10話
調子が狂う。それが今のオレを一番上手く言い表す言葉だと思う。その理由はすべてあいつのせいだ。
いつも通り、オレはこの森の中で暮らしていた。理由はいろいろとあるのだが、ここは高レベルの魔物が犇めいている。強いやつを探すにはちょうどいい、と武者修行ととある理由のため、ここに滞在しているのだった。
そんなときだ、あの男に会ったのは。オレが生活しているところに、土足で踏み入って来ていた。人族なんてとっくに滅んでいるものだと思っていたため、驚くことには驚いた。ここまでしぶとい奴らだったのかと。
次に抱いたのは嫌悪感だ。人族という奴らはとにかく鬱陶しい。見ているだけでイライラしてくる。弱いくせに、数がこの世界で一番多い。数以外に秀でるものがないくせに、他の種族を下に見る。そして、すべては自分の所有物だと勘違いしてやがるのだ。イライラせずにいろという方が無理というやつだ。
何かを話してきたが、どうせろくでもない内容だろう。話を聞くことなく、奴を殺そうと動いた。所詮は人族。すぐに殺すことは余裕だろう、と。
が、こいつがまあすばしっこいのなんの。攻撃を無様な姿とはいえ、きちんと避けている。しかも、風圧に巻き込まれることもない。紙一重で避けようとしてきた奴らは皆巻き込まれて、動きが鈍ったというのに。それなりに武術はやってきたらしい。少しだけ癪だった。
そいつも自分が不利だと気付いたのだろう。逃走することにしたようだ。急に動きがよくなり、木の上へと跳んでいた。今までは魔法すら使っていなかったということか。本当に腹が立つ。加えて言うなら、奴は攻撃できたのにもかかわらず、攻撃を一切しようとしなかったのだ。それが余計にオレを苛立たせた。
「まあいい。もうあいつに会わねえなら、それでいいさ」
去り際にも何かを叫んでいたが、オレには関係がない。無視して、これからのことを考えようとしていた。
予想外のことが起きたのはそのすぐ後だ。急に奴は反転し、こちらへと戻ってきたのだ。それも、先ほどよりも早く。
「なっ……油断させるためだったってのか!?」
人族の汚さを舐めていた。まさかここまでやるとは思っていなかった。タイミングを合わせて、奴に棍棒をぶち当てようとしたが、到達するのは奴のほうが早い。驚きで一瞬硬直したのが悪かったのだ。
さらに不幸は続いた。後ろの土が盛り上がるのを感じたのだ。この様子だと、ジャイアントセンチピード。あのムカデ野郎だろう。咬まれれば、毒が回る。
「仕方ねえ、こうなったら奴だけでも………!」
負けられない。こんな負け方をしてはいけない。たとえ死んでしまうとしても、この人族だけは道連れにしてやる。そう思いながら、棍棒を振り抜いた。
ベキッ!いい音が鳴り、骨を砕いたのがわかる。流石にこうなれば、相手は人族。痛みにのたうち回って、魔物に食われることとなるだろう。その代わり、オレもここまでのようで………
「……………?」
痛みがない。おかしなところもない。奴が通り過ぎたというのに、自身に何も変化がなかったのだ。まるで、何もしなかったかのように。
どういうことだ?と人族の方を見ると……絶句してしまう。腕が折れているというのに、平然としているのだ。気にしている様子はあるのだが、悲鳴一つ上げていない。それどころか、必死に何かと戦っている様子。
視線を少し上にすれば、相手もわかる。ジャイアントセンチピード。要は巨大ムカデの攻撃を防いでいるのだ。ペンダントを掲げ、障壁のようなものを出している。
「…………何なんだ、こいつ」
オレには何もしていない。それは身体の感覚からわかる。どこもおかしなところがない上、どこかを触られた感触もなかった。
それどころか、オレを守っているらしい。今も周囲を胴体で囲む魔物から守っている。攻撃すらしなかったくせに。無様に逃げ回ってたくせに。何より……人族のくせに。
「………しゃあねえか」
一応、こいつを殺さなきゃ外にも出られない。こいつを助けるわけでもないが、この魔物が邪魔なのも事実。だから、こいつを助けるわけじゃない。そう自分に言い聞かせて、上空へと跳躍した。
「……出れるのか」
外に出ることは可能だった。どうやら、外から内へと入ろうとするものに作用するらしい。なかなかに便利な障壁だな。ドワーフが作ったものでも、ここまで便利な障壁はそうない。妙なそぶりを見せたら、あの胸飾りを奪うのもいいかもしれない。
ムカデの頭を力任せに棍棒で殴る。とてつもない重さに耐えきれなかったのか、頭は弾け飛んだ。これで仕事は終わりだ。
「あとは………」
驚いて声も出ないという様子の人族に、棍棒を突き付けた。奴は抵抗する気がないのか、両手を挙げた。面倒なやつではないようなので、そこだけは安心した。
「おい、てめえは誰だ?答えろ」
オレの言葉が通じるとは思っていなかったが、声だけは掛けてみる。案の定わからなかったらしく、狼狽えている。フン、いい気味だ。
しばらく混乱した様子だったが、何かを取り出して話し始めた。仲間でも呼ぶつもりだろうか。それならそれでもいいんだが。罠にするなり、魔物のエサにするなり用途はあるからな。
「……こいつ………」
話している奴を見て気付く。今まで戦ってきたこの人族は、女だったのだ。道理でチビだなと納得してしまう。というか、この小ささならガキだろう。
「……まあ、少しぐらいは大目に見てやるか」
人族の女のガキにしては肝が据わっている。棍棒を下ろして、奴の観察を始めるのだった。やれやれ、今日のオレはどうかしてるぜ。




