百六十三話
賢者の石。
それは、高濃度の魔力の結晶体であり、ありとあらゆる魔法の知識が刻まれた伝説の魔道具である。
実物はどういう形状で、どれだけの力があり、誰が作ったのか、全てが謎である。
「賢者の石って、本当に存在するものなの?」
「私の書斎の一番上の引き出しにある」
「え!?」
「賢者の石など古き時代には珍しいものでもなんでもなかった」
「そ、そうなんだ……」
あまりの途方もない話の数々に、リンゼイは素の状態となり、丁寧語を使うのも忘れていた。クレメンテはなんのことだかさっぱり分からないので、大人しくしている。
「さて、ここにもう一つ、拠点に使った耳飾りがある」
「!」
エルベールは耳飾りを外し、リンゼイに差し出した。
「……古代に飛んで賢者の石を持って来るってこと?」
「それ以外に何がある?」
受け取る前に、対価は必要ないのかと聞いた。
「まあ、しばらくの間、お主達の観察をしていたからな」
「は?」
「楽しませてもらった礼だ」
エルベールはしれっとした態度で言う。
暇な時間、クレメンテやリンゼイの奮闘を覗いていたと。
「もちろん、公共の場での活動に限って、だが」
「……」
「……」
様々な問題を力技で解決する様はまことに見事であったと、古代人よりお褒めの言葉を貰う。
「ま、まさか、アインセル号の甲板での様子も見ていたの!?」
「甲板とは?」
リンゼイの一大決心、クレメンテへの愛の告白だ。
そうとは言えず、顔を赤くする。
「む? もしや、想いを伝え合っていた話か?」
「やっぱり見ていたの!?」
「ああ」
「最低!!」
「公共の場でいちゃつくお主らが悪い」
「リ、リンゼイさん、落ち着いて……」
頬を染めて涙目と、全く迫力に欠ける様子でエルベールに文句を言っていたが、クレメンテに落ち着くように言われ、不機嫌な顔で押し黙る。
「……悪いなと思い、この耳飾りを渡そうと思った訳だ」
「そうね。遠慮なくいただくとするわ」
「あ、ありがとうございます」
リンゼイはしっかりと耳飾りを受け取った。
「とは言っても、拠点の制御をするのは私なので、返してもらおうか」
「……そうね」
いつ行くのかと聞かれ、一度家に帰って家族に報告をしなければならないと、クレメンテは言った。
「あ、そうか。ウィオレケにも言わなきゃだし、リリットも連れて行かなきゃ」
リンゼイは立ち上がり、クレメンテに帰ろうと言う。
「あ、そうだ。セレスティーナ様がまたここに来たいと言っている……の、ですが」
話をしているうちに冷静になったリンゼイは、我に返って言葉遣いを正す。
「ふん。今更敬語など使わなくてもよい」
王とは統治すべき国があり、そこで生活する民と従える臣下が居てこそ存在が許されるのだと語る。
「祖国亡き今、私なんぞは崇めるべき存在ではないのだから」
リンゼイは言葉を失う。
故郷を取り返せるかもしれない力と環境を持ちながらも、世界を見て回り、過去を改竄すべきでないと判断したエルベール。
「ご、ごめんなさい」
「何故謝る?」
気安く接し過ぎたと、反省していた。
一礼して、逃げるように転移陣へと飛び込んだ。
クレメンテも、「また来ます」と言う。
杖を取り出し、術式を発動しようとすれば、エルベールが引き止めた。
「待て」
「?」
「セレスティーナ嬢についてだが、いつでもいいと伝えておくように」
「了解です」
一人残されたエルベールは笑みを浮かべる。
愉快な奴らだと、独り言を呟いた。
◇◇◇
早速、リンゼイはウィオレケとリリットを呼び、報告をすることにした。
古代へ飛ぶのはクレメンテ、リンゼイ、リリット。
ウィオレケはお留守番。姉夫婦の決定に従う。
「趣旨は理解したけれど、古代城での作戦は考えているのか?」
「……」
「……」
押し黙る夫婦。
