14話
それは今から5年ほど前のこと。僕が中学に入って、そこまで時間が経っていない頃のこと。中学1年の夏、初めての期末試験で恐ろしい結果に頭を抱えていた頃の話だ。
ちなみに、意外に思うかもしれないが。僕こと万巧は勉強ができない。どれぐらいできないかと言うと、ファンタスティックなレベルでできない。中学で底辺を彷徨っている程には成績が悪かった。国語、数学、理科、社会、英語の5科目は全滅、満点中の2割取れればいい方であった。一桁であったことも普通にあった。
中学に入ってから、初めての期末テスト。結果は惨憺たるもので、5科目すべて10点台。保健体育や家庭科に至るまで、ほぼほぼ全滅。補講こそなかったものの、宿題は山のように出されるという結果に頭を抱えていたのだ。
通知表もひどいもの。とある二科目を除き、3もしくはそれ未満。というか、2以下の方が多い。ひどいと言うしかない結果だった。内申点など最初から期待するだけ無駄な数値である。そのせいもあって、高校もほとんど底辺校へと行くことになったのだが……それはまた別の機会に話すとしよう。
さて、話は戻る。僕は元々背が低かった。そりゃ結構低い。背の順でも前から数えた方が早い、というレベルでもなく。一番前になるぐらいである。中学生ともなれば成長期だ、周りはどんどん背が伸びていく。僕にとって、低い身長はコンプレックスであった。
もう一つ。中学生とは成長期でもあるが、思春期真っただ中でもある。女の子も異性の目を意識し始めるし、男だって女の子からよく見られたいがために馬鹿をすることが多い。そんな中、容姿がそれなりに整っている僕は女子受けがよかったのだ。
モテる、とは少し違うか。マスコットのような立ち位置。女の子によく絡まれ、特殊な環境で育ったがために、上手い対応の仕方もできた。つまり、女子から人気ではあったのである。うちの中学にはこれといったイケメンがいなかったのもあるかもしれない。
ここで面白く思わないのは同校の男たちだ。僕は逆恨みをされ、喧嘩を吹っ掛けられることが多かった。それも僕から仕掛けるように。男たちは僕のコンプレックスを刺激し、逆上するように仕向けたのだ。それに、複数人で襲って来ることもよくあった。そのため、最初はボコボコにされていた。
が、あまりの頻度に自然と慣れ。いつの間にか、喧嘩で負けるようなことはなくなった。殴りに殴られ続けたので、ちょっとやそっとの痛みでは怯まなくなったのが大きいのかもしれない。殴られたら殴り返す。どちらが先に倒れるかというチキンレースのようなもの。それでも、喧嘩をしようとするやつは日によって違うことも多い。場数はどんどんと増えていき、気付けば中学を代表するような強さにまでなっていた。流石に先輩を捻り上げてしまったときにはやり過ぎたか、とは思ったけども。
爺ちゃんに止められてからは自制するようにもしたのだが、今度は別の方法を使ってきたことがあった。そのときは怒りを抑えることなどできず、相手を再起不能になるまで殴り倒したことがあった。病院送りにしてしまったが、そのときばかりは頭を下げる気もなかった。下げたくない頭は下げられなかったから。
兎にも角にも、中学時代は荒れに荒れていた。喧嘩ばかりして、爺ちゃんに怒られ続けたのは今でも覚えている。今から思えば、親不孝者だったのだろう。
ようやく本題に入ることができる。病院送りにするのは時系列的にまだ先の話であるが、中学1年の夏には既に喧嘩で強くなっていた。となると、女の子が僕を見る目も変化してきてしまったのだ。
友人から聞いたのだが、『小学生のときは足の速いやつ。中学生のときは強いやつ。高校生のときは頭のいいやつがモテる』のだそうだ。ただ、顔がそれなりに整っていることが最低条件ではあるらしい。
僕はそれなりに顔は良く、喧嘩には強く、社交性もいい方ではあった。……男相手だったとしても、仲良くなろうとする意志があれば仲良くはしてただろう。そんなやつが一人もいなかっただけで。
結果として、中学生のときはモテていた。前にも言ったが、辺鄙なところだったこともあり、顔立ちのいい男がいなかったこともある。女子たちからすれば、適度に手を出しやすく、適度に付き合いやすそうな人材であったのだろう。女の子からの誘いは自然と多くなり、女性慣れもしてしまうこととなった。
