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10話

 「よし、そんじゃ始めるか!」


 手にした剣を構え、目の前の魔物と向き合う。相手は強くないとはいえ、今回は条件もある。気を引き締める必要があるだろう。

 目の前に立つ……というか、いるのはあたしの身長よりもずっと低く、丸いデザインの魔物。手も、足も、目でさえあるのかわからない、よくわかっていない魔物。スライムであった。

 まあ、正しくはスライムの亜種。フレアスライムという種であるのだが、ここはどうでもいいだろう。大事なのは、こいつの素材が必要であるということなのだし。


 「……いっぱい採って帰れば、きっとタクミも………」


 必要としているのはあたしではなく、タクミの方だった。ろぼっと?とやらの関節部に必要なものらしい。部品と部品が合わさるところに、クッションとして使うのだとか。中身は自前で用意できるものの、中身を入れるための容器がないという話だった。そのため、容器としてこのスライムが。より正確には、スライムの皮膜に白羽の矢が立ったのだ。

 スライムは衝撃や斬撃に強く、破れたところで皮膜は戻るという不思議な性質がある。加工すれば良質なクッションとなるのだ。そのため、今回も使えるだろうと判断したのだ。提案したのは癪なことに鬼人族の女の方だったが。魔物とはよく戦っていたため、素材については知識が抜き出ていたのだ。……なんか悔しい。


 「……クソ、捕まってなけりゃあたしだって………」


 いいところ見せられたのに。そうは思うのだが、捕まっていなければナトゥラたちとも会えず、ひょっとしたらタクミとも会えてなかったかもしれない。運命というものがあるなら、奇妙なものだと考えてしまう。

 さて、話は戻る。フレアスライムの皮膜を大量に必要としたタクミは、あたしたちに採って来てくれるように頼んだ。そろそろ体を動かしたい頃でもあったし、そもそもあいつには返し切れないほどの借りがある。断る理由など微塵もなかった。

 あたしを含め、数人で素材の採取へと赴いている。その中にはあの鬼人族、フェルトという女もいた。タクミはこいつを随分と信頼しているようで、どらぐーん?という空を駆ける機械まで貸していた。それに、武器のメンテもしてもらっていた。


 「別に、それだけなら構わねえけどさ………」


 接していてすぐにわかるのだが、タクミは差別という言葉からは程遠い。人族相手は当然、鬼人族だろうが、アマゾネスだろうが、エルフだろうが、ドワーフだろうが、獣人だろうが構わず接する。態度が変わるのは明らかに悪いことをしているときや理不尽を強いているときぐらい。怒りの理由がわからない、ということはまるでなかった。……というか、ここだけの話。タクミはドワーフとの話の方が弾んでいるような気さえしてくる。根っからの職人気質なのかもしれない。

 少し脱線した。要は誰にでも優しさを向けているのだから、あの女に対して優しいのも納得だ。あたしが気に入らないのは、あの女がそれを当然のように受け入れているところである。


 「ッ、の女………!」


 思い返すだけでも腹が立ってくる。すれ違ったスライムはコアを潰され、呆気なく絶命していた。スライムはコアを潰されると死ぬのだ。その代わり、コアを潰されない限りはすぐに傷を修復してしまうが。

 フェルトとかいうあいつは礼を言うどころか、短く返事をするだけで済ませるのだ。無口なだけであればまだ許せるが、そういうわけでもない。まるで、会話を交わす必要はないとでも思っているような。どことなく、奴隷とその主の関係のようで、尚更腹が立ってくるのだ。


 「……チッ」


 文句が言えれば楽だが、あいつはやるべきことはやっている。今だって戦えないやつの代わりに、魔物を倒しているのはあいつだ。それも異常なスピードで。あたしとあいつが戦うことになれば、そう長くは保たないだろう。それだけ実力が高い。

 ただ、愛想がない。タクミとは最低限交わす会話も、あたしたちとはまるでしない。苛立って気持ちをぶつけたところ、その価値もないからと返して来やがったのだ。本当にムカつく。


