12話
「助かったー………」
サーッという音が流れ、温かいお湯が体表を流れていく。お湯と一緒に、余計なものも流れ落ちていくようだ。べたつきが取れたのを確認して、体を洗っていく。
ヴァルハラ内にはシャワールームだけじゃなくて、お風呂もあったんだよね。大浴場だったけど。訓練生や戦士たちが使うらしくて、よく来る時間には人がごった返しているのだとか。ただ、今日はラッシュを避けることができたから、僕一人の貸し切り状態となっている。さっきの戦闘もあったし、汗もかなり掻いてしまっている。部屋に備え付けてあるシャワーだけじゃ物足りないんじゃないかと考え、こっちに来たというわけだ。
「ふー……やっぱりお風呂があるといいよねえ………」
体をしっかりと洗い終えて、湯船に浸かる。シャワーは楽と言えば楽なんだけど、お風呂にはお風呂の良さがあると思う。むこうに行っても、お風呂には入りたいよね。ただ、あるかどうかわからないしなあ。携帯型のものを作った方がいいんだろうか。作りたいものは増える一方だね。
それにしても、と考える。今日戦った相手はとっても強かった。また戦っても、勝てるかどうか。次はまともに触れることができるのかも怪しいし。
「あのスピードであのパワーだしなあ………」
スピードもパワーもあって、それに慢心してるわけじゃない。技術があるし、おまけにタフだ。僕の全てにおいて上を行っている。どんなに上手く戦っても、勝てるイメージが湧いて来ない。まさにどうしようもない相手、と言うのが相応しい。
でもなあ。ゲイムロルさんには頑張るって言っちゃったし、負けて悔しいのも事実だし。また戦うときになったら、もっとまともに戦えるようにならないと。自分の言ったことだし、今さら曲げるわけにもいかない。
「うーん……筋トレ?いや、一朝一夕じゃすぐには増えないし………技術を習う?でも才能がないらしいから、一芸を極めた人には通用しそうにないし………」
あれやこれやと考えるも、いい案は浮かばない。壁に体重を預けて、天井を眺めた。天才って人はつくづく理不尽だねえ。こっちは必死でやってるのに、平気でそれを飛び越してくし。やってられねーぜ!と言いたくもなる。
「……ま、それを言ったら最初から負けを認めてるようなもんだしなあ」
努力では才能には勝てない。そんなことはわからない。自分の才能がどの程度かもわからないのに、初めから諦めていればそれが開花することもない。全力で、脇目も振らず、自分の限界を出し尽くして、それでも届かないんなら、弱音を吐いてもいいんだけども。僕はまだそこまで行ってないし。まだまだ弱音は吐けないんだよね。
ガラガラ、という音が響く。誰かが入ってきたんだろう。誰が入ってきたのか気になったので、少しだけ目を向けた。
「あ」
「あん?」
思わず声を上げていた。目に映った人には覚えがある。……というか、さっきまで会っていたし。忘れるはずもなかった。
「確か……同性愛の人!」
「ちげえよ、なんでそうなった!つか、なんでお前がこっちにいんだよ!」
たった今考えていた、筋骨隆々の戦士訓練生が立っていた。湯気で見えないけど、タオルで前も隠していない。惜しげもなく、その筋肉を晒していた。彼の筋肉はハンマー投げやバーベル上げの選手のように、しっかりとついている。つくべきところに最小限、というものとは違う。どっちかと言うと、ボディービルダーみたいな感じかな。厚い胸板、腕を曲げればすぐに盛り上がりそうな腕の筋肉、そして6つに割れた腹筋。これぞ漢、という言葉が合うかもね。
「ただ、サービスシーンなら普通女の子が相場、ってもんじゃない?」
「何言ってんだお前!?」
ここでゲイムロルさんでも入って来て、キャー!エッチ!みたいなシーンを読者は期待してたんじゃないのかな。何が悲しくて、こんなムキムキの男の人の裸を解説しなきゃいけないんだろ。というか、僕は何言ってんだろ?いまいちよくわかんなくなった。
ふざけるのはさておき。何故かこの人の顔が赤い。お風呂にはまだ入ってないよね。熱でも出したんだろうか。少しだけ心配になる。
「どうしたのさ?顔赤いけど」
