8話
「結局、何も思い浮かばなかった………」
日が沈み、辺りが暗くなっていく。こんな鬱蒼とした森の中なのだから、暗くなるのは早い。それに、ここは日本とは違う。街灯がなければ、明かりもない。完全な暗闇の中で過ごさなければいけなくなる。それは辛いものがあった。
暗闇というものは何が出て来るかわからない。そんな恐怖を運んでくる。特に、あの巨大ムカデや巨大なクマを見た後だと、本当に何が出て来るかわかったものではないのだ。目覚めれば死んでいた、ということも十分にあり得る。
「……一応、対策ぐらいはしておくかな」
普通なら火を起こせばいい。獣は火を恐れるのだから。火で明かりを取れるのと同時に、安全もある程度は保証できる。
だが、ここは異世界。火なんてものを恐れない獣もいるだろうし、そもそもあれだけ大きなモンスターに効く炎を出そうとすれば、それこそ山火事になりそうだ。……いや、山ではないけど。
「まさか、これをいきなり使うことになるとはねえ」
アイテムボックスから取り出したのはランタン。地球上にあるランタンと同じように見えるが、一点だけ違うとすればそれは中身。電球がセットしてあるだろう部分には、光源となるようなものがどこにもない。ただ石のようなものが置いてあるだけ。キラキラと光る不思議な石が、一つ置いてあるだけなのだ。
だが、ただのランタンと侮るなかれ。これもまた神器なのだから。
「よいしょ、と。これで明かりは大丈夫かな」
石に向かって手を翳すと、柔らかなオレンジ色の光が灯った。明るさはそれほど明るいわけではないものの、周囲を照らせないほどに暗いわけでもない。眺めてて癒されるな、というぐらいの光量だった。
神器『聖光よ、ここにあれ』。明かりとして使える魔道具だが、この光が灯るうちは邪悪を阻む。いや、そんな表現は生ぬるいか。邪悪なるものが近付いたとき、それを浄化する。こういった野営の際には便利な魔道具なのだ。
「ま、邪悪なものだけなんだけどねえ」
そう、あくまで邪悪なものに対して効果を発揮する。裏を返せば、ただの本能で動いているものには通じない。それこそ食欲だの、性欲だの、知識欲だの、母性だので動いていれば、まったく意味はない。あっさり食われたり、慰み者にされるのがオチだ。
なら、意味はないのではないかというとそうでもない。夜というのは亡者や亡霊が最も活発になる時間帯。そういった悪意に対抗するために、この光があると言ってもいいだろう。
また、邪悪といっても実際は曖昧なのである。生きるために仕方なく、という理由で襲う――――例えば、先ほどの巨大ムカデのように――――のなら見逃されるのだが、過剰なものは対象外。それがなくてもどうにかなるのに、楽をしようという理由で悪事を働くのなら効果対象になる。正直、不用意に近付くのは得策とは言えないだろうね。
「それでも、万が一がないとは考えられないし、っと」
先ほど使った『穢れを祓う聖盾よ』の設定を弄り、あの女の子と僕だけが通り抜けられるようにしておいた。通り抜けられるものを設定できることと、時間も設定できるのだからやっぱり便利である。だから好んで使っているわけで。
え?あの子が使っているヒヒイロカネがぶつかったら、無効化されるんじゃないのって?そのときはまた張り直せばいいだけさ。『穢れを祓う聖盾よ』は魔力の消費量も少ないし。
「……さてさて、汗もかいたし、流すとしようかな」
暗くなってきたことだし、今日はここから移動することはできないだろう。暗い森の中を移動するのは大変だし、危険度もわからないし、そもそもどっち行けばいいかわからないし。とりあえず、手掛かりとなりそうなのはあの女の子ぐらいなのだ。それなら、あの子から信用を得るのがまず優先されるべきことだろう。
と、なるとだ。いくらなんでもこのまま話すのは躊躇われる。だって、初対面なのに汗臭い男と話したくないだろうし。さっきは結構動き回ったんだから、決して少なくない汗が流れているのだ。臭いが気にならないということはないと思う。
「気持ち悪い、っていうのもあるんだけどねー」
またアイテムボックスを漁り、携帯型の浴場を取り出す。少し魔力を流せば、すぐにお風呂場へと早変わり。勿論、シャワーやお風呂を沸かすのも魔力でできる。そうしないと、水が用意できないってことも考えられるからね。
脱衣所に当たる部分で服を脱ぎ、お風呂場でシャワーを浴びる。温かいお湯はすぐに出るし、下手をしたら日本にいたときより便利かも?魔道具様々だね。
「シャンプー、リンスは魔道具の性質上いくらでもなんとかなるけど……石鹸だけは材料見つけとかないとなあ………」
液状だったら容器を魔道具化することで、中身が無くならないようにすることはできる。が、石鹸は固形派であるので、石鹸だけは1から作らなければいけないのだ。作る方法はメモしてあるから大丈夫だけどね。はい、そこ。言語のことはど忘れしてたのに?とか言わない。悲しくなってくるじゃないか。
考え事をしているうちに、体を洗い終えた。シャワーで泡を洗い流し、湯船に浸かる。やや温めのお湯のおかげで、体のべたつきは感じなくなったと思う。
「ん?」
しばらくして出ようとすれば、ガラッと扉が開く。そこにいたのは出掛けていた女の子で………
「……いつも思うのだけど、お風呂入ってるときってやたらトラブルが起こるよねえ」
フリーズしてしまった彼女を前に、どうしたものかと頭を悩ませるのだった。




