百六十四話
古代の仕着せ作成に一週間掛かった。
リンゼイは紺色のワンピースに白いエプロンを巻き、頭にはリボンのついた清楚な帽子を被る。
完成した仕着せを試着してみせたが、エリージュとリリットは遠い目をしていた。
「ねえ、どうしたの? 何かおかしい?」
『いや、なんていうか……』
「使用人に見えません」
だったら、何に見えるのかと聞けば、エリージュは小首を傾げ、言い放つ。
「潜入している敵国の美人密偵、ですか?」
『それだ!!』
「だ、だめじゃない!」
『あと女王様みたいな雰囲気があるよね、リンゼイ』
「女王って、何、それ……」
使用人にしては偉そうで、美人過ぎる。それが問題となっていた。
『伊達眼鏡とか掛けてみたらいかがでしょう?』
エリージュが小物入れの中から黒縁眼鏡を取り出して、リンゼイに掛けてみた。
「……」
『これは――』
眼鏡を掛けたリンゼイを見て、険しい顔をする。
どういうことかと聞けば、余計に色っぽくなったと言う。
「眼鏡は掛けない方がいいでしょう」
『そうだね』
「まあ、奥様が扮するのは侍女なので、誰かとすれ違う時は道を譲り、顔を伏せていればいいだけの話」
その後、侍女の礼儀や作法など、詳しい話をエリージュが教えてくれた。
エリージュが去って行った部屋でリリットと休憩をする。
『リンゼイ、いろいろ教えてもらって良かったね』
「……そうね」
リンゼイは慣れないことをして、ぐったりしている。
ちなみに、エリージュには「ちょっとよその国に潜入することになった」としか言っていない。
何も言わない方がいいという意見もあったが、使用人の服を製作しなければならなかった。口が堅く、早急な製作をするには、エリージュの協力は絶対に必要であった。
『エリージュ、何も聞かなかったね』
「ええ……」
気づかない振りをしているのだ。リンゼイは心から感謝をしている。
出発は明日。
リンゼイは私物の魔法研究書を読み漁り、備えることになった。
◇◇◇
使用人の仕着せに身を包んだ二人は、『時渡りの羽』を使い、古代へ飛ぶ。
目的は賢者の石。
リンゼイは緊張していた。
王城の間取りも書いて貰ったので、かならず上手くいくと自らに言い聞かせる。
「リンゼイさん」
「大丈夫」
「ええ」
「ねえ、一つだけ、お願いがあるの」
「なんでしょう?」
リンゼイはクレメンテの顔を見上げ、決心を口にする。
「これは、失敗できないことなの」
「はい。重々理解をしています」
「賢者の石を持ち帰ることを優先して」
「……」
「何があっても。お願い」
「……ええ。分かりました」
クレメンテはリンゼイの言葉に神妙な顔をしながら頷いた。
「そういえば」
「なんでしょう?」
リンゼイはクレメンテの左の袖をおもむろに捲った。
腕には何も装着されていない。
「ねえ、新婚旅行の時に買った腕輪はどうしたの?」
「大切にしまっています」
「あれはあなたを護るお守りなの。身に付けていないと意味がないんだから」
「は、はい。すみませんでした」
急遽、腕輪を取りに帰ることになる。
しっかりとお守りを装着する様子を見て、リンゼイは満足気に頷いていた。
「準備はいいか?」
「ええ」
「いつでも」
リリットはリンゼイのエプロンのポケットに滑り込んだ。
『いつでもどうぞ!!』
エルベールは長椅子に腰掛けたまま、術式を発動させる。
それは、いつもお茶を出すのよ変わらない様子であった。
『え、その体勢で魔法使うの?』
「ちょっと待って、もっと、こう、やり方があるでしょう!?」
リンゼイとリリットが指摘をした刹那、体がすうっと消えていく。
過去の世界へ移動することになった。
◇◇◇
一行は無事に同じ場所で降り立った。
場所は休憩所のような場所。幸い、無人であった。
調度品から、ここは下級使用人の部屋であることが分かる。
滞在は三日ほど可能だとエルベールが言っていた。それまでになんとか賢者の石を入手しなければならない。
まず、城の最上階である、国王の書斎まで移動しなければならない。
リリットに城の間取りを見せて、現在地がどこであるかの確認をする。
『リンゼイ、大丈夫』
とっても顔が怖い、というのは口から出る寸前で呑み込んだ。
クレメンテはリンゼイの背を軽く撫でる。
すると、強張っていた顔が解れていった。
「ありがとう。平気」
「よかったです」
リンゼイはクレメンテは顔をじっと見上げる。
「さっきの約束、絶対に忘れないでね」
「はい、必ず守ります」
一番の目的は賢者の石を持ち帰ること。改めて確認をしたのちに、部屋を出る。
扉の外は案外普通であった。
セレディンティア王国の城と造りは変わらない。
