百六十五話
クレメンテはリリットの誘導で、どんどんと廊下を進んで行く。
途中、用事を頼もうと声を掛けてきた者も居たが、凄まじく怖い顔をしていたので、「やっぱりなんでもないです」と言って引いていた。
城の構造は難解であった。
途中、関係者以外の侵入を禁止する呪文もあったが、エルベールの鍵のお蔭で難なく進むことが出来た。
そして、ようやく城の上層階に到着をした。
『クレメンテ、あと少しだからね』
リリットの言葉に、クレメンテは無言で頷いた。
この先からは、あまりせかせかと動くと目立ってしまう。
足音を立てずに、ゆっくりと進んで行った。
ここまで何の問題もなくやって来られた。
だが、クレメンテの心境は穏やかではない。
心臓がバクバクと激しい鼓動を打ち、額には汗を掻いていた。
余裕なんか全くない。
そんな中で、さらなる不幸に襲われる。
「――おい、お前」
突然背後から声を掛けられた。
振り返れば、屈強な体の魔法師の男がクレメンテを睨み付けている。
「やっぱり、見ない顔だな。所属はどこだ」
言葉に詰まっていると、怪しい奴だと言われ、腕を掴まれる。
クレメンテの体をいとも簡単に、ずるずると引きずって行った。
辿りついたのは、研究室のような場所であった。
男は上機嫌な様子で語る。
「どこから紛れ込んだネズミはか知らんが、生贄が足りないと思っていたんだ」
古代人が使う『魔法』を発動するための大きな力は魔力ではない。
人の命なのだ。
古代人の寿命は長くて数百年ほどで、自らの生命の力を使って奇跡の力を発動させる者も居る。現代に生きる古代人、エルベールがそうだった。
だが、多くの魔法師は、他人の命を使って魔法を使う。
そんなことが当たり前にある、狂った時代だった。
身の危険を感じたクレメンテの行動は早かった。
ふらついている振りをして相手を油断させた隙に、こめかみを拳で打った。
男は平衡感覚を失い、意識を失う。
『……さ、さすが、クレメンテ』
「急ぎましょう」
『了解デス』
魔法を使える古代人も、腕力には敵わなかったかと、リリットは手と手を合わせながら部屋を出て行った。
幸い、男の研究所は国王の書斎に近い場所であった。
着ている服も他の魔法師より上等だったので、高い地位に居るものだったのかもしれない。クレメンテは関係ないことだと、頭を軽く振りながら進んで行く。
『――クレメンテ、ここだよ』
「はい。ありがとうございます」
ついに、エルベールの書斎の前まで辿り着いた。
リリットが中の状態を『鑑定』で調べる。
『大丈夫、誰も居ないよ』
「分かりました」
中は無人。絶好のチャンスであった。
クレメンテは鍵を穴に入れ、捻る。カチャリ、という音と共に扉が開いた。
中は灯りが点されている。
部屋には窓がなく、四方の壁には棚が置かれ、びっしりと本が収納されていた。
この空間に机はない。
「……机、どこにもないですね」
『う~ん、どこかに隠されている、とか?』
ふと、地面に文字が刻まれていることに気付いた。
「リリットさん、これ、何か書いていますが」
『あ、本当だ。古代語だね』
書かれてある内容は、理解しがたいものであった。
――恋の駆け引きは押したり引いたりの繰り返し。成就まで、根気よく。
「……どういう意味でしょう」
『なんか、仕掛けっぽいよねえ』
「これを解いたら、もう一つの扉が開かれる、とかでしょうか?」
『そうかも』
ここに来て謎解きをすることになるとはと、クレメンテは頭を抱えた。
『美食王、なんで教えてくれなかったの~~』
リリットは嘆く。妖精の目でも、仕掛けを解すことは出来なかった。
クレメンテは本棚をくるりと見て回る。
本の題字も読めないし、謎かけも理解出来ないので、無駄な行動に終わった。
「恋の駆け引き、押したり、引いたり。一体、どういう意味が……」
クレメンテは一冊の本を棚から引いた。すると、リリットが反応を示す。
『あ、それ、恋愛小説!!』
「そうなのですか?」
『そうなの! 題名に、恋の字が! あっ、もしかして!』
リリットは部屋の中をくるりと見て回った。すると、いくつか「恋」が付いた本があったのだ。
試しに、端の本を押し込んでみる。
『おお!』
押した本は奥に沈んで行き、カチャリと音を鳴らした。
下の方にあった本は引く。すると、ここでもカチャリという音がする。
