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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
最終章 脳筋夫婦、とっても頑張る
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百六十七話

『リンゼイ、どうするの? 一回、現代に戻る?』

「いえ、それは出来ないわ。もう、もしかしたら未来は変わっているかもしれないし」


 ヴィッシュ・リトルが購入するはずだった『水蛇ヒュドラの首飾り』をリンゼイが手にしてしまった。未来に影響を及ぼしている可能性が大いにあった。


「ここでどうにか決着をつけるしかない、というわけですね」

「ええ……」


 これからどうするのか。

 滞在は三日間だけ。それまでに、どうにか解決をしなければならない。


 情報の整理から行う。

 まずは『水蛇ヒュドラの首飾り』について。

 ヴィッシュ・リトルは不死の水蛇ヒュドラの首を所持しているか否か。それが大きな問題である。


『ねえリンゼイ。わたし、奴の研究所に潜入捜査して来ようか?』

「相手は妖精の専門家だし、危険だって」

『ちょっと妖精に詳しいだけでしょ? リンゼイは、何か作戦はあるの?』

「……」


 研究所ごと爆破。そんな雑な作戦を発表する。


『爆破しても、水蛇ヒュドラ自体は破壊されないと思うけどね。魔防、かなり高いみたいだし』


 詰んだ。

 リンゼイは項垂れる。


『リンゼイ、さっと行って、さっと戻って来るからさ』

「……」

『エルベールから貸して貰った道具も使わなきゃ悪いし』

「でも、やっぱり不安っていうか」

『大丈夫だから! わたしに任せてよ』

「う~ん」


 クレメンテとリンゼイは他の作戦をと主張していたが、結局妙案は浮かばす、最終的には、リリットにお願いをすることになった。


 夜。

 中央広場近くの宿屋までリリットは単独で飛んで行く。

 姿消しの魔術は精度を上げ、精霊や妖精族にも姿が見えないような術式を施す。

 本人が出掛けたのを確認したのちに、宿屋の潜入を開始した。

 受付の情報盤を解析して、関係者しか知りえない情報を頂いた。それから、ヴィッシュ・リトルを研究所のある場所を調べる。部屋は地下だった。

 階段を降り、薄暗い廊下を進んで行く。


 ヴィッシュ・リトルの部屋は廊下の突き当りにあった。

 受付の情報盤にあった情報を鍵の魔法陣に打ちこめば、扉が開く。


『うう~~、嫌な予感しかしない~~』


 独り言を呟きながら、暗い部屋を飛んで行く。

 内部は宿屋の内装と言うよりも、ごくごく普通の研究室に見えた。

 部屋の規模はかなり広い。

 扉に行き当たり、リリットは扉の取っ手を捻った。


『――!?』


 部屋を見た瞬間に、全身鳥肌が立つ。同時に、噎せるような獣臭が鼻孔を襲った。

 淡く発光する人工精霊がいくつも飛び交い、薄暗い部屋を不気味な雰囲気にしていた。

 ゆらり、ゆらりと漂う人工精霊に照らされるのは――。


『な、なに、これ……?』


 棚にびっしりと並べられた瓶の中には、液体に浸かった妖精の姿があった。


 耳を澄ませば、さらに奥にある部屋から、低い獣の唸り声が聞こえる。

 同時に、カチャカチャという、金属音も響いていた。

 リリットは自らの震える肩を抱きながら、声のする方へ飛んで行った。


 奥の部屋の扉は僅かに開いていた。そこから、リリットは内部を覗き込む。

 獣臭はここから流れてきたことを知る。

 ここも、妙な雰囲気だと思った。

 ヒュウヒュウという、よく分からない音も響いている。


『っ!?』


 突然、暗闇より赤い光が浮かんでくる。

 それは一つだけではない。十六もの光全てが、リリットに向いていた。