「そりゃ、男湯に女がいればそうなるだろ!俺以外のやつが入って来る前に、早く出ていけ!」
女……?どこだろ、と見回すもどこにもいない。え、この人見えちゃう系の人?一流の戦士には霊感も備わってなきゃ駄目なのかな?そうだとしたら、僕弾かれそうだな。
「いや、お前だよ!他に誰がいるってんだ!」
「………もしかして、僕のこと?」
「そうに決まってるだろうが!」
目が点になってしまう。いや、まさか女と勘違いされるとは思ってなかったし。むしろ、男だと思っていたからあそこまでボコボコにしたんじゃないの?首を傾げてたものの、このまま放置しておくとめんどくさくなりそうだったので、真実を話しておくことにした。
「僕、男だけど?」
「嘘つくんじゃねえ!そんな男がいてたまるか!」
「いや、ここにいるんだけどね………」
頑ななまでに信じようとしない相手を見て、仕方ないと決めた。いくらなんでも、ついてることを知れば認めるはずだろう。動かぬ証拠になるはずだ。……正直、見せたくなんてないけれど。男同士でも恥ずかしいものは恥ずかしいのだし。いまだ目を背けているので、声を掛けた。
「わかったー、そこまで言うんだったら………」
「よ、よし!早く出てけ!俺は目でも瞑ってるから!」
「ん?いや、男だって証拠を見せるけど………」
ザバリ、と湯船から上がる。その瞬間、戦っていたときの迫力はどこへ行ったのやら。一目散に逃げ始めた。
「おわああああああああ!」
「え、ちょ、その反応は予想外なんだけど!?」
タオルを落とした彼を追って、僕は走り始めるのだった。
※ ※ ※
「ふう、いい湯でした」
私は大浴場から上がり、休憩所で涼んでいた。今回の生徒は根性が良く、3日で逃げ出すということもなかった。それに、努力家でもある。いい生徒が来てくれた、と喜んだものだ。
しかし、と思う。何故一緒に入ることを拒んだのだろうか。今日は結果としては残念だったものの、あそこまで食い下がれるとは思ってもいなかった。それを労うつもりで誘ったというのに。何がいけなかったのだろう。
「ぎゃああああああ!」
驚いて声のする方を見れば、物凄い速度で走り去っていくあの訓練生がいた。どうしたというのだろう。あの慌てぶりは尋常じゃない。それも、タオルすら巻いていないところを見れば、相当焦っていたのだろう。……男性の尻を見る羽目にはなったのだが。
「まさか!?」
男性の大浴場に何かが出たのか。訓練生すら逃げ出すような、恐ろしい何かが。こうしてはいられないと、愛用している槍を手に取る。中に誰もいないことを祈って、突入しようとした。
「ちょっと、せめてタオルぐらい持ってってよ!見えちゃうでしょうに!」
今度は別の人間が出て来た。が、こちらも知っている者だ。というか、教え子だった。
「何をしているのですか、あなたは!?」
「え、ゲイムロルさん?少し待ってください、タオルとか服とか渡さないと………」
教え子はタオルで下半身のみを隠している。上はまったく隠していない。少し筋肉はついているものの、まだまだ華奢と言うべき体つき。ちらりと見えるピンク色のものは、異性に見せてはいけないものだろう。いくら小さいからとはいえ。
「胸も隠しなさい!年頃の女がそんな恰好でうろついていいわけがありません!それ以前に、男湯には入らない!」
「え?いや、その………」
「とにかく!タオルの位置を変えて…………て?」
有無を言わさずタオルを剥ぎ取った。前を隠せるよう、タオルを開き……気付く。女にはついていない、それが生えていることに。
時間が止まったかのような気がした。何度瞬きをしても、それが消えることはない。つまり、この子は………
「い」
「い?」
「いやああああああああ!」
私はたまらず、その場から逃げ去っていた。それはもう、全力で。衝撃的なシルエットを見てしまい、それを頭から追い出そうとして。だが、忘れようとすればするたび、頭にこびりついてしまい……結局落ち着けたのは、日にちをまたいでからだった。
「………いや、叫びたいの僕なんだけど………というか、男のサービスシーンばっかり出してどうするのさ?」
残された巧はそう呟いていたという………