魔法国家なだけあって、そこで働く人も多くなかった。
だが、リンゼイの国ほど徹底されている訳ではない。窓の外を覗き込めば、せっせと洗濯をする女達が居た。
すれ違う人々には目もくれずに、早足で歩いて行く。
ここは城の中でもまだ下層なので、堂々とした態度で居る。
それに、変にビクビクしていたら、悪目立ちをしてしまうのだ。
リンゼイは城の間取りを完璧に覚えていた。
迷いない足取りで進んで行く。
現在地は城の中層。
神経をすり潰しながら、クレメンテと二人、慎重な足取りで進んでいた。
遠くからガヤガヤと賑やかな声が聞こえる。
『リンゼイ、前方から十人、術師っぽい集団が来てる!』
リリットの報告を聞いて、リンゼイは思わず舌打ちをする。
城の下層で見た魔法師よりも、上等な外套を纏っているという情報も得た。
よって、今から鉢合わせとなってしまうのは、そこそこ地位のある魔法師ということになる。
前を歩いていた使用人が、壁に避けて頭を下げていた。
クレメンテとリンゼイも同じように、壁側に沿って立ち、頭を垂れて待ち構える。
やって来たのは、筋肉隆々とした男達であった。
魔法師というよりは、兵士と表した方が似合っている。そんな風体であった。
前の使用人は気にも留めずに通過する。
リンゼイは祈る。どうか、このまますぎ去ってくれと。
だが、そんな願いも無駄になった。
「――ん? どうして国王付きの侍女が居るんだ?」
声を掛けられた瞬間に、リンゼイの鼓動が激しく波打った。
「おい、顔を上げろ」
リンゼイは言われた通りにする。
「ほう、流石、国王に仕えるだけある。いい女だな」
声を掛けてきたのは、魔法師達の先頭を歩く男であった。
頭髪がなく、筋肉質で厳つい顔をしていた。
剥き出しとなった太い腕には入れ墨も入っている。
リンゼイは一目で、それが魔法の呪文であることに気付いた。
焦るリンゼイの隣で、クレメンテは必死に殺気を押し隠していた。
今、ここで暴れても勝ち目は全くない。
同時に、作戦も失敗してしまう。大人しくしているしかなかった。
リンゼイは酒の酌をしろと、腕を引かれていった。
クレメンテは奥歯を噛みしめ、頭を下げ続ける。
賑やかな男達が通り抜け、辺りは静かになった。
『クレメンテ……』
国王の書斎と机の鍵を持ったリリットが、クレメンテに声を掛ける。
『リンゼイは大丈夫だから。意外と力も強いし』
問題に巻き込まれても、きっと腕力でどうにかするよと励ました。
クレメンテはリンゼイを助けるよりも、交わした約束を優先させた。
意志に反した行動であることは、リリットもひしひしと感じていた。
「行きましょう」
『う、うん』
クレメンテは先に進む。
賢者の石を手に入れるために。
◇◇◇
リンゼイは城の中の食堂へ連れて行かれた。
隣に座るように言われ、胸の中の怒りを抑えつつ、言われた通りにする。
細長い机の上には、たくさんの料理が並べられていた。
今日は宴会らしい。
何人もの使用人が、料理や酒の用意で忙しそうだった。
男は周囲が見渡せる、一番いい席に陣取った。
ここで、リンゼイはやっと腕から手を離される。
力が強かったからか、細い腕はジンジンと痛んでいた。
それを出すのも悔しいので、澄ました顔で待機する。
男は乾杯の音頭を取る。
すると、ワッと場が盛り上がった。
ここでも、兵士の集まりのようだとリンゼイは思う。
大きな杯をの中身を、男は一気に飲み干した。
そして、リンゼイを振り返る。
「――おい、お前、名は何と言う?」
「……エリザベス」
自らの中で一番強い存在を名乗り、なんとか耐えようとしていた。
名は体を示すとも言う。
リンゼイはこの場に限り、エリザベスのように凛と強かであろうと思った。
「気が強そうな名だ」
「……よく、言われますわ」
男の感想に、勝気な笑顔を向けながら答える。
それが気に入ったからか、肩を抱き寄せ、酒を注げと上機嫌な声色で命じていた。
――私はエリザベス。私はエリザベス。
呪文のように言い聞かせる。
肩を抱く手がだんだんと下がっていたので、何をされるか察したリンゼイは、すっと立ち上がり、果物を掴んだ。
「……こちら、今が旬で」
適当な理由を言えば、男は口を開き、食わせろと言う。
――これは給餌。これは給餌だから。
そう言い聞かせつつ、男の口元に果物を運んだ。
残念なことに、それが気に入ったようで、リンゼイは給餌活動を続けることになる。
早く潰れてしまえと念じながら、男の杯に酒を注ぎ、果物を与え続けた。
アイテム図鑑
リンゼイの給仕ならぬ給餌
果物を食べさせろと命じるす男に、心の中で「この家畜め!」と考えながら与える活動。




