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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
最終章 脳筋夫婦、とっても頑張る
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百六十七話

 クレメンテとリンゼイの行動は早かった。

 賢者の石を入手した次の日には過去の世界へ行くため、リリットとウィオレケを伴ってエルベールの屋敷を訪問していた。


「もう少し間を置くかと思っていたが」

「嫌なことは早めに済ませたいの」


 向かう先は二年前のミラージュ公国、アイスコレッタ家に『水蛇ヒュドラの首飾り』を売りに来た商人がやって来た日。

 今回もウィオレケは留守番。

 行くのはクレメンテ、リンゼイ、リリットのみである。


「商人が妖精研究家、ヴッシュ・リトルに売る前に、持ち帰って来られたらって

 思うのだけど」

「二年後、か」


 大きく未来に影響される行動に出れば、世界の修正力が働き、現在が無かったものとなる。

 それでもいいのかと、改めてエルベールは問いかけた。


「ええ。花の妖精達の悲劇や、世界の滅亡を見なかった振りは出来ないから」

「私も、そう思います」

「……分かった」


 準備があるのでしばらくそこに居ろと命じられる。

 リリットとウィオレケは、術式の手伝いをしろと言って連れ出した。


「……気を使ってくれたのでしょうか?」

「さあ?」


 二年前に飛べば、クレメンテとリンゼイの関係は振り出しに戻る。

 二人が結婚をしない可能性だってあった。


「なんだか、あっという間でしたね」

「そうね」


 そこで会話が途切れる。

 クレメンテとリンゼイの結婚生活は、案外充実していた。

 様々なことがあったが、最終的にはどれも楽しい思い出となっている。

 今まで育ててきた信頼を、重ねてきた想いを無かったものにするには、あまりにも救いがない。

 けれど、過去を変えなかったら、近い未来で多くの命どころか、世界すら失うことになるのだ。


 個人的な気持ちなど、後回しにしなければならない。

 クレメンテとリンゼイは、重々理解していた。


 静かな時間を過ごしていたが、意外にも、沈黙を破ったのはクレメンテであった。


「リンゼイさん」

「何?」

「そ、その、また、やり直しの未来で再会した時には、けっ、けっこ……」

「ん?」


 一体何を言い淀んでいるのかと、訝し気な視線を向けるリンゼイ。


「私と再会したら、何?」


 クレメンテは大きく息を吸い込み、吐き出す。

 それから、今度はしっかりとリンゼイの顔を見ながら言った。


「私と結婚してくれますか?」

「分からないわ」

「!?」


 勇気を出して言ったのに、この塩っぽい対応。

 がっくりと肩を落とす。

 壮絶な落ち込む具合を見て、リンゼイは焦ることになった。


「え、ちょっと、やだ、なんでそんなにがっかりしているの!?」

「いいんです。それがリンゼイさんですから」

「だって、私、雰囲気に流されてあなたと結婚したし、またそういう風になるとも限らないから」


 このつれない感じ、久々だなとクレメンテは思う。

 結婚当初は毎日こういう対応を受けていたなと、記憶が蘇ってきた。

 リンゼイは気まぐれだ。嘘も吐かない。

 彼女らしい返事だと思った。


 しかしながら、リンゼイはクレメンテのために、譲歩案に出る。


「分かった。結婚する、多分。――これでいい?」

「はい、嬉しいです」

「じゃあ、約束」

「……はい」


 新たに紡がれる世界で出会った時、再び縁を結ぶことを誓う。

 交わされた約束を確固たるものにするために、しっかりと封印の儀式を執り行うことになった。


 ◇◇◇


 一時間後。

 賢者の石を使った術式が完成したと、エルベールが言う。

 すぐに出発出来るらしい。


『どうする?』

「今すぐ行くに決まっているじゃない」

「ええ、急ぎましょう」

『う、うん……』


 リンゼイはウィオレケに向き直った。


「ウィオレケ、その、いろいろと、ありがとう」

「あ、姉上が、お礼を言った!」

「今までも言っていたでしょう!?」

「どうだったか……」

「記憶から抹消しないでよ」


 生意気だけど優しい弟を、ぎゅっと抱きしめた。


「姉上……」


 ウィオレケの言いたいことは全てわかっている。

 なので、何回もありがとうと、リンゼイは呟いていた。


 抱擁から解放されたウィオレケは、クレメンテの方を見る。

 深々と頭を下げ、お礼を言った。


「ウィオレケさん……」

「義兄上は、本当の兄以上に私のお兄さんをしてくれた」

「そのように言って頂けるなんて」


 感極まったクレメンテは、目頭を熱くする。


「それから、姉上に優しくしてくれて、ありがとう」


 そう言って手を差し出す。クレメンテは力強く握り返した。

