7話
「言語翻訳……うう、駄目だ。そっちは完全に盲点だった………」
一応、なんやかんやはあったけど、落ち着くことはできた。あの女の子は攻撃してくる気はなくなったようで、この場にいる分には許してくれたようだった。今はまたふらりとどこかに出掛け、この場所にはいない。だから、一人この場所で唸っているわけである。
この10年間(ヴァルハラ内にいた時間。ただし、実際はそれよりも多いのだが)、異世界に行くために色々と準備をしてきた。武器、防具は勿論、便利な道具や保険としての道具。地球に帰れないことも考えて、馴染みのある料理のレシピや多くの人に手伝ってもらえるように社交術も。王様の協力も得られたらいいな、と思っていたので、謁見するときのマナーとかも学んでいた。
「あああ、何やってたんだよ………」
いやね、もう頭を抱えたくなる。なんでまず言語が通じると思ってたんだよ。別の国どころか、世界が違うんだから、言語が違うことなんて当然じゃないか。
昔っからどこか抜けたとこがあるから、何か忘れ物するんだよね……それで大概大ポカやらかすから笑えないんだよ。修学旅行行ったときなんて、楽しめるように娯楽の道具持っていって、財布忘れたぐらいだし。あのときはマジで大変だった………
「……まー、やっちゃったもんは仕方ない、か。どうやってクリアするかなんだけど………」
ノートに写した魔法陣を洗い直してみたけど、言語翻訳の魔法陣はない。否、それは正しくないか。あることにはある。の、だが………
「書き方が複雑な上、それが何語であるか知ってなきゃいけないとか………」
それすらもわからないからお手上げなんじゃないか。英語なら多少は耳に覚えがあるからわかるにしろ(話せるとは言ってない。理由はまた後日にでも)、聞き覚えのある単語は出てきたことがない。
というか、ぶっちゃけた話。話せる気がしない。なんて言うんだろな……日本語で表現できそうな発声法じゃないのだ。ここで途切れてるんだろうなー、という文節はわかる。が、すっごい聞き取りにくい。ところどころよくわからない音が出て来るので、音すら認識できないというか。
何を言いたいのかわからない、音が出せない。加えて、むこうの女の子にコミュニケーションを取ろうという意志がないので、何を言っているのかを察することすらできない。まさに悪循環である。
「次ー、組み込み式ー」
……魔石がない。そもそもどんなモンスターを倒せば、必要とする魔石が得られるのかわからない。というより、どんな魔石が必要なのやら?翻訳の魔石とか?そんな都合のいいものなさそう。
仮にあったとしても、そいつの強さは?どこに生息しているの?それは自分一人で対処可能な相手?そんなこともわからないのに、手を出そうとするのは無謀過ぎるだろう。これも却下。
「と、なると……やっぱ術式式しかないか………」
術式式なら手掛かりさえあれば、なんとかできる可能性はある。難易度は高いものの、そこはそれ。全部やれるのだから、問題はない。
だが、問題がないかと聞かれるとそうでもないわけで。それが今一番頭を悩ませているものだった。
「媒体、どうしよ………?」
そう、そこなのだ。術式式の魔道具を作るのには、作りたいもののトリガーとなれる媒体――――要は術式を宿せる器が必要なのだ。
それって、魔道具その物じゃないの?と思う人もいるかもしれない。魔道具その物が器であり、術式が中身なのだと。
これに対する答えはNOだ。媒体こそが器であり、極論を言ってしまえば魔道具としての形をしていなくても、それは魔道具である。
少し、わかりにくいから説明をしようか。ここではわかりやすくするために、術式式で作られた物の代表格。『アリアドネの糸』で説明しようと思う。
『アリアドネの糸』は術式式の魔道具だ。糸に術式を組み込んだことで、ただ丈夫なだけの糸から神器へと変わった。この場合、糸が媒体となるわけだ。
だが、そのまま置いておくといざというとき、糸がこんがらがって使えない。もしくは、使いにくい。
なら、糸を何かに巻き付けることで、すぐに使いやすくする。ここまでして、ようやく完成となるわけだ。
では、糸だけのときには『アリアドネの糸』として使えないのかと言うと、そうではない。ただ使いにくいだけ。きちんと『アリアドネの糸』としての機能は有している。
料理で例えるなら、媒体となる物質は食材。術式は食材を美味しくするための調味料。加工する道具が調理器具で、外観を整えて使いやすくする作業はお皿と盛り付けに位置するだろう。
料理はお皿がなかったとしても、きちんと料理だ。カレーがお皿に乗っていなかったから、それはカレーじゃない、というわけではないのと同じ。お皿に盛るのは食べにくいのと、衛生的な観点から。つまりはそういうこと。
だから、術式式に必要とされるのは媒体。さして難しいものではないとはいえ、なんら関連のないものを媒体にすれば効力はない。だから、この媒体を何にするかが肝なわけなのだけど………
「…………全然思いつかない」
言語翻訳をどう考えるのかが大事なわけで。翻訳機にするのか、辞書みたいにするのか、はたまた通訳する感じにするのか。それが決まらないと動けないし、決まったところでそれぞれの媒体も思い浮かばない。いい案が降って来ないのだ。
「どーしよっかねえ………」
時間の流れはゆっくりと。だが、確実に進んでいくのだった。突破口はまだ見つかりそうにない………