 モゾリと、何かがうごめくような気配がする。

 空間を漂う人工精霊が、部屋に居る何かを照らす。


「――大人しい子だろう?」

『ぎゃああああああっ!?』


 リリットは背後からの突然の囁きに、悲鳴をあげてしまった。


 振り返れば、ほんの数分前に出掛けたはずのヴィッシュ・リトルの姿があった。

 リリットの小さな体はあっさりと手のひらに捕獲をされてしまう。


『リ、リンゼイ、ごめんよおおおおお!!』


 出来る限りの抵抗を行ったが、逃走は不可能。

 リンゼイの言う通り、相手は妖精について知り尽くした男だった。


 ◇◇◇


 リリットの潜入の様子は、リンゼイの持つ鏡と繋がっていた。

 これは何かあった時に使うようにと、エルベールが貸してくれた魔道具である。

 もう一つの、小さな手鏡に移した景色を見ることが出来るのだ。


 その魔道具のおかげで、ヴィッシュ・リトルの部屋の様子は異様だということは十分に伝わっていた。

 途中、獣のうなり声が聞こえた瞬間にリリットに帰って来るように訴えたが、反応が全くなかった。

 迎えに行こうかと立ち上がった時、人工精霊が部屋の奥にあった存在モノを照らす。

 それは、宿の部屋に収まるほどの、小さな水蛇ヒュドラだった。

 その事実が明らかになったのと同時に、リリットが悲鳴をあげ、内部の様子を繋げる通信がブツンと切れた。


「うわ、ヤバっ!」

「急ぎましょう」


 出入り口に転移陣を敷いておくように言っていた。

 なので、移動は一瞬である。


「クレメンテ、水蛇ヒュドラが居たけど」

「はい」

「覚悟は?」

「出来ています」


 クレメンテはノムから作って貰った毒耐性の全身鎧を纏っていた。

 リンゼイも、母親から贈られた純白の外套に、精霊石の首飾りをつけ、自慢の硬い水晶が付いている杖を手にしている。


 二人は転移陣に入り、リリットの待つ宿屋の地下に移動をした。


 扉は既に閉まっていた。簡単に開かないように、難解な封印がされている。

 リンゼイは『黒の砲弾ネラ・カノーネ』で爆発させようとしていたが、近くにリリットが居るかもしれないと止められた。


「火竜の炎で燃やします」

「あ、その方がいいかも」


 火竜の炎はクレメンテの意のままに現れ、魔術を施した扉を薄い紙のように燃やしていく。


 リンゼイは光球をいくつも放ち、部屋を明るくした。


 ヴィッシュ・リトルとリリットは部屋の隅に居た。

 ねっとりとした視線を、リンゼイとクレメンテに向けている。


「ああ、人間のお客さんか、久々だなあ……」


 左手には瓶を、右手にはリリットを持った状態で振り向く。


「今、妖精漬けを作っていたんだ。作り方は、生きたままの妖精を、封印液シール・リキットに入れるだけ。とても簡単だろう?」

「その子を離して!!」

「いや、彼女は、わたしを訊ねて来たんだ。ここでの歓迎をしなければならない」


 昼に見かけた時から話が通じない相手であることは分かっていたが、想像以上にイカれた男だった。

 リリットを一人で行かせたことを深く後悔する。


「この、封印液シール・リキットは特別製で、少々粘り気がある。もがけば、もがくほど、体に纏わりついて、苦しくなって、最後に、ふふ、気持ちよくなる」


 狂人としか言いようがない男の語りに絶句する。


 部屋の中にも、大量の妖精の瓶詰が置かれていた。

 壮絶な表情のまま閉じ込められた妖精の様子は痛ましいものである。


「あなたは、どうしてこんなことを?」

「妖精がわたしをうらぎったからだ」

「それは、どういう――」


 無視されると思ったが、ヴィッシュ・リトルは饒舌に語り始めた。


 幼い頃、妖精の物語に魅せられた少年は、この世にはあまり縁のない小さき存在モノと友達になることを夢見た。

