プロローグ
「さあてと、忙しくなってきたもんだねえ」
バタバタと駆け回り、手が必要と思われる場所に移動。これ、一人で足りるのかな?疑ってしまうほどには忙しい。人が増えたからね。トラブルは付き物。それをどう収めるのかが大事なのですよ。
トラブルだけで済めばいいんだけど、そういうわけにもいかない。これだけの人がいるんだ。食事のことや仕事、他にもこれからのことについても考えなくちゃ。
「そう、これからのことなんだよねえ」
ふう、とため息をつく。大陸に来てからというもの、予想以上にひどかった現実を見た。というか、嫌でも見せられた。それは人族の歪みであり、他種族間の溝であり、魔物たちの分布であった。
予想ではもっとこう……努力すれば、なんとかなるんじゃないかな?レベルだったのに。蓋を開けてみれば、あれである。思わず匙を投げたくなるほどひどい。……うん、もうひどいとしか言いようがない。
『おはようございます、マスター。今日も眠そうですね』
「ああ、おはよう、ノア。そうだね、今日で3徹だからね………」
途中でトイレに寄った。鏡を見たのだが、とても他人様に見せられないような顔だ。具体的に言えば、隈が笑えないレベルでくっきりと。このままじゃ、逆に心配を掛けてしまうだろう。現在橋渡しになれるのは僕だけなのだから。
軽く化粧をして、隈を隠す。徹夜は地球で慣れていたので、化粧で誤魔化すこともしばしば。今では手慣れたものである。……いや、まあ、こんなことしているから女の子に間違われるのかもしれないけど。
「そういえば、ノア。敵は?」
『現在のところ、半径10㎞内に攻撃を仕掛けて来るものは存在しません。《不可視化状態》は正常に起動しています』
「そう、ありがと。近いうちにメンテするから、異常があったら見つけといて」
『了解しました、マスター』
彼……いや、彼女と言うべきだろうか?聞いてないし、性別程度好きなように弄くれるのだから、どちらでも構わないか。あれ、話が脱線してる?とにかく、今話していた子はとある魔道具のAIのような存在。ノアである。あまりにも人数が増え過ぎてしまったので、場所が必要となったために取り出した新しい魔道具である。
で、この子は神器とは少し区分けが異なる。何というのだろうな……まあ、これについては後日話そう。とてもじゃないけど、一言では説明しにくいからね。急いでいる今はとてもじゃないけどできそうにないし。
「食堂、食堂と……って、うわあ………」
準備を整えて、食堂に走り込む。中にあったのはいつもの、しかし頭を抱えたくなるような光景だった。
「ああ!?もっぺん言ってみやがれ、このクソ人族が!」
「何度でも言ってやるさ!消え失せな、薄汚い他種族共が!人族の住んでいるとこに入って来るんじゃねえ!」
「んだと!?」
一触即発の空気を作り出しているのは、褐色の少女と髭が多めのおじさん。片方がアマゾネスで、もう片方が人族。その後ろにはそれぞれの陣営とも言うべき人がいて、今にも喧嘩が勃発しそう。人族の方がやや数が多いけどね。
ため息をついて、この状況を知っていそうな人物に声を掛けた。
「フェルト、ローランさん。何が起きたの?」
黙々とカレーを食べているのはフェルト、その斜向かいで椅子にもたれ掛かっているのは新しく仲間になってくれたローランさん。人族の中ではまともな人なので、協力を得られているのは嬉しい。事あるごとに酒が欲しいだの、女遊びがしたいだの、賭け事できねえだの言うけど、それはまあ目を瞑れるぐらいだし。今はトランプを渡して我慢してもらってる。あれでもギャンブルはできるしね。
「「喧嘩だな」」
「そりゃ見ればわかるって。何が経緯でああなったのかを知りたいのだけど」
あれが喧嘩じゃないなら、喧嘩の定義を知らない。もしくは、相当に能天気な人だと思うのだけど。そうじゃなくて、喧嘩が起こった理由を知りたいわけですよ。
「最初はまー、人族共がここで飯食ってたんだけどなー。あいつらが来て、人族共が舌打ちし始めたわけだ」
「ふむふむ」
「で、俺の同族が陰口を叩いたのを、アマゾネスの嬢ちゃんが耳聡く聞いた。あとは口論がどんどん発展して、ああなったわけよ」
「うん、なるほどね」
フェルトとローランさんの怠そうな説明で、状況を理解できた。で、下した結論なのだが。
「完全に人族サイドが悪いじゃん」
「ったりめーだろ。お前みたいなのがレアなんだっての」
「そうそう。俺たちは所詮頭が固いからねー、時と場合に応じてってことができないのさ」
盛大にため息をつくフェルトに、肩を竦めるローランさん。どちらも呆れているのが手に取るようにわかる。
そりゃそうか。別にこれが初めてなわけではないわけだし。1日に数回、多かったら十数回レベルで起きてるんだよねえ。これでも結構減っているけどね。出会った当初はもう最悪だったもん。
「はあ、仕方ない。僕が止めてきますよ」
「おー、頑張れー」
「ほんとにそう思ってるなら、助けてほしいものだけどねえ………」
やれやれと肩を落としながら、二つの勢力の中に割って入って行く。
ここまで劇的に生活が変わったのはそう、人族大陸にやって来たときまで話を遡る必要がある………




