受けてもらう」

 「………そうか」


 納得した様子で、フェルトはナトゥラさんを連れて行った。この場に残ったのは僕とマーヒトさん、そして人族たちだ。


 「これはいったい何事だ?」


 人垣のむこう側から凛とした声が聞こえた。ハッとした顔になり、人垣が割れていく。

 登場したのは二人の人物。一人は男の人で、もう一人は女の人だった。


 「これはこれは殿下、実は少々問題がありまして」

 「問題だと?」

 「ええ。重大な問題なのです」


 殿下と呼ばれた男の人は、はっきり言えばイケメンだった。僕のような中性的な顔つきではなく、はっきりとした男らしさ。凛々しさのあるような顔立ちだ。剣術か何かをやっていたのか、体つきもいい。白さの混じる金色の髪は誰かに整えられているのか、顔立ちにあったものに仕上がっている。背丈もあることだし、見た目上は非の打ち所がない程にいい男、と言えるだろう。

 見た目上では、とつくのは、その目の色だ。僕を見る目は普通なのだが、マーヒトさんを見る目は違う。まるで汚らわしいものを見るかのように、蔑んだ目で見ている。その青い瞳はどことなく気に入らない。お前は望まれているわけではないのだと、言外にそう言われているようで。


 一方で、女性の方は女性の方で珍しい。こちらもまた、凛々しいという言葉が似合うような女性。ただ、こちらは綺麗という言葉も似合っていて……カッコいい女性、というものを体現したような女の人だった。こちらもまたやや濃いめの金色の髪に、緑の瞳。剣を差していることから、剣術に打ち込んでいるのだろうか。何もしていない少女よりは筋肉がついている。勿論、ヴァルハラの子たちやフェルトと比べると、まだまだと言えるが。ネコ科動物のようなしなやかな筋肉、というのが近いかもしれない。

 女性の方はいくばくかは信じられそうだ。僕たちに向ける目はどちらも普通。差別的な目ではない。


 「何があったというのだ?」

 「亜人共が我らが救世主殿を誑かし、自分たちがいいように使おうとしているのですよ!」

 「なんだと!?」


 殿下と呼ばれた人族の目が吊り上がる。これに負けじと声を張り上げたのはマーヒトさんだ。


 「ふざけんな!てめえらの方が仕掛けてきたんだろ!あたしらの仲間に手を出してきたんだろ!」

 「それは誤解だと言っているでしょう。まったく、これだから亜人というものは」

 「んだと!?」


 まさに一触即発といったムード。きっかけがあれば、いつでも喧嘩に発展しそうであった。いや、喧嘩というよりも闘争といった方が近いかもしれないが………


 「だが、救世主殿に手を出したことは事実のようだ。まったく度し難いな。君たちにはすぐにここを出ていってもらいたいのだが?」

 「ハッ、あたしたちだって願い下げだ!こんなクソ共と一緒に暮らさなきゃいけないっつーなら、死んだ方がマシだ!」

 「フン、それなら出ていくといい。即刻な」

 「言われなくたって出てってやるよ!」


 踵を返し、フロアを移動しようと人垣をかき分けようとした。……退くことはなかったが。


 「………何のつもりだ?」

 「我々の救世主殿に手を出したのだ。それなりの罰を受けてもらわねばな」

 「殿下、それはやり過ぎなのでは………!」


 女性の方が窘めようとするが、止まりそうにない。マーヒトさんは反抗的な態度であるし、更に拍車をかけてしまったようなのだ。


 「ロメリア、これは必要なことだ。我々人族が舐められないためにも、これはやらねばならんことなのだ」

 「しかし………!」

 「くどい!やれ、貴様………」


 言葉は途切れる。それもそのはず。周囲の人族の言葉を信じるなら、この王子は悶絶しているのだから。

 悶絶している理由は、というと………


 「ふう」


 僕が思いっ切り、股間を蹴り上げたからである。

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