 その思いは、成長しても薄れることなく、むしろ夢は大きく膨らんで行った。

 初めて妖精の召喚に成功したのは十一歳の頃。

 彼が初めて願ったのは、『話をして欲しい』、ということだった。

 とても楽しい時間を過ごす。

 別れ際に、妖精は対価を要求した。それは、彼の『恐怖心』だった。


「それまでのわたしは、様々な恐怖心に支配をされていた。だが、妖精はわたしの恐怖を取り除いてくれたんだ!」


 それから、何かに取り憑かれたように妖精召喚を続ける。

 充実した毎日だった。

 妖精はちょっとした対価と引き換えに、彼の夢を叶えてくれたのだ。


「――そして、わたしは彼女に出会った!!」


 それは二十九歳の頃だったと語る。

 ヴィッシュ・リトルはある妖精を召喚した。

 それは、小さな花の妖精だった。

 今までの妖精は黒くて目が赤く、二足歩行の獣のような妖精だったのに、花の妖精は美しい少女の姿をしていた。


 花の妖精は今までの妖精と全く違った。

 優しく、可憐で、とても清廉な妖精だった。

 しかも、対価はその辺に咲いている小さな花を望み、ヴィッシュ・リトルの持つ感情、骨や血肉は必要ないと言ってきたのだ。


「いつしか、わたしは彼女を好きになった」


 恋心など、とうの昔に対価として捧げていたかと思っていたが、彼の中に残っていたのだ。


「わたしは、共に在りたいと願った――だが、彼女は最後の最後に裏切ったのだ」


 ヴィッシュ・リトルは花の妖精国で共に在りたいと頼み込んだ。

 たくさんの花を用意して求婚したのに、花の妖精の答えは「否」。

 人と妖精は、共に在ることは不可能だと答えたのだ。


「わたしは不可能を可能とすることを証明するために、ここを作った。……見てくれ!」


 これが、妖精達と共に在る姿だと紹介した。

 驚くべきことに、妖精達は全て生け捕り状態だと言うのだ。

 ヴィッシュ・リトル長年の研究を、花の妖精に見せた。

 これで、二人は共に生きることが出来ると。

 けれど、花の妖精は、それを拒否した。


「はは、ははは。わたしの、研究は、はは、ははは」


 研究は全て無駄だったと言う。

 花の妖精国へ行き、婚姻を結ぶことを夢見ていたが、それも叶わないと知った。


「だから、わたしの夢を壊そうと思った。だから、今はそのための研究をしている」


 未来で花の妖精国を滅ぼしたのは、完全な私怨であったのだ。


 リンゼイはリリットに視線を送る。頷いたのを確認すれば、軽く踵を鳴らした。

 すると、連動するようにほのかに光る紅い宝石。


 ズシン、と一瞬だけ建物が揺れた。

 その刹那、床が割れて、ヴィッシュ・リトルの足元の近くにマグマが噴き出てくる。


「!?」


 クレメンテは火柱が上がる中、剣を抜いて飛び込んで行った。

 リリットを掴んでいる腕を切り飛ばす。


『――ヒャッ!!』


 拘束が緩んだ手をすり抜け、リンゼイの胸元に飛び込んで行った。


「ごめんね、リリット、怖かったでしょう?」

『ひいいいいん』


 リリットは大粒の涙を零していた。


「合流したばかりで悪いんだけど、お願いがあるの」

『ひっく、ひっく、な、何?』

「トラン兄上を呼んできてくれる?」

『国家魔術師の?』

「そう! 父上か母上でもいいけど」

『お、お兄さんがいいかな。じゃなくって、お兄さんを呼んでくるね』

「家族の中の誰でも良いからお願い」

『了解!』


 リリットはすいっと宿屋の地下から地上へ飛んで行った。


 リンゼイは再びヴィッシュ・リトルを睨み付ける。


アイテム図鑑


妖精の瓶詰


彼らは一番苦しい状態で、生かされている。

契約を結んでいない妖精を人間界に置く為の、えげつない処置。

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