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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第十一章 クレメンテとリンゼイの一大決心
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百六十五話

 クレメンテはリリットの誘導で、どんどんと廊下を進んで行く。

 途中、用事を頼もうと声を掛けてきた者も居たが、凄まじく怖い顔をしていたので、「やっぱりなんでもないです」と言って引いていた。


 城の構造は難解であった。

 途中、関係者以外の侵入を禁止する呪文もあったが、エルベールの鍵のお蔭で難なく進むことが出来た。


 そして、ようやく城の上層階に到着をした。


『クレメンテ、あと少しだからね』


 リリットの言葉に、クレメンテは無言で頷いた。


 この先からは、あまりせかせかと動くと目立ってしまう。

 足音を立てずに、ゆっくりと進んで行った。


 ここまで何の問題もなくやって来られた。

 だが、クレメンテの心境は穏やかではない。

 心臓がバクバクと激しい鼓動を打ち、額には汗を掻いていた。


 余裕なんか全くない。

 そんな中で、さらなる不幸に襲われる。


「――おい、お前」


 突然背後から声を掛けられた。

 振り返れば、屈強な体の魔法師の男がクレメンテを睨み付けている。


「やっぱり、見ない顔だな。所属はどこだ」


 言葉に詰まっていると、怪しい奴だと言われ、腕を掴まれる。


 クレメンテの体をいとも簡単に、ずるずると引きずって行った。

 辿りついたのは、研究室のような場所であった。

 男は上機嫌な様子で語る。


「どこから紛れ込んだネズミはか知らんが、生贄が足りないと思っていたんだ」


 古代人が使う『魔法マギア』を発動するための大きな力は魔力ではない。

 人の命なのだ。

 古代人の寿命は長くて数百年ほどで、自らの生命の力を使って奇跡の力を発動させる者も居る。現代に生きる古代人、エルベールがそうだった。


 だが、多くの魔法師は、他人の命を使って魔法を使う。

 そんなことが当たり前にある、狂った時代だった。


 身の危険を感じたクレメンテの行動は早かった。

 ふらついている振りをして相手を油断させた隙に、こめかみを拳で打った。

 男は平衡感覚を失い、意識を失う。


『……さ、さすが、クレメンテ』

「急ぎましょう」

『了解デス』


 魔法を使える古代人も、腕力には敵わなかったかと、リリットは手と手を合わせながら部屋を出て行った。


 幸い、男の研究所は国王の書斎に近い場所であった。

 着ている服も他の魔法師より上等だったので、高い地位に居るものだったのかもしれない。クレメンテは関係ないことだと、あたまを軽く振りながら進んで行く。


『――クレメンテ、ここだよ』

「はい。ありがとうございます」


 ついに、エルベールの書斎の前まで辿り着いた。

 リリットが中の状態を『鑑定』で調べる。


『大丈夫、誰も居ないよ』

「分かりました」


 中は無人。絶好のチャンスであった。

 クレメンテは鍵を穴に入れ、捻る。カチャリ、という音と共に扉が開いた。

 中は灯りが点されている。

 部屋には窓がなく、四方の壁には棚が置かれ、びっしりと本が収納されていた。

 この空間に机はない。


「……机、どこにもないですね」

『う~ん、どこかに隠されている、とか?』


 ふと、地面に文字が刻まれていることに気付いた。


「リリットさん、これ、何か書いていますが」

『あ、本当だ。古代語だね』


 書かれてある内容は、理解しがたいものであった。


 ――恋の駆け引きは押したり引いたりの繰り返し。成就まで、根気よく。


「……どういう意味でしょう」

『なんか、仕掛けっぽいよねえ』

「これを解いたら、もう一つの扉が開かれる、とかでしょうか?」

『そうかも』


 ここに来て謎解きをすることになるとはと、クレメンテは頭を抱えた。


『美食王、なんで教えてくれなかったの~~』


 リリットは嘆く。妖精の目でも、仕掛けを解すことは出来なかった。

 クレメンテは本棚をくるりと見て回る。


 本の題字も読めないし、謎かけも理解出来ないので、無駄な行動に終わった。


「恋の駆け引き、押したり、引いたり。一体、どういう意味が……」


 クレメンテは一冊の本を棚から引いた。すると、リリットが反応を示す。


『あ、それ、恋愛小説!!』

「そうなのですか?」

『そうなの! 題名に、恋の字が! あっ、もしかして!』


 リリットは部屋の中をくるりと見て回った。すると、いくつか「恋」が付いた本があったのだ。

