19話
「『魔神』………?」
「ああ。突如現れたそいつは魔物を指揮し、一群とした。自分勝手に動くはずの魔物たちだがな、そいつの言葉には必ず耳を貸した。それは、絶対的な力があったからだ」
静寂。キッチンに置いた時計の秒針の音だけが、やけに大きく聞こえた。
「そいつは3体の魔物を従えていた。巨大な狼の魔物。それよりも巨大で、下手すりゃ国一つ程はあるデカさの蛇。そして、下半身が青く染まった女。そいつらは人族が呼んだ勇者……この世界で最高峰の力を持ったやつらを、物ともせずに倒していった。それと同じぐらいの力を持つ魔王ですら、手も足も出なかったらしい。そんなやつらに魔物たちは逆らう気なんか起きなかったんだろうな。あっさりと命令に従ってたさ」
「そいつが国を滅ぼしていったんだ?」
「ああ。世界中の国は全滅。今じゃ国家はどこにもない。あったとしたって、魔物たちに見つからない隠れ家のような国だろうな。何にせよ、いずれは魔物が完全支配する世の中になるだろう。今じゃ抵抗する勢力もねえだろうしな」
フェルトはそう締めくくり、食事に戻った。これで全部ということだろう。その『魔神』についてはまだまだ分かっていないのだと思う。
だけど、僕の予想が正しかったら……いや、やめておこう。推測だけで動くと、ろくなことはない。まだ確たる証拠もないのだから。
「そういや、多種族のことについては聞かなくていいのか?」
「ん?ああ、それかい。たぶん、君みたいな鬼人族。さっき話してたエルフやドワーフ、アマゾネスって種族が一括りにされてるんじゃないかな?一つ一つの種族は数的にそこまで多くないから、一つの大陸に収まっているとか?」
「そういうこった。ま、お前には要らん説明だったか」
「いいや、確認できてよかったよ」
『本当にそれを確認したでもないのに、理解したつもりになるな。あやふやにしたままでは、いつか手痛いしっぺ返しを貰うぞ』というのはじいちゃんの言葉。これからもしかすると、エルフやドワーフにも会うかもしれない。そのときに情報の食い違いがあった場合、面倒事に発展する可能性だってあるからね。しっかりと確認した方がいい。
その後もしばらくは話を続け、今の世界の情報を集めていくのだった。
※ ※ ※
「よし、っと」
動きやすい服装に着替え、荷物も最小限にした。とはいえ、アイテムボックスがあるので、そこまで減らす必要もなかったのだが。自身を守る魔道具は入念にチェックし、自衛用の武器も手にした。これで十分だろう。
「……行くのか?」
テントから出ると、軽装のフェルトが汗を流していた。どうやら、素振りをしていたらしい。肩に担いでいた棍棒を下ろし、僕を見ていた。その目にはどこか残念そうな色が窺える。なるほど、少しは気に入ってもらえたらしい。やっぱり、食べ物の力は偉大だ。
「そうじゃないよ。少し、調査をね。海の方まで足を伸ばそうと思ったんだよ」
「へ、へえ、そうなのか。それなら、あっちに向かいな。一直線に行けば、1時間ぐらいで海に出られるはずだ」
彼女が指し示したのは、偶然なのか必然なのか。初めて会ったときに、僕が逃げようとした方角だった。フェルトの方へと視線を戻せば、ややホッとした様子が見て取れる。……もしかして、料理があんまり得意じゃなかったりするんだろうか?だとすると、あの様子にも納得はいく。
「けど、海の方に行ってどうすんだ?あそこにゃ食い物も飲み水も、それどころか面白いもんも特にねえぞ?海を見たことねえ、っつーんならまだしも」
「んー、見たいのも少しあるけど。入手したいものがあるし、目的もあるからね。実際に見に行きたいんだ」
「目的、ねえ。どんな目的だ?」
「大陸に向かおうかと思っててね」
ゴトン!重たい物が地面に落ちた音が響く。鉄骨が落ちてくれば、こんな音になるんじゃないだろうか。それほど大きな音だ。
振り返れば、驚きの表情で僕を見ている鬼人族の少女の顔があった。僕の言っていることが理解できなかったのかもね。確かに、とんでもないことを言った自覚はある。魔物が闊歩するところへ、わざわざ行こうとしているのだから。
「……お前、昨日言ったよな?大陸は危険だって。この島よりもずっと危険なんだぞ?」
「うん、そうだね」
「阿呆か?阿呆なのか?そんなところに行くなんて、自分を好きにしてくださいって言ってるようなもんだぞ?」
「そうかもね」
「本当にわかってんのか?」
「わかってるつもりだよ。完全に理解はできてないかもしれないけど」
実際に行ったことがない以上、わかったつもりにしかなれない。簡単にわかった、なんて言えば、それは大陸で地獄を見た人たちへの。ううん、それだけじゃない。今も見ている人たちや殺されてしまった人たちの気持ちを蔑ろにすることだろう。だから、言えない。実際に、あの地に向かうまでは。
「……チッ、お前はおかしいぜ。本当によ」
「そうかな?そうかもね」
そりゃ、危険なところに自分から飛び込んでいくなんて、普通の人からすれば理解できるわけもないだろう。おかしい、どうかしている。そう思われて当然だ。それを否定することはできない。否定する気もない。
「でもね、それでもやらなきゃいけないんだ。それが使命だし、僕なりの恩返しでもあるから」
「……意味わかんねえっての」
フェルトは鼻を鳴らす。彼女は呆れているようだったが、止めることはしなかった。
「じゃ、行ってくるよ」
「フン、とっとと行っちまえ」
初めて会ったこの世界の人に見送られながら、僕は拠点を後にするのだった。