『クレメンテ、これは恋の本を押したり引いたりする仕掛けだ』
「!」
『なんか、たくさんあるけど、全部動かしたら、仕掛けが解けるかも!』
「お手伝いします」
クレメンテとリリットは協力をして仕掛けを解いて行った。
その数は百冊を超えていた。
最後の一冊と思われる本をリリットが押し込む。
『お?』
ゴゴゴ、と棚が振動を始め、動き出す。
『あっ、隠し部屋が!!』
念願の最終目的地に、クレメンテとリリットは喜びを分かち合う。
『賢者の石を頂いて、早くリンゼイを迎えに行こう』
「はい」
本棚と本棚の間にある扉を開き、中に入る。
これで目的達成出来る。そう思っていたのに、部屋の中は、想像もしていない状況が待ち構えてあった。
「――!?」
クレメンテとリリットは、拍手で出迎えられた。
書斎の椅子に、エルベール・レオナルド・マリエル・リュッセが座っていたのだ。
『へ、なんで……!?』
「人の気配なんか、まったくなかったのに!?」
驚く反応を見て、エルベールはくつくつと愉快そうに笑っていた。
『一体、どうなっているの!?』
「――そうだな。いろいろと話をしなければならない」
エルベールは疑問に答えてくれるようだった。
「あなたは、一体?」
「私は私だ。レジェンティーナ天空都市の王であり、美食王とも呼ばれる男」
それは知っている情報であった。
クレメンテは質問を重ねる。
「あの、いつからここに?」
「今さっきだな。昼食前に未来の私の情報を引き出そうとすれば、面白いことが発覚したので、慌ててここまでやって来たのだ」
「未来の、私?」
「そうだ」
『ど、どういうことなの?』
その質問にも、エルベールは律儀に教えてくれる。
「お前達のよく知るエルベール・レオナルド・マリエル・リュッセは、私の半身だ」
数百年とある寿命を分け合い、魔法の力で作り出し、未来へ送ったもう一人のエルベールだと言う。
「随分前に、夢に見てな」
自らの国が滅び、海に沈みゆく様子をエルベールは見たと話す。
ただの夢とは思えなかったと。
「そこで、私は未来に行って調べることにした」
だが、国王であるエルベールが直接行く訳にはいかない。
なので、魔法を使い、自分を二つに分けたと。
「未来の私には、いろいろと記憶の操作をしている。故に、とんでもない行動や言動をしたことに対しては、謝罪をするしかない」
古代のエルベールは、未来のエルベールと繋がっている状態で、様々な情報を得ていた。
「故に、お主らのことも存じておった」
未来のエルベール同様に、楽しませてもらったと尊大な態度で話していた。
「賢者の石が必要だと言ったな?」
「え、ええ」
『世界を救うために、必要で!』
お願いなので譲ってくれと、頭を下げた。
「……譲ってやりたいところだが、これは非常に貴重な品でな」
「え?」
『で、でも、未来エルベールは、貴重な物ではないって』
「ああ、その辺も記憶の混乱があるのかもしれん」
無償で譲るわけにはいかないと言う。
困った顔をするクレメンテとリリットに、エルベールはある提案をした。
「ならば、お前の妻と交換ならばどうか?」
「え?」
「お前の妻、リンゼイを差し出せば、賢者の石を渡そう」
その言葉を聞いた刹那、クレメンテの視界がぐらりと歪む。
エルベールはクレメンテの変化に気付きながらも、話を続けた。
「お前の妻は私が可愛がってやろう。どうせ、手を出す勇気もないだろうからな。あれだけの美しい女なのに、もったいないというものよ」
「……」
「世界の平和と天秤にかければ、妻一人など軽いものであろう?」
足元の床が崩れ落ちるような、例えようがない絶望感に襲われた。
ジワリと、火竜の呪文が熱を帯びる。
『ク、クレメンテ!!』
クレメンテの手は火に包まれ、部屋の中は熱気に包まれる。
――あいつを殺して、賢者の石を持ち帰る。
そんな考えが、頭を過った。
『わわ、うわわわわっ!!』
火は炎と化し、クレメンテの体を包み込んだ。
炎とは別に、体から滲み出ているのは、≪黒霧≫。
負の力が、火竜の炎の威力を増していく。
『クレメンテ、いいんだよ、リンゼイを選んでも』
リリットは最悪の事態にならないように、必死に説得をする。
『リンゼイの水蛇とか、花の妖精国の記憶は消してあげるから、二人で仲良く暮らせばいいよ!』
