11話
目の前に立つ女は自然体といった様子だ。警戒など必要ない、と言われているようで苛立ちはさらに強まっていく。武器の使用は禁止としたが、何かの弾みで抜いてしまうかもしれない。それほどに、フェルトという女が嫌い……いや、はっきり言えば憎んでいた。
後から考えれば、嫉妬の気持ちも混ざっていたのだろう。タクミはこの女を信頼していたから、悔しかった。もっと自分のことを信じて、頼ってもらいたかった。幼稚な理由だったのだ。すべてを知ったときにはそう結論付けざるを得なかった。何故なら、あいつはすぐ他人に頼るが……決して、自身の本心など打ち明けない。踏み込ませない。孤独で戦う人だったから。
「この硬貨が落ちたら始めだ。いいな?」
「ああ」
身体に雷が纏わりつく。雷の力を体に纏うことで、爆発的なスピードを得られるのだ。あいつの戦い方は知っている。パワーやタフネスで勝てるとは思っていない。それなら、スピードで撹乱するだけだ。元々の戦い方にも合っている。下手に変えるよりはいいだろう。
今となってはもはや何の意味も持たない硬貨が指で弾かれる。硬貨はクルクルと宙を舞い、ゆっくりと地面へ迫っていった。
「シッ!」
硬貨が地面に落ちた瞬間、あたしはあいつの眼前にいた。スピードにはそれなりに自信があった。仲間内じゃ一度だって追いつかれたことはないし、魔物相手のときだって後れを取ったことはない。だから、驚けばいいとさえ思っていた。
拳が頬に突き刺さる。真正面に入った。手応えもある。このまま離脱して、繰り返せばいい。そう思っていた。
「……こんなもんかよ」
動きが止まった。いや、止められた。鬼人族の女はあたしの拳を受け止めていた。手を使わず、頬で。まるでダメージが入っていないのだ。冷たい目であたしを見返すだけだった。
すぐに距離を取ろうとしたが、遅かった。腕を掴まれ、さして力を入れていないようなパンチが腹に叩き込まれた。
「ぐあ………ッ」
溜めに溜めた拳でも、技術を駆使して放ったものでもない、軽いパンチ。たったそれだけだというのに、魔物に突撃されたときのような衝撃が襲う。空気がすべて肺から出ていき、身体が必死で酸素を求めていた。
今の一撃で完全に理解した。こいつとあたしの間には絶望的なまでの差がある。もはや子供と大人程の差が。いつもデカい口を叩いているが、なるほどこれは大口を叩くぐらいには強い。
「終わりか?」
拳によって地面に転がされたあたしを見下すように前に立つ。その瞳に興味や呆れという感情はなく、無関心というのが正しいだろう。あたしのことなど、眼中にもなかったのだ。さっきまでは単に鬱陶しかっただけ。本当なら、絡みもしないのだろう。そんな必要も価値もない、と。
「な、めんなあああああああ!」
魔力を解放し、殺すつもりで雷撃を放つ。僅かに逸れたが、あいつの頬に一筋の傷ができる。完全に通用しないわけでもないらしい。
意外そうに眉を上げ、足を振り下ろす。ゴロゴロと転がるように回避するも、完全には躱し切れない。吹き飛ばされ、空気を吐き出す羽目になった。それでも立ち上がり、再び足を動かす。
それは戦いや試合というよりは、意地をぶつけているようなもの。吹っ飛ばされては向かって行き、何度も何度も拳を叩きつけた。攻撃が通ってないのかと思っていたものの、雷を纏った攻撃ならばいくらかはダメージが入っていた。つまり、まったく歯が立たないわけではないのだ。
「チッ、うざってえ………」
なかなか倒れないあたしに痺れを切らしたのか。攻撃の手は緩むどころか、激しくなる一方だった。だが、こちらとて今さら引けるはずもなく。立ち上がることを止めなかった。互いが譲ることを知らないため、どちらも血だらけだった。あたしの方がひどくはあるが、必死に食い下がったこともあり、あいつにも傷をつけることはできている。
「ティオ、これ以上は無理よ!もうやめて!」
「ナトゥラ、悪いけど……こいつだけは見逃すわけにはいかねえんだよ」
あたしたちのことは構う価値もないというかのように、話も交わさず。仲間のことをくだらないと切り捨て。そして、あたしを救ってくれた恩人のことを弱いと嘲笑う。我慢などできるわけがない。仲間のことを馬鹿にされた時点で、あたしだって相当頭に来ていたのだ。
嫉妬と怒りがごちゃ混ぜになり、殺意にも近い気持ちを抱いていた。相手も苛立ちが最高潮にまで達したのか、終わらせようという気が伝わって来る。
そんな状態であったからか。互いが自身の武器に手を掛けるのは時間の問題であった。
「……!待って、武器は使わない取り決めだったでしょう!?」
「うるせえ、黙ってろ……部外者が口を出すんじゃねえ」
「……けど!」
血が流れる鬼のような女の視線で、ナトゥラも一瞬怯む。けれど、やはり身を案じてくれているのか。この勝負を止めようとした。
「……すぐ終わらせるさ」
「ティオまで………!」
「……今だけは気が合うな。終わるのはお前だが」
「馬鹿言うな、お前を終わらせてやる………!」
鬼人族の棍棒が炎に包まれる。紅蓮の炎は棍棒に纏わりつき、ただでさえ殺傷力の高い武器がさらに危険となる。確実にあたしを殺しに来ている。
あたしも負けるわけにはいかなかった。再度身体に、そして今度は剣にも雷を纏わせる。
「………………」
「………………」
しばし、睨み合う。今のあたしたちの頭にはどうやって相手を殺すか。それしかなかった。
ハラハラと互いの間に木の葉が落ちる。次の瞬間、動いていた。勿論、相手も。
相手の狙いは頭。対するあたしの狙いは首。どちらも一撃必殺の攻撃を放つ。
「そこまで」
パリパリパリッ!何枚もの薄い透明な板が割れていき、殺そうと狙っていた攻撃が止まる。誰が止めたのかと怒りの目を向ければ、そこに立っていたのはよく知っている人物で。
「……君らは何をやっているんだい?」
ペンダントを構えたタクミがそこにはいた。




