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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
最終章 脳筋夫婦、とっても頑張る
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百六十六話

 帰宅後、無事に帰って来たことをエリージュに報告する。


「早かったですね」

「はい」

「エリージュの頼んでくれたお仕着せのお蔭で、上手くいったわ」

「それはようございました」


 だが、こういうことはあまりしないでくれと諫められる。苦笑いをしながら、二度としないと誓った。

 リンゼイはお風呂に入りたいと、背後に控えて居たスメラルド頼んだ。


『今すぐにでも、準備をいたしますわ』

「ええ、お願い」


 スメラルドとエリージュ、リンゼイは居間から退室していく。


 リリットはこうして無事に戻って来られたことへの安堵の息を吐き、机の上にあった果物へ手を伸ばす。


『――ヒエッ!』


 ふと、上から視線を感じると思って見上げてみれば、怖い顔をしたクレメンテと目が合った。


『クレメンテ、どうしたの!?』

「……リンゼイさん、お風呂に入りたいって」

『そ、そりゃ入るよ、にんげんだもの』

「今まで、帰ってすぐに風呂に入ることなんて、なかったような……。魔法師の男に、ナニカサレタンジャ……?」

『ふ、深読みだって!』


 リリットは重たい雰囲気に耐えきれず、リンゼイに話を聞いて来ると言って居間から撤退した。


『リンゼイ~』

「!」


 洗面所に居たリンゼイは、手が真っ赤になるほどガシガシと全力で手を洗っていた。


『ど、どうしたの?』

「……ちょっと汚れたから」

『!!』


 わなわなと震えるリリット。

 聞いて来ると言った以上、質問をしなければならない。


『ね、ねえ、リンゼイ。魔法師に何か、された?』

「……」


 沈黙。

 リリットは心の中で嘘だと言ってくれと悲鳴を上げる。


『リンゼイ、そんなに洗ったら、手が荒れるよ』

「大丈夫。あとで軟膏を塗るし」


 聞いても答えてくれそうにないので、クレメンテの状態を伝えることにした。


『あのね、リンゼイ』

「何?」

『リンゼイがね、突然お風呂に入りたいとか言ったから、クレメンテが血涙を流さん勢いで嘆いていたというか……』

「は? 何それ」

『そ、その、魔術師とリンゼイが一線を越えた行為をしたのかと、勘違いを』

「そんな訳ないでしょう!? ちょっと指先を舐められただけなの!」

『あ、そうなんだ。よ、よかった、のかな?』

「それに、体もべたべた触ってきて、気持ち悪かったし」

『う、うん……』


 スメラルドがやって来て、風呂が沸いたと報告する。

 リンゼイはすぐに服を脱いで、熱いお湯を頭から被った。


 浴室でも、リンゼイは力一杯体を洗っていた。


『リンゼイ、体、赤くなってるよ〜〜』

「いいの。……もう、最悪」

『あ、あまり気にしない方がいいよ』

「分かっているけど」

『クレメンテも気にするし』

「そうね」


 何度も湯で流し、浴槽に浸かった。


『リンゼイ、あのね……』


 リリットは過去と現在のエルベールについて語って聞かせた。

 それから、クレメンテとの交渉についても。


『クレメンテ、頑張ったんだよ。また≪黒霧ネラ・ネブラ≫が沸いてきて、それに火竜の炎が連動して、大変なことになっていたんだけど、なんとか自分を制して、耐えたの』

「そうだったのね」

『うん。だからさ、何かご褒美をあげてくれないかな?』

「ご褒美?」

『なんでもいいから。ありがとうの一言でもいいし、軽い抱擁とかしてあげたら、白目剥くほど喜ぶと思う』

「わ、分かった」


 リンゼイはスメラルドに侍女を呼ぶよう頼んだ。

 きちんと身だしなみを整えてから、クレメンテの元に戻る。


「……リ、リンゼイさん!!」


 クレメンテはリンゼイが戻ってくるとは思っていなかったようで、慌てて机の上の木の実の皮を片付ける。


「どうしたの、それ」

「いえ、ちょっとエリージュさんに、頼まれて」


 力が有り余っているようなので、皮の堅い木の実割りでもして欲しいと仕事を押し付けられていた。


「もしかして、素手で割っていたの?」

「ええ、まあ」


 クレメンテが割っていたのは、世界一硬い木の実と呼ばれているもの。普段は金槌などで割って食べるのだ。


「手、大丈夫?」

「はい。意外と硬くなくって」