 試しに、端の本を押し込んでみる。


『おお!』


 押した本は奥に沈んで行き、カチャリと音を鳴らした。

 下の方にあった本は引く。すると、ここでもカチャリという音がする。


『クレメンテ、これは恋の本を押したり引いたりする仕掛けだ』

「!」

『なんか、たくさんあるけど、全部動かしたら、仕掛けが解けるかも!』

「お手伝いします」


 クレメンテとリリットは協力をして仕掛けを解いて行った。

 その数は百冊を超えていた。


 最後の一冊と思われる本をリリットが押し込む。


『お?』


 ゴゴゴ、と棚が振動を始め、動き出す。


『あっ、隠し部屋が!!』


 念願の最終目的地に、クレメンテとリリットは喜びを分かち合う。


『賢者の石を頂いて、早くリンゼイを迎えに行こう』

「はい」


 本棚と本棚の間にある扉を開き、中に入る。

 これで目的達成出来る。そう思っていたのに、部屋の中は、想像もしていない状況が待ち構えてあった。


「――!?」


 クレメンテとリリットは、拍手で出迎えられた。

 書斎の椅子に、エルベール・レオナルド・マリエル・リュッセが座っていたのだ。


『へ、なんで……!?』

「人の気配なんか、まったくなかったのに!?」


 驚く反応を見て、エルベールはくつくつと愉快そうに笑っていた。


『一体、どうなっているの!?』

「――そうだな。いろいろと話をしなければならない」


 エルベールは疑問に答えてくれるようだった。


「あなたは、一体?」

「私は私だ。レジェンティーナ天空都市の王であり、美食王とも呼ばれる男」


 それは知っている情報であった。

 クレメンテは質問を重ねる。


「あの、いつからここに?」

「今さっきだな。昼食前に未来の私の情報を引き出そうとすれば、面白いことが発覚したので、慌ててここまでやって来たのだ」

「未来の、私?」

「そうだ」

『ど、どういうことなの?』


 その質問にも、エルベールは律儀に教えてくれる。


「お前達のよく知るエルベール・レオナルド・マリエル・リュッセは、私の半身だ」


 数百年とある寿命を分け合い、魔法マギアの力で作り出し、未来へ送ったもう一人のエルベールだと言う。


「随分前に、夢に見てな」


 自らの国が滅び、海に沈みゆく様子をエルベールは見たと話す。

 ただの夢とは思えなかったと。


「そこで、私は未来に行って調べることにした」


 だが、国王であるエルベールが直接行く訳にはいかない。

 なので、魔法を使い、自分を二つに分けたと。


「未来の私には、いろいろと記憶の操作をしている。故に、とんでもない行動や言動をしたことに対しては、謝罪をするしかない」


 古代のエルベールは、未来のエルベールと繋がっている状態で、様々な情報を得ていた。


「故に、お主らのことも存じておった」


 未来のエルベール同様に、楽しませてもらったと尊大な態度で話していた。


「賢者の石が必要だと言ったな?」

「え、ええ」

『世界を救うために、必要で!』


 お願いなので譲ってくれと、頭を下げた。


「……譲ってやりたいところだが、これは非常に貴重な品でな」

「え?」

『で、でも、未来エルベールは、貴重な物ではないって』

「ああ、その辺も記憶の混乱があるのかもしれん」


 無償で譲るわけにはいかないと言う。

 困った顔をするクレメンテとリリットに、エルベールはある提案をした。


「ならば、お前の妻と交換ならばどうか?」

「え?」

「お前の妻、リンゼイを差し出せば、賢者の石を渡そう」


 その言葉を聞いた刹那、クレメンテの視界がぐらりと歪む。

 エルベールはクレメンテの変化に気付きながらも、話を続けた。


「お前の妻は私が可愛がってやろう。どうせ、手を出す勇気もないだろうからな。あれだけの美しい女なのに、もったいないというものよ」

「……」

「世界の平和と天秤にかければ、妻一人など軽いものであろう?」


 足元の床が崩れ落ちるような、例えようがない絶望感に襲われた。

 ジワリと、火竜の呪文が熱を帯びる。


『ク、クレメンテ!!』


 クレメンテの手は火に包まれ、部屋の中は熱気に包まれる。


 ――あいつを殺して、賢者の石を持ち帰る。


 そんな考えが、頭を過った。


『わわ、うわわわわっ!!』


 火は炎と化し、クレメンテの体を包み込んだ。

 炎とは別に、体から滲み出ているのは、≪黒霧ネラ・ネブラ≫。

 負の力が、火竜の炎の威力を増していく。


『クレメンテ、いいんだよ、リンゼイを選んでも』


 リリットは最悪の事態にならないように、必死に説得をする。


『リンゼイの水蛇ヒュドラとか、花の妖精国の記憶は消してあげるから、二人で仲良く暮らせばいいよ!』