 手を握った瞬間に、ウィオレケの眦からポロリと一筋の涙が零れた。


「リリット」

『はい!』

「あ、姉上と、義兄上を、よろしく」

『了解っ!』


 リリットは涙で濡れたウィオレケのほっぺをぷにぷにとつつき、元気よく返事をした。


 最後に、クレメンテとリンゼイはエルベールにお礼を言った。


「私達の我儘を聞いてくれて、ありがとうございます」

「気にするでない」


 いい暇潰しだったと言っている。


「あなたにも、幸せがありますように」


 リンゼイはエルベールに祝福のまじないを捧げた。


「魔術とやらは不思議だな」

「精霊の力です」

「なるほど」


 心が温かくなる。そんな魔術だった。


 準備が出来たと言うので、エルベールは一行に『時渡りの羽』を使う。

 魔法陣が出現し、クレメンテらを取り囲む。

 白く光ったと思えば、一瞬で姿が消えた。


「……いってらっしゃい、どうか、ご無事で」


 ウィオレケは姉夫婦が居なくなってから、ぽつりと呟いた。


 ◇◇◇


 着地をしたのはリンゼイの実家。

 無人の玄関であった。


「無事に辿り着いたようね」

『うわ、リンゼイの家、懐かしい!』


 クレメンテの屋敷よりも、はるかに立派な邸宅であるのが玄関を見ただけでも分かる。

 アイスコレッタ家はミラージュ公国の五本指に入る財を持つ家でもあったのだ。


 思いの外、リリットの声が響いたので、リンゼイはさっと口を塞ぐ。

 その刹那、玄関口にある鐘がカランカランと音を立てた。

 外から商人の名乗る声が聞こえた。

 慌ててリンゼイは扉を開けて出る。


「こんにちは!!」

「あ、ああ、驚いた」

「私、リンゼイ。ご存じかしら?」

「リ、リンゼイお嬢様、初めてお目にかかります。とても嬉しいです」

「私も」

「いやあ、奥様に似て、お美しい方だ」

「ありがとう」


 勢いのある歓迎を受け、商人は目を白黒させていた。


「今日、兄は居ないの」

「左様でございましたか」

「だから、私に商品を見せてくれる?」

「え、ええ。構いませんが……」


 リンゼイが帰って来ていることがバレたら面倒なので、外に出ることにした。


 人の目が入らない個室のある料理屋に連れて行った。

 食事をさせて満腹状態になれば、取引を始める。

 商人は兄ルイに販売を約束していたという箱を取り出した。

 それは、手のひらよりも小さなものだった。


 魔術で姿を消していたリリットに、リンゼイは確認をお願いする。


『うわっ……』


 声も当然ながら聞こえないようにしていた。


 どうしたのかと聞けば、とんでもないことが発覚する。


 水蛇ヒュドラの首飾りであることには間違いないのだが、不死の水蛇ヒュドラの首ではなかったのだ。


「……」


 とりあえず、買い取ることに決めた。

 用意していた書類に署名をお願いする。


「こちらは?」

「兄に渡すものですわ」


 それは、きちんとリンゼイに商品を販売し、品質などを保証するという内容が書かれた証明書であった。

 商人は内容をきちんと読み取り、署名をした。


「ありがとうございます」


 リンゼイは現金で支払いをする。

 商人は嬉しそうに金貨の数を数えていた。


 取引が終わった瞬間に、個室の扉がどんどんと叩かれる。

 店員、管理者の魔術師の諫めるような声も聞こえてきた。

 扉には鍵が掛かっておらず、すぐに開かれることになった。


「こんにちは」


 入って来たのは、くたびれた外套を纏った男性である。

 外套の頭巾で顔が隠れているので、年齢は分からないが、声はしわがれていて、四十代から五十代くらいであろうことは予測できた。ふらふらとした足取りで、商人に近づく。


「あ、やっぱり居た……」

「は、はい?」


 指さされた商人はビクリと肩を揺らす。


「『水蛇ヒュドラの首飾り』を持っていると聞いたんだけど?」

「……い、いいえ?」

「嘘はいけない」


 リリットはあの男が妖精研究家のヴィッシュ・リトルであると耳打ちした。

 リンゼイは間に合ってよかったと、心の中で安堵する。

 先ほどの書類には、目には見えないペンで、『水蛇ヒュドラの首飾り』について忘却する呪いが掛けられていたのだ。

 すっかり術に掛かっている商人は、なんのことだと首を捻る。


「お客様、どちらかでお会いしましたでしょうか?」

「初対面、だけど」


 男は名乗った。国家研究員のヴィッシュ・リトルである、と。

 何が面白いのか、笑いを堪えるような声で『水蛇ヒュドラの首飾り』を入荷したら知らせて欲しいと言っていた。研究所は中央広場に近い宿屋にあると。


 リンゼイやクレメンテを一瞥もせずにヴィッシュ・リトルは帰って行った。


アイテム図鑑

 

水蛇ヒュドラの首飾り

不死の首ではなく、九つあるうちの首を封印液に浸けたもの。

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