ウィオレケは深いため息を吐いた。
「古代は魔法が当たり前になっている世界だ。姉上の魔術は通用しないと思っていた方がいい」
魔法と魔術で対決することは、軍の大隊と生まれたばかりの赤子が戦うくらい無謀なことなのだ。
仮に、捕まったら脱出など不可能だろうと告げる。
「まず、王様に聞いて、その時代の使用人の格好をした方がいい」
「な、なるほど」
「目立たないようにするのも大事なんですね」
ウィオレケはいくつかの助言を姉夫婦に行った。仕着せを準備しなくてはと呟く姉に、忠告する。
「この時代の仕着せを着て行っても意味がない」
「あ、そっか」
残念なことに、古代の使用人の服装が描かれた資料などはないだろうと、ウィオレケは言う。
とりあえず、訪問は明日行うことにした。
◇◇◇
都で売っている人気店の焼き菓子を持参して、エルベールの元に向かった。
本日はウィオレケとリリットも同行する。
あまり喋るなと言われていたリンゼイは、ウィオレケの隣でコクコクと首を動かすだけだった。
クレメンテも同様である。
「なるほどな。潜入の対策をしたいと言う訳か」
エルベールは良いだろうと言って、紙とペンを取り出した。
さらさらと、記憶を頼りに使用人の服装を描いていく。
精緻に描かれた絵は、エルベールの隠れた才能ではなく、自らの記憶を紙面に移す魔法だと言っていた。
最後に息を吹きかければ、絵に色が付く。
すごい魔法だと、ウィオレケは呟いた。
「これが、私の側仕えの服装だ」
「ありがとうございます」
数千年前、古代の使用人の服装は現代の物と大きく違っていた。
女性は肩口のフリルが大きく膨らんだエプロンに、足元まで隠れるスカート。
男性は礼服に似た上着に、長いマントが肩口についた衣装になっている。
「あと、私の執務部屋と机の鍵を渡しておこう」
肌身離さず持っていた物らしい。過去の世界からの唯一の持ち物だとも。
ウィオレケは深々と頭を下げ、お礼を言ってから受け取った。
「もしも、過去の世界で私に会ったら――よろしく伝えておいてくれ」
本気だか冗談だか分からない言葉を、ウィオレケは笑顔で受け流す。
「ああ、そうだ。もう一つ、言いたいことがある」
「はい?」
一つ、不思議な事態が起きていたと、エルベールは言った。
「以前、お主らを『時渡りの羽』を使い、古き時代へ送った際、過去の私は晩餐会で星屑ゼリーを食べた」
それは過去を覗き見た映像で見知った情報である。だが、ここに存在するエルベールは軟泥状魔物からった作った星空ゼリーを食べたことがなく、ウィオレケに会った記憶もないと話す。
「世界の修正力が働いていないか、私がおかしいのか、どちらか分からない」
説明出来ないなんらかの力が発生している可能性を示唆した。
「――時空転移について、古代でも詳しい研究はされていなかった」
万能の奇跡と言われた魔法の力でも、過去に行くことは安易ではなかったのだ。
「過去に介入するというのは、おそらく危険なことなのだろう」
変えた結果がどうなるか、予測することは不可能だと話す。
「そんなわけで、命の保証はしない」
「その辺は、覚悟をしているわ」
「……私も」
エルベールは今まで黙っていたリリットに目を向ける。
「妖精よ。お主はどう考える?」
『わたし? それは――』
何とも言えないと答えるしかなかった。
過去を変えたあとの影響について、知っている情報があればとっくの昔に提供していた。
「……まあ、私からは、ふるまいには注意をするようにとしか言いようがない」
賢者の石入手に向けて、計画が動き出そうとしていた。
アイテム図鑑
賢者の石
古代にはわりとありふれた道具であった。
気軽に使いすぎて、現代には残っていない。
加えて、材料の一つであった竜が絶滅しているので、作成は不可能となっている。




