5話
間に合うだろうか。いや、間に合わせなければいけない。アイテムボックスからさらに2枚護符を取り出し、魔力を流す。効果増強の護符と超加速の護符。2つの効果が合わさり、僕の体は爆発的なまでの加速を生んだ。
慌てたのはあの女の子の方だ。逃げようとしていた男が急反転して、いきなり迫りでもすれば驚くのは当然だと思う。でも、そこは我慢してほしいかな。一応、助けようとしているわけだし、誤解ではあるのだし。
「……って、我慢するのは僕もか」
あれだけ躍起になって攻撃しようとしていた彼女なのだ。この機会に攻撃をしないはずがない。棍棒は僕が到達する瞬間に振ってくるだろう。まともに当たれば、命が危ない。助けるのは命懸け、助けた後も命懸け。何というか、異世界に来てから散々だな。
開けた場所へ至る最後の木の枝を蹴り、元いた場所へ。あの子は棍棒を振り被っている。まだ気付いていないのか、後ろの何かに対して備える様子はない。そうしている間にも、地面は盛り上がっていく。
「起動せよ、『穢れを祓う聖盾よ』!」
胸のペンダントから光が溢れ出す。地面から現れたそいつを阻んだのは、半透明の壁。何の抵抗もなく食べられると思っていたであろうそのモンスターは、光の壁にぶつかることとなった。
地面から現れたのは、見覚えのある影。巨大ムカデだった。……というか、こいつ追ってきたのか。執念深いというか、何というか。
同時に、僕の腕を棍棒が掠めた。ベキベキッ!と嫌な音が鳴り、痛みが走る。
「……直撃しないで………これ、かあ…………」
歯を食いしばって、痛みに耐える。これぐらいならヴァルハラにいたときも経験済みだ。毎日どこかしら折られる、外される、砕かれるのオンパレード。最初は気絶するか、悶絶するかしていたものの、今では耐えることができる。腕の怪我は無視して、魔道具の発動にすべての意識を回していた。
壁に弾かれたムカデは諦めるつもりがないらしく、再びの突撃。口を開いて迫ってくるものの、僕に触れる前に吹っ飛ばされた。
「これで諦めてくれれば楽なんだけど……そんなわけないよね」
この程度でどこかに行っているなら、そもそも僕を追ってくるはずもない。根競べに勝つか、こいつをどうにかして倒すか。そうでもしないと、いつまで経っても追われる羽目になりそうだ。
何度か体当たりを繰り返し、正面からどうにかすることは不可能と思ったのか。体を穴からすべて出し、僕たちの周りを囲み始めた。
「んー、そう来るか」
ムカデは段々と囲む円を縮める。僕たち二人を締め殺す気なのだ。恐らく、『穢れを祓う聖盾よ』が一方向にしか展開できないと思ったのだろう。
ある距離から、一気に迫る速度が上がる。考える暇を与えようとしない辺り、このモンスターにも知性はあるのだろうか。ぼんやりと考えた。
「……別に、一方向にしか張れないとは言ってないけどねえ」
ギチチッ!と驚きの声(かな?)が上がる。迫ろうとしていた体が止まったのだ。それどころか、徐々に押し戻されている。光の壁は今や、ドーム状へと形を変えていた。
『穢れを祓う聖盾よ』はその名の通り、敵意を持つ者からの攻撃を防ぐ。それが例え、魔法であれ物理攻撃であれ、だ。勿論、神器である。
起動せよの掛け声で起動し、効果が続く限りは自在に形状を変化させることができる。魔力消費量もあまりなく、癖がないので使いやすい。防御用の魔道具として一番使うのはこれだろうね。
モチーフにしたのはギリシャ神話に登場する盾、アイギス。英語読みにするとイージスであり、こちらの方が広く知られているかもしれない。神話で盾と言われたら?と聞かれれば、すぐに帰って来るだろうものの代表格がイージスという盾だろう。ここでは詳しい説明を省くけど、これは元々ゼウスの持っているものであり、それをアテナなどが借り受けた、というのが正しいらしい。素材はヤギの皮らしいしね。
まあ、それはともあれ。仮にも神様の使っていた盾のレプリカなのだ。単なる物理攻撃で敗れるとは思えない。それこそ、後ろにいる彼女のような大質量ヒヒイロカネをぶん回さない限り。
「……て、あれ?」
少しだけ余裕ができたので振り返ると、後ろに庇っていたはずの女の子がどこにもいない。さっきまではいたはずなのに。忽然と消えている。
どこに行ったんだ?と見回す。答えはすぐにわかったが。
「………え?」
ドゴォン!何かが直撃したかのような大きな音と共に、大量の土が降って来る。また襲撃か、と思って土を弾く。でも、そんなことはなく。
辺りが見えるようになると、地面に倒れ伏した巨大ムカデがいた。その頭は隕石か何かがぶつかったかのように消えていた。凹んでいるとか、潰されているとかそんな次元の話じゃない。木っ端微塵に爆散していた。体液と外骨格を撒き散らして、頭だけ消えたのだ。……ぶっちゃけ、グロい。
「……ウ、ウーン、ダレガヤッタノカナー?」
認めたくない。認めたくはない、けど……こんな惨状を作り出せるのは、相当の質量を持った物体だけ。そして、そのとんでもない物体を振り回す人を知っている。その人なら、理論上はこの惨状を作り出すことは可能だ。
何かが背中に触れる。この状況じゃ勝てないし、この光景を作れる人には逆らえる気がしないなあ。両手を挙げて、抵抗する意思がないことを示す。
「………ほんと、異世界ってとんでもない」
ゆっくりと振り向いたそこには、この惨状を作り出した張本人。ヒヒイロカネ製の棍棒を持った、あの女の子が立っていた。
ご丁寧に、棍棒を突き付けて。