 リリットの言葉は耳に入っていなかった。

 クレメンテの意識は、全てエルベールに向いている。


「さあ、答えを聞こうか?」

「……」

「それとも、私を殺して、妻を連れて帰るか?」


 怒り、絶望、焦燥。様々な感情が炎と化す。完全に意志と同化していた。

 負の感情と同化したそれは、自身の体も貪っていく。

 激しい熱を感じ、クレメンテは自らの手のひらを覗き込んだ。


 見えたのは、全てを焼き尽くす火竜の呪文と――リンゼイが贈った腕輪があった。

 それは魔法の力が暴走しないように、選んでくれたもの。自身を護るお守りアミュレット


 片方の手で腕輪に触れる。すると、リンゼイと交わした約束を思い出した。


 驚くほど冷静な気分になった。


 炎は部屋に燃え広がっていたが、クレメンテが首を振れば消えていった。


「――いいえ」

「ん?」


 クレメンテは前を向き、はっきりと答えを口にした。


「賢者の石を、譲って下さい」

「妻は、諦めるというのか?」


 コクリと頷く。


「約束をしたんです。何があっても、賢者の石を持ち帰ると」

「なるほど、な」


 いつの間にか≪黒霧ネラ・ネブラ≫も綺麗に晴れている。

 それを見たエルベールは机とトントンと指先で叩いた。


 魔法陣が浮かび上がり、光に包まれたかと思えば、そこからリンゼイが現れた。


「――え? 何、ここ」


 エルベールの顔を見て目を丸め、クレメンテとリリットの姿を見て更に驚いていた。


「リンゼイ・アイスコレッタよ」

「な、何?」


 状況が呑み込めないリンゼイは、警戒心を高めながら返事をする。


「臣下が迷惑を掛けた」

「え? あ、いえ……」

「詫びとして、これを渡そう」


 エルベールは机の引き出しの中から、つるりと丸い形をした、手のひら大の白い石を手渡した。


「え、これって?」

「賢者の石だ」


 手にした瞬間に、それが特別な品であることが分かった。

 リンゼイはリリットとクレメンテの顔を見る。

 だが、二人の顔は冴えない。


「ねえ、どうしたの? これ、賢者の石じゃない?」

『ううん、それ、本物の賢者の石』


 ならば、どうしてそのような顔をしているのかと疑問に思う。


「ああ、暗い顔をしているのは、お主と賢者の石を交換せよと条件を出したからだ」

「は、はあ!?」

「それで、お前の夫は、お前と引き換えに賢者の石を渡すように言った」

「あ、そうだったの」


 リンゼイは手の中の賢者の石を眺める。そして、クレメンテの元に行き、手渡した。


「リンゼイさん……」

「ありがとう」


 リンゼイはにっこりと、顔を上げてクレメンテを見た。

 

 賢者の石を握る手をぎゅっと握り締め、改めて約束を守ってくれて感謝をしていると、礼を言った。


「えっと、どうしよう……」


 手を離さなければいけないのに、指先を動かすことが出来なかった。


『ううっ、リンゼイ、私も残るよおおお!!』

「リリット……」

『ずっと、ずっと一緒だからあああ!!』

「ありがとう。嬉しい」

「さて、そろそろいいだろうか?」


 仕事に戻らなければならないと、エルベールが割って入る。


「盛り上がっているところに悪いが――」


 別れの時間すらも許さないのかと、クレメンテはジロリと睨んだ。


「冗談だ」

「え?」


 エルベールは平然とした様子で言う。


「ど、どういうこと、ですか?」

「賢者の石の代わりに、お前の妻を貰うという話だ」


 絶句する一同。

 我に返ったリリットが、どうしてそんなことをしたのかと聞く。


「少し、意地悪をしたくなっただけだ」

『い、いじわるって……』


 理由はそれだけではなかった。

 クレメンテの覚悟を知りたかったとも話す。


「一世一代の覚悟、楽しませてもらったぞ」


 エルベールは再び指先でトントンと机を叩く。


「さらばだ」


 その言葉を最後に、周囲は白い光に包まれる。

 再び瞼を開いた時には、セレディンティア王国の屋敷に戻って来ていた。


 クレメンテの手の中には賢者の石があり、傍らにはリンゼイが居る。

 リリットも共に戻って来ていた。


「……良かった」


 そう呟き、リンゼイの肩を抱き締める。


 リリットは涙を浮かべ、二人の様子を見守っていた。

アイテム図鑑


エルベールのリア充狩り


なんだかいい感じの雰囲気の夫婦に、嫉妬の念から意地悪をしてしまった。

本気を出し過ぎて、怒らせてはいけない人を怒らせてしまった。

リンゼイの腕輪のおかげで、難を逃れることが出来た。

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