……それがいけなかったのだろう。妙に慣れてしまったせいか、夏休みに入る前。学校帰りにちょうど女子の一人に呼び止められた。何故呼び止められたのかは薄々気付いていた。これまでにも幾度となくあったことだし……今回も表情や仕草を見る限り、そうであるだろうという予感があったからだ。
「あ、あの……私と付き合ってください!」
彼女は容姿端麗、というほどではなかったが、小動物のようで可愛らしかった。おどおどとした様子も庇護欲を誘い、まるで小動物のようであった。背丈も小柄な方で、僕と釣り合いも取れていたはずだ。
「……いいよ、別に」
いつもなら断っているのだが(面倒なことになるのは目に見えてるからだ)、この日はなんとなく付き合ってみようという気になった。彼女に魅力を感じていた、という気もなくはなかった。だが、やはり後から考えるとなんとなくだった。付き合ってみようと思っていたのだ。
彼女は花が咲いたように喜び、携帯のアドレスを交換した。その日から人生初の彼女ができたのだった。
……ただ、それは大きな間違いだった。そして、これこそ僕が自身をろくでなしだと思う最大の理由であったのだ。
「巧君……もう別れよう………?」
切り出されたのは、そろそろ2学期が始まろうかというときだった。悲しそうに俯く彼女に、僕は動揺していた。
「どうして……?それなりに上手くやって来れただろ………?」
そう、自分では自信があったのだ。色んな女子に聞きまわったり、ネットを使ったりして、デートも満足できるように配慮したつもりだった。だから、急に別れを切り出されたことは驚きでしかなかったのだ。
「……だって、一緒にいても楽しくないよ………巧君、他のことを考えてばかりじゃない………」
ぐうの音も出ない。僕は考え事が多い。特に、夏ともなればコンクールの作品を提出しなければならないのだ。小学生の頃は金賞をよく取ってたし、何より物を作ることが楽しかった。そのせいもあって、何かを見るたびあれを作ろうか、それとも別のものにしようか。などと考えていることが多かったのだ。それはデート中だろうが構わずに。
ごめん、と口に出そうとするも、なかなか声にならなかった。その間に、彼女は話を進めていく。
「まだ、今なら好きなままで別れられるから……このままだったら、私嫌いになっちゃうよ………」
「……ごめん………」
「ううん……さよなら………」
彼女は無理やり笑って、首を横に振った。一言だけ別れの言葉を残して、その場を去っていった。残されたのは僕一人だけ。
しばらく立ち尽くし、とぼとぼと家に帰る。その頃にはまだ爺ちゃんがいて、いつものように迎えてくれた。様子の違う僕に戸惑っていたが。
「どうした?」
「……彼女と別れたんだ。一緒にいたのに、あの子のこと全然見てなかったからさ………」
爺ちゃんには彼女のことも話していた。中学生だったけど、仲は悪くなかったから。それどころか、尊敬もしてたと思う。自分の憧れとして。
「……そうか」
「うん………」
「巧」
「何………、ッ!?」
顔を思いっきり殴り飛ばされた。急に殴られたこと。何より、爺ちゃんが殴ったことに驚き、殴られた頬を押さえていた。
「馬鹿モンが。なんとなくで付き合って、相手を傷つけ、あろうことかそれに気付かないような子に育てた覚えはないわ」
爺ちゃんは怒っていた。12年間生きてきたけど、始めて叱られた。それまで注意ぐらいで済まされたけど、怒られたのはこれが初めてだった。
「痛いか?」
「………うん」
「お前が付き合ってたあの子はな、もっと痛いはずだ。心の傷ってのは見えない分、残りやすい。そして、ちょっとやそっとじゃ治らない。治せない。お前はそれだけのことをしたんだ」
爺ちゃんに責められて、ようやく自分がとんでもないことをしたという自覚に気付く。自分が好きなように生きて、そのせいで他人を傷つけた。そのことに、ようやく気付いたのだ。
「ごめんなさい………」
「儂に謝るな。謝るなら違う相手がいるだろう?」
「………うん」
すぐに家を飛び出し、彼女だった子の下へと駆けた。許してもらおうなどとは思っていない。ただ、傷つけたことをきちんと謝るために。