 木の実を二つ握り、ぎゅっと握り締める。すると、パキリと音が鳴って、簡単に割れた。


「へえ、すごいわね」

「いえいえ……」


 リンゼイはクレメンテの隣に腰掛ける。

 そして、先ほどリリットが手を付けようとした、房果物を手に取った。


「さっき、私、連れて行かれたでしょう」

「!」


 ビクリと、大袈裟なほどに反応を示すクレメンテ。

 リリットの言っていたことは本当だったと、リンゼイはため息を吐く。


「それで――魔法師の男に、果物を食べさせるように言われて。こんな風に」


 リンゼイは果物をもぎとり、クレメンテの口元へ持っていった。


「これ、皮ごと食べられるやつだから」

「あ、はい……」


 一個目はなんだか恥ずかしくて、押しつけるようにして口に運んだ。

 これでは魔術師の男にやった給餌と同じだと、反省する。

 二つ目を取って、今度は優しい手つきで持っていった。


「お、美味しい?」

「はい。とても」

「よかった」


 いつまですればいいのか分からなかったが、本当に美味しそうに食べてくれるので、一房全て食べさせた。


「ありがとうございます」

「い、いいえ」


 古代であったことの説明は完了したことにする。

 クレメンテの暗い顔も晴れているように見えた。


 あとは、ご褒美を何にするか。


 リリットはお礼の言葉でも、抱擁でも、なんでもいいと言っていた。


 お礼の言葉だけだと軽すぎるような気がした。

 抱擁はリンゼイもしたい。なので、ご褒美にならないだろうと思った。


 分からない時は、直接聞くのが一番だ。

 勇気を出して質問をしてみる。


「ね、ねえ、クレメンテ」

「なんでしょう?」

「あの、変なことを聞くけれど、私にして欲しいことって、ある?」

「え?」


 ポカンとするクレメンテ。

 その様子を見て、なんてことを聞いているのかと、リンゼイは恥ずかしくなった。


「お礼を、したくって」

「お礼、ですか?」

「そう。賢者の石の、お礼」

「そんな、私は何も……」

「リリットから聞いたの」

「……」


 クレメンテの深い絶望と葛藤を知らなかったリンゼイは驚いた。

 その件については喜ばしい話ではなかったが、最終的には自分の感情に打ち勝つことが出来たのだ。大いなる成長と言ってもいい。


「危なかったんです。力が暴走しかかって、怒りに支配されてしまい……」

「そう」

「でも、リンゼイさんとの約束を思い出して、事なきを得ましたが、また、こんなことがあれば、私は――」


 リンゼイはクレメンテの強く握り締められた手に、自らの指先を重ねた。


「あなたは弱い人だけど、誰よりも強いから、負けないわ」

「いえ、そんなことは」

「あるから、ぜったいに、約束」

「……はい」

「それからもう一つ」


 「絶対に幸せになる」。それが、リンゼイとの二つ目の約束であった。


「リンゼイさん」

「どちらも破ったら離婚」


 離婚宣言を聞いたクレメンテは、雨の日に捨てられた子犬のような顔をする。

 リンゼイはしまったと思った。

 話を誤魔化すことにする。


「ね、ねえ、結婚式とかで、どうしてキスをするか知っている?」

「いえ、存じません」


 結婚式では結婚の誓いを行う。口付けをするのは、その言葉を永遠のものにするために、封じるからだと言われていた。


「そういうことだから」

「はい」


 見つめ合うだけの二人。

 リンゼイは察しが悪いクレメンテの腕を強めに叩く。


「さっき、約束、したでしょう!?」

「は、はい、必ず守ると、誓います」


 リンゼイは瞼を閉じて待つ。クレメンテは恐る恐る肩を引き寄せた。


 唇が重なれば、すぐに離される。


「……早い、あまりにも!」

「す、すみません、慣れないものでして」


 必死に謝るクレメンテを見て、リンゼイは笑ってしまった。気の毒なほどに顔が赤くなっていたからだ。


「ごめんなさい。私もどれだけするのか知らないの」

「さ、左様でございましたか」

「さっきのは、もっとしていたかったっていう、個人的な、感想?」

「!」


 リンゼイはクレメンテにぴったりとくっつき、「お礼、何がいいの?」と聞いてきた。

 キスがお礼だと思っていたクレメンテは、嬉しくて挙動不審な動きをすることになる。


 こうして、約束を封じる初めての儀式は、なんとか無事に終わった。

アイテム図鑑


誓いの口付け


クレメンテご褒美シリーズ。

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