リリットの言葉は耳に入っていなかった。
クレメンテの意識は、全てエルベールに向いている。
「さあ、答えを聞こうか?」
「……」
「それとも、私を殺して、妻を連れて帰るか?」
怒り、絶望、焦燥。様々な感情が炎と化す。完全に意志と同化していた。
負の感情と同化したそれは、自身の体も貪っていく。
激しい熱を感じ、クレメンテは自らの手のひらを覗き込んだ。
見えたのは、全てを焼き尽くす火竜の呪文と――リンゼイが贈った腕輪があった。
それは魔法の力が暴走しないように、選んでくれたもの。自身を護るお守り。
片方の手で腕輪に触れる。すると、リンゼイと交わした約束を思い出した。
驚くほど冷静な気分になった。
炎は部屋に燃え広がっていたが、クレメンテが首を振れば消えていった。
「――いいえ」
「ん?」
クレメンテは前を向き、はっきりと答えを口にした。
「賢者の石を、譲って下さい」
「妻は、諦めるというのか?」
コクリと頷く。
「約束をしたんです。何があっても、賢者の石を持ち帰ると」
「なるほど、な」
いつの間にか≪黒霧≫も綺麗に晴れている。
それを見たエルベールは机とトントンと指先で叩いた。
魔法陣が浮かび上がり、光に包まれたかと思えば、そこからリンゼイが現れた。
「――え? 何、ここ」
エルベールの顔を見て目を丸め、クレメンテとリリットの姿を見て更に驚いていた。
「リンゼイ・アイスコレッタよ」
「な、何?」
状況が呑み込めないリンゼイは、警戒心を高めながら返事をする。
「臣下が迷惑を掛けた」
「え? あ、いえ……」
「詫びとして、これを渡そう」
エルベールは机の引き出しの中から、つるりと丸い形をした、手のひら大の白い石を手渡した。
「え、これって?」
「賢者の石だ」
手にした瞬間に、それが特別な品であることが分かった。
リンゼイはリリットとクレメンテの顔を見る。
だが、二人の顔は冴えない。
「ねえ、どうしたの? これ、賢者の石じゃない?」
『ううん、それ、本物の賢者の石』
ならば、どうしてそのような顔をしているのかと疑問に思う。
「ああ、暗い顔をしているのは、お主と賢者の石を交換せよと条件を出したからだ」
「は、はあ!?」
「それで、お前の夫は、お前と引き換えに賢者の石を渡すように言った」
「あ、そうだったの」
リンゼイは手の中の賢者の石を眺める。そして、クレメンテの元に行き、手渡した。
「リンゼイさん……」
「ありがとう」
リンゼイはにっこりと、顔を上げてクレメンテを見た。
賢者の石を握る手をぎゅっと握り締め、改めて約束を守ってくれて感謝をしていると、礼を言った。
「えっと、どうしよう……」
手を離さなければいけないのに、指先を動かすことが出来なかった。
『ううっ、リンゼイ、私も残るよおおお!!』
「リリット……」
『ずっと、ずっと一緒だからあああ!!』
「ありがとう。嬉しい」
「さて、そろそろいいだろうか?」
仕事に戻らなければならないと、エルベールが割って入る。
「盛り上がっているところに悪いが――」
別れの時間すらも許さないのかと、クレメンテはジロリと睨んだ。
「冗談だ」
「え?」
エルベールは平然とした様子で言う。
「ど、どういうこと、ですか?」
「賢者の石の代わりに、お前の妻を貰うという話だ」
絶句する一同。
我に返ったリリットが、どうしてそんなことをしたのかと聞く。
「少し、意地悪をしたくなっただけだ」
『い、いじわるって……』
理由はそれだけではなかった。
クレメンテの覚悟を知りたかったとも話す。
「一世一代の覚悟、楽しませてもらったぞ」
エルベールは再び指先でトントンと机を叩く。
「さらばだ」
その言葉を最後に、周囲は白い光に包まれる。
再び瞼を開いた時には、セレディンティア王国の屋敷に戻って来ていた。
クレメンテの手の中には賢者の石があり、傍らにはリンゼイが居る。
リリットも共に戻って来ていた。
「……良かった」
そう呟き、リンゼイの肩を抱き締める。
リリットは涙を浮かべ、二人の様子を見守っていた。
アイテム図鑑
エルベールのリア充狩り
なんだかいい感じの雰囲気の夫婦に、嫉妬の念から意地悪をしてしまった。
本気を出し過ぎて、怒らせてはいけない人を怒らせてしまった。
リンゼイの腕輪のおかげで、難を逃れることが出来た。




