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11話

 「……ここは………?」


 見慣れない天井。見慣れない部屋。ゆっくりと体を起こそうとすれば、激痛が走った。それでもなんとか我慢して、辺りを見回した。


 「起きましたか。体の調子は……と、聞くまでもなさそうですね」


 ゲイムロルさんが近付いて来て、何かを手渡してくれた。中身を見れば、薄い水色の半透明な液体が瓶に詰まっている。まじまじと見るけど、普通の液体じゃないよね。魔力のようなものを感じるし、色も着色料でも入れない限りこんな風にはならないだろうし。


 「これは?」

 「飲むタイプの回復薬です。流石に、その様子では体を動かすのも辛いでしょう?」


 首を傾げていると、手鏡のようなものを渡してくれた。その中に映っていたのは、真っ青な顔をしている自分の姿。今も体を起こしているだけで辛い。そのせいもあって、明らかに体調は悪いのだろう。ありがたくいただくことにした。

 瓶の蓋を開けて、一気に流し込む。ドロッとしたような感覚はなく、むしろ水のようにサラサラとしていた。それでいて、水よりも軽かったかもしれない。


 「……結構苦いですね」

 「そういうものです。というか、よく(むせ)なかったですね」


 ゲイムロルさんが不穏なことを呟いた。え?という目で見ると、しれっとした顔でこう返される。


 「その回復薬は効果がいいのですが、どうやらとてつもなく苦いらしく。初めて飲んだ者は大体咽るのです。その後、飲みたくないと言い張りますね。自分で治せるから大丈夫だと。まったく、軟弱なことです」

 「……そんなもの、よく飲ませる気になりましたね………」

 「私が教えているのです、明日までには治していなければ困ります。もう効果も出て来ているでしょう?」

 「あー、そういえば………」


 体を起こしているのに、まったく辛くない。お腹の部分も触ってみたんだけど、骨も折れている様子はない。天井から床に叩き付けられたんだから、折れてるとは思ったんだけど……これもあの回復薬の効果なんだろうか。そうだとすれば、本当に凄いと思う。

 ……味は酷かったけどね。また飲みたくはない、って言うのがよくわかる。苦味しかないんだけど、その苦味がいつまでも舌に残ってる。飲んだ後の唾液ですら、苦く感じる。口の中からしばらく苦味が取れない、っていうのが感想かなあ。それも、コーヒーみたいな嗜好品の苦味じゃなくて、どっちかと言うと……薬のなんとも言えない、好き好んで飲む人はいないような苦味なんだよね。それが何十倍にも濃縮されて、舌に残ってるんだから最悪という他ない。ゲイムロルさんの善意で貰ったから顔には出さないだけで、正直何度も口にしたいものではない。今回だけで十分だよなあ、みたいな。


 「話を戻しましょうか。よくあそこまで食い下がれましたね」

 「そう、ですかね?僕、たぶんですけど負けたんですよね?」


 思い出すのは、膝をついた相手の姿。その代わり、僕は意識を失った。完全に倒れ切っていなかったし、僕の負けなんだろうなあと思っていた。そして、それは紛れもない事実だったらしい。ゲイムロルさんは頷いた。


 「ええ、あなたの負けです。あなたはここまで怪我をしたのに、相手はたんこぶを作ったのみ。ひょっとすれば、睾丸が潰れているかもしれませんがその程度です。意識を失うということはありませんでした」

 「睾丸潰れてれば、十分大怪我だと思うんですけど………」


 あはは、と苦笑いを浮かべるしかない。あれは男にしかわからないような痛みだからなあ。相手の人には悪いことしちゃったかも。そんなことよりも、と顔を両手で掴まれる。目が据わっていて、結構怖い。やっぱり、負けたことを気にしてるのかな。私が教えているのに、あんな戦いをして!許しません!って感じなんだろうか?だとしたら、申し訳ないかも。もう少し善戦したかったしね。


 「あなたは戦ったことがない、と言っていませんでしたか?」

 「………へ?」


 予想だにしない質問で、変な声を上げてしまった。それに、目も点にしているかもしれない。僕を問い詰める雰囲気は変わってないけどね。


 「先ほどの戦いですが、妙に手慣れていませんでしたか?金的のときなど、戦い慣れていなければ思いつかなかったでしょう。嘘をついていたのですか?」

 「ああ、そういうことですか」


 ようやく納得がいったので、ポンと手を打った。そりゃあ、不審に思うはずである。それと同時に、嘘をつかれて許せない程度には仲良くなれたのかな。そんなことも頭を掠めた。


 「昔やんちゃをしてたもので。喧嘩ぐらいならいくらかやってたんですよ」

 「喧嘩ですか?」

 「そうですね。とは言っても、せいぜい殴り合いぐらいなものでしたから。それこそ、命のやり取りみたいな『戦い』には縁がなかったんです」


 懐かしいなあ。中学生の頃はまだまだ子供っぽかったから、ちょっとしたことで腹を立ててたっけ。で、安っぽい喧嘩を売ったり、買ったりで傷だらけだった覚えがある。確か、あのときだったんだよね。そう簡単に拳を振るうな。安っぽい拳で何が守れる。って叱られたのは。


 「なるほど。では、少し慣れていたのは喧嘩で場慣れしていたからなのですね?」

 「はい」

 「そうですか。わかりました。次からはそのことも頭に入れて、訓練を組みましょう。できる幅も増えそうですね」

 「あれ?お叱りはないんですか?」


 ウキウキとした様子で部屋を出ようとするゲイムロルさんを呼び止めた。彼女は振り返って、不思議そうな顔で僕を見ている。


 「何故ですか?」

 「いえ、負けたので………」


 てっきり、叱られるものだと思っていた。目に見える結果を出せなかったし。


 「それは別に構いませんよ。誰でも負けることはあります。そこで諦めて、なよなよしている者は叱りますが……あなたは諦めていないでしょう?」

 「はあ、まあ………」


 このまま終わるのは悔しいし、何よりむこうに行ったら仕方ないでは済まされない。諦めるという選択肢はなかった。選ぶつもりもない。よろしい、とゲイムロルさんは頷く。


 「それに、今は勝てなくても仕方ありませんよ。彼は最年少で戦士へと上がれそうな訓練生ですから。鍛えている期間もまるで違いますし、訓練生の中では一番力があります」

 「……よくそんな相手と戦わせましたね………」

 「成長のためですから」


 しれっとそう言う彼女は、やっぱり鬼だなあ。心の底からそう感じた。でも、まあ………去り際のウインクが可愛かったから、口に出すのはやめておくことにした。

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