 「ティオ、大丈夫?」

 「……ああ。早く終わらせて帰ろうぜ。タクミのこともあるし………あいつとは長くいたくもねえ」

 「………そうね」


 心配したように近付いてきたナトゥラも、鬼人族の女に対しては意見が同じだった。精霊が近付かないとか、悪人とかいうわけではないらしいのだが……どうにも嫌な女、というのがあたしたちで一致している意見だった。

 その後、しばらく採取は続いたが……微妙な空気が晴れることはまるでなかった。


※               ※               ※

 「これで数は十分だったか?」

 「ええ、これぐらいでいいと思うわ」


 ハイペースで進められることと、魔物の生息圏が広がったことからなのか。三度目の休憩を入れる時間帯には、頼まれていた量を集められることができた。時間的にはまだまだ昼を少し過ぎたほど。帰るのに予定していた時間よりもずっと早かった。

 今は食事をしながら、これからどうするかについて話している。勿論、あの女は別のところで食べている。一緒にいるとイライラが止まらないので、これでよかっただろう。そもそも、言い出したのはむこうだしな。


 「あのさ、もしよけりゃあなんだが………」

 「何?」

 「もう少し採っていかないか?失敗したときに予備があった方がいいだろうし、もしかしたらまだまだこれからも造るかもしれねえだろ?そのときに素材があれば喜ぶかな、って思ったんだが………」


 それに、タクミはヴォルドやガドルにも工房を貸している。ヴォルド、ガドルというのはあたしの仲間で、ドワーフである。どちらも職人で、タクミの作品を見てひどく興奮したようだった。あたしから見れば二人とも大した腕前なのだが、その二人をしても次元が違うと言わせているのだ。タクミが凄いことはすぐわかる。

 話を戻して、ヴォルドやガドルもそろそろ何かを作りたいと考えているだろう。なにせ、二人とも職人だからな。何かを作っていないと落ち着かない、と言うほどだし。アイテムボックスもあることなので、スライムの皮膜以外も採って帰ろうと考えたわけだ。

 ナトゥラを含め、他の仲間も異論はないらしい。午後の方針を決めて、食器を片付け始めたときのことだった。


 「暢気なもんだな、お前らも」


 呆れたような声。振り向けば、鬼人族の女が立っている。自然と睨むような目で見てしまう。仲間たちも程度は違えど、よく思っていないのは歴然だった。


 「どういう意味だよ?」

 「仲間だのなんだの言ってる暇がありゃ、強くなろうとしろってことだ。くだらねえ」


 あいつはどうでもよさそうな目であたしたちを見ている。沸点が元から低いラウル――――狼の獣人だ――――が噛みついた。


 「んだと!ここに来る前から思ってたが、てめえ何様のつもりだ!?」

 「別に何様でもねえが。自分より弱いやつに対応するのも面倒なのさ。特に、群れたぐらいで強くなったと思い上がるやつらなんかにはな」


 頭に血が上ったラウルを押さえ、改めてこいつに向き直る。ただし、今度ははっきりと敵意を持って。


 「そりゃ悪かったな。そんなに不機嫌なら先に帰ってりゃどうだ?あたしたちは歓迎するぜ」


 かなりどころか、非常に遺憾ではあるが、実力の差ぐらいは弁えてる。下手に手を出して、仲間が傷つくよりは我慢して消え去るのを待った方がいい。


 「そうだな。弱いもの虐めしてたってつまらねえし」

 「こいつ、まだ………!」

 「……よせ。これ以上引き止めるな。余計に不愉快になるだけだろ」

 「………ッ!」


 ラウルが怒りの言葉を呑んだ。そんなあたしたちに鼻を鳴らし、機械の方へと歩いていく。


 「そんなに悔しいなら慰めてもらえよ。弱いやつら同士お似合いじゃねえか?あいつもそれぐらいはやってくれるだろ」


 ただ。去り際に呟いた言葉だけは耐えることができなかった。あいつ、というのが誰なのか。想像できてしまったから。


 「……おい」

 「なんだ?」

 「あいつって、タクミのことか?」

 「それ以外に誰がいんだ?」


 確認が取れた瞬間、あたしは拳を叩き込んでいた。まるで利いてないが、そんなのは関係ない。こいつだけはもう許せない。その感情だけが心を支配していた。


 「やんのか?」

 「やってやるよ、クソ女………!」

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