10話
薄々勘付いている方もいるかとは思いますが、巧は結構重い過去の持ち主です。今回は少しだけそのことに触れるようです。
入力は終えた。これでフェルトが言っていた場所へと向かってくれるだろう。多少曖昧だったとしても、なんとかしてしまう辺りこの子は優秀なんだよね。まあ、入力とは言っても、ただ伝えただけなんだけども。
あとは僕と褐色の少女が残されるのみ。二人とも黙っているから、気まずいというか何というか。
「……なあ」
「うん?」
先に沈黙を破ったのは彼女の方から。沈黙に耐えかねたのか、それとも他に理由があったのか。どちらにせよ、話し掛けてくれた。
「お前さ、どっちが本性なんだ?」
「どっち、って?」
「今のお前と、さっきのお前だ。お前、単に優しそうなやつじゃねえだろ」
僕を睨む。ちょっと期待してただけに、残念だったかな。わかり合うにはまだまだなんだ、ってね。
「それはうん……そうだな。また変な質問だねえ」
「おちょくってるのか?」
「そうじゃないけど。簡単に言えば、どちらも僕だとしか言えないかな。今の僕が僕の大半を占めていてほしい、とは思うけど」
不満そうな顔だ。はぐらかされていると思われたかな?肩を竦める。
「例えば、君は僕を敵視しているだろう?人族だから、すぐに裏切るんじゃないかってね」
「当たり前だろ」
「でも、同時に君は君の仲間たちには優しい顔を見せる。これはどっちが本性なんだろうね?」
「それは………」
口篭もる。意地が悪かったかな?でも、そういうことだ。
「一方向から見ただけじゃ見えてこないこともあるよ。こうしているのも僕だし、さっき見たあの僕もまた僕さ。もしかすると、君が知らない僕もいるかもしれない。それは君の目で確かめるしかない」
「えらくご高説垂れてくれたな。哲学者かなんかかよ?」
「まさか。他人の受け売りだよ。そこまで大したことじゃない」
ただ、純粋過ぎたから信じているだけ。言われたことを素直にやっているだけ。僕自身は偉くも賢くもない。
「誰からのだよ?」
「爺ちゃんからの」
「ふーん」
それっきり、また静かになる。ここには時計もない。ただただ静かだった。何の音も聞こえないほどに。
「……尊敬してるのか、爺さんのこと?」
「そりゃあね。僕にとっては憧れさ。今も憧れてるよ」
「その爺さんが言ったのか?あたしたちを助けろって」
隣に目を向ければ、珍しく興味の色が窺える。意外と感じながらも、僕は微笑した。
「いいや。これは僕の意思さ」
「なんだよ。そうじゃねえのか」
いささか残念そうな声。爺ちゃんに会いたかったのかな?
「……昔ね。爺ちゃんがよく言ってたんだ。周りからどれだけ馬鹿にされてもいい。自分が正しいと思った道を行きなさい、って。だからだよ」
「………?」
「人族だからだとか、アマゾネスだからとか。そんなこと関係なしに、助けたいと思った。そこには助けたいっていう気持ち以外のことも含まれてたんだろうね。でも、君たちを助けたかったのも事実だ。そこまでわかれば、後は勝手に体が動いた。見捨てたら、きっと一生後悔するだろうから」
壁に背を預ける。
「……変なやつ。じゃあ、その爺さんがいなかったら、助けてなかったのかもしれねえのか?」
「そうだね。それどころか、ここにいなかったかも」
「そうか………」
何やら考えている様子。けど、こんなに長く話してくれたんだ。少しは前進したのかな。
「まあ、いい家族がいるんだな」
「そうだね。僕にはもったいないぐらい、いい家族だったよ」
「だった?」
「うん。僕の家族はもういないからね」
あっけらかんと言い放った僕の言葉に、褐色の少女は凍り付く。その顔にはしまった、という感情がありありと出ていた。
「あ、いや、その、えっと………」
「どうしたのさ?いつもみたいに、嘘ついてんだろ、この人族が。とでも言っとけばいいでしょうに」
「そこまで外道じゃねえよ………」
弱々しい声。ちらりと見れば、本当に後悔している様子だった。
「……家族がいねえ辛さはわかるからな」
「そか。でも、大丈夫だよ。もう心の整理は終わってる。今さら取り乱すほどじゃないさ」
「……悪い」
なんだか調子が狂うなあ。こんなにしおらしいところ、見たこともないんだけど。当たり前ではあるけどさ。
「……どんな、家族だったんだ?」
「そうだねえ……物心つく頃には、爺ちゃん一人だったよ。母さんは僕を生んだ直後に死んじゃって、父は僕を捨てたから」
「捨てた!?」
「ま、色々あったのさ。それで、爺ちゃんと二人暮らし。その爺ちゃんにしても、3年前に病気で亡くなった。あとはずっと一人暮らしだったよ」
簡単に要約するとこんな感じ。勿論、むこうの世界での出来事だ。過去には散々家族のことで悩んだり、荒れたり、悲しんだりもしたけれど……この子に言った通り、今は落ち着いている。乗り越えることはできたのだ。
「……うちも父親がいなかった。出てったんだとよ」
「そっか」
「だけど……お前のとこほど、ひどくはなかった。そんなことはなかったよ」
「そっか」
しばらく互いを見ていると、先に視線を逸らされた。耳が少しだけ赤い。
「ティオブラウ」
「ん?」
「ティオブラウ・マーヒト。あたしの名前だ」
顔は合わせようとしない。それでも、精一杯の譲歩をしてくれたんだと思う。きっと、この子は最初の印象通り……とても、優しい子なのだろう。
「ありがとう、マーヒトさん」
「か、勘違いするなよ。単に、あらかさまに警戒するのはやめただけだ。信用してねえのは変わらねえからな」
「それでもいいよ」
あのときと同じように、手を差し出す。今度は、その手を握ってくれた。




