百六十二話
三日後。
セレスティーナを連れて、無職の古代人エルベール・レオナルド・マリエル・リュッセの元に行く。
付き添いはリンゼイのみで行くことになった。
「え~っと、転移陣は初めてよね?」
「魔法で移動するもの、でしたっけ?」
「魔法じゃなくって魔術だけど、まあいっか」
円に描いた魔術の上に乗るだけで、一瞬で目的地まで移動すると説明をする。
怖がる様子を見せなかったので、ホッとした。
「セレスティーナ様、それは?」
大きな籠を持っていたので、何かと指さす。
「手作りのパンとクッキー、燻製肉にスープ、果実汁ですわ」
「わざわざ作ってくれたんだ」
「燻製肉と果実汁は買ったものですが」
「そっか、ありがとう」
慈善活動みたいになっているなと、リンゼイは遠い目をしていた。
まあいいかと、気にしないことにする。
「そういえば、今から会うおじさまは、どんな方ですの?」
「……ちょっと偉そうな人、かな」
昔は高い地位に居たが、今は全てを失い、一人で屋敷に引きこもっている事情を軽く話した。間違いは言っていないと心の中で自らに言い聞かせながら。
「ええ、分かりました。なるべくその辺には触れないようにいたします」
「あ、ありがとう」
話を聞くうちに、セレスティーナは完全に慈善をする人の顔となっていた。
深い話をする訳ではないので、まあいいかと思うしかない。
セレスティーナの手を引いて魔術式の上に乗り、転移魔術を発動させた。
一瞬で周囲の様子が変わる。無事、屋敷に降り立っていた。
またしても、屋敷の主であるエルベールは長椅子に腰掛けた姿で出迎える。
「……早かったな。また半年以上待たされるものだと思っていたが」
「ええ、じっくりと考えたかったのですが、そうもいかない事情になりまして」
「?」
セレスティーナの居る前で水蛇の話をするわけにはいかない。
なので、適当に誤魔化しておく。
まず初めに、セレスティーナを紹介することにした。
「えっと、彼女はセレスティーナ・アルマロウ、さんです」
「初にお目にかかりますわ」
セレスティーナの綺麗なお辞儀を眺めるエルベールの顔は、満更でもないといった感じに見えた。
一応、「今回の答えです」と言っておく。
「なるほどな。それで、彼女が何をしてくれるというのだ?」
「わたくしとお話をしましょう」
「ほう?」
リンゼイが事情を話す前に、セレスティーナが自然と前に出て来て、にっこりと微笑む。
「わたくしのことはお気軽にセレスティーナと」
エルベールのことはどう呼べばいいのかと聞き、家名が好きではないので、名前で呼ぶようにと、偉そうな態度で言っていた。
「では、エルベール様、と」
「……うむ」
このまま二人きりにするわけにはいかないので、リンゼイもこの場に同席する。
今日はお茶など出ていない。
エルベールが準備をしようとすれば、セレスティーナが果実汁を飲もうと提案した。
家からカップなども持ち込んでいたようだ。
セレスティーナは籠の中から果実汁の瓶を取り、他のお土産を手渡した。
「なんだ、これは?」
「手作りのお菓子と軽食ですわ」
「私の為に、作って来たというのか?」
「ええ。お口に合うといいのですが……」
エルベールは籠の中身を机の上に並べていく。
まずクッキーの袋を手に取り、食べてもいいかと聞いてきた。
「ええ、よろしくってよ」
お礼を言って袋を開封する。
この前は了承など取らずに星空ゼリーを食べたのに、この反応の違いは一体なんなんだとリンゼイは思った。
エルベールは花の形にくり抜かれたクッキーを食べ、美味いと言う。
あっという間に一袋、食べきってしまった。
「良かったですわ」
それから、二人の会話は盛り上がっていた。
リンゼイはたまに相槌を打つばかりである。
滞在時間は四時間ほど。
セレスティーナの門限が迫っていたので、帰ることにする。
「今日は本当に楽しかったですわ」
なかなかいい雰囲気に見えるのは気のせいだろうかと、リンゼイは考える。
結局、セレスティーナの父の会社で働く話は一度も出なかった。
少しずつ慣らしてから提案するのだろうか。
そうだとしたら、慈善家セレスティーナの手腕は恐ろしいものだと思う。
「また、ここに来てもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。まあ、いつでも暇だから、構わん」
エルベールはいい感じに無職のような返しをしてくれた。
転移陣を使い、一瞬でクレメンテの屋敷まで辿り着く。
くるりと振り返れば、頬に手を当て、うっとりとするような表情のセレスティーナと目が合った。
「あ、あの……」
「リンゼイ様、ありがとうございます」
「え?」
「エルベール様、とっても素敵なお方でした」
「あ、うん。そっか。だったら、よかった。……無職だけど」
「誰かに惹かれるのに、地位や身分は関係ありませんわ」
「そ、そうよね」
意外な展開となった。
初めて会った相手を好きになってしまったと言うのだ。
「今まで、何度か男性とお話をしたことがありましたが、毎回苛ついてしまって……」
大抵、話の内容は自慢話ばかり。
話題が尽きたからと、セレスティーナが幼少時代に行った旅の話をすれば、女は家で待っているものだと決まって非難されていた。
だが、エルベールはどんな話も、興味深そうに頷き、いいタイミングで質問や自身の見解をさりげなく話してくれる。
今までの男性にはない反応だったと語る。
「わたくしがもっと世界を見て回りたいと言っても、嫌な顔をなさいませんでしたの」
「そう」
女性の自立について語っていたセレスティーナであったが、彼女が一番貴族の柵の中から解放されたいのだなと、リンゼイは思った。
「次、いつ会えるか聞いておくわ」
「あ、ありがとうございます!!」
エルベールは髭を生やしているので、貫禄があるように見えるが、齢は意外と若いのかもしれない。
並んだ二人を想像すれば、お似合いのように思えた。
セレスティーナを見送り、リンゼイはクレメンテを伴って再びエルベールの元に行った。
今度は、紅茶とお菓子を二人分用意して出迎える。
座れと言うので、クレメンテと並んで座ることにした。
「お主らの考えた暇潰しだが――」
リンゼイは固唾を呑みながら、返事を待った。
上手くいったのではと思ったが、エルベールの表情は険しい。
美女と楽しい時間を過ごしていたように思っていたが、相手は元国王。
単純である訳がない。
セレスティーナはよくやってくれた。
悔いはないとリンゼイは思う。
「……どうした?」
「だって、どうせだめなんですよね?」
「いや、あれはいい暇潰しであった。合格だ」
「え?」
「利発な娘御を連れてくるとは、驚嘆したぞ」
エルベールは『時渡りの羽』を取り出し、机の上に置いた。
「持って行くといい」
クレメンテとリンゼイは顔を見合わる。
二人共、信じがたいという顔をしていた。
「あ、ありがとうございます?」
お礼の言葉も疑問形になってしまった。
エルベールは呆れた視線を夫婦に向けていた。
「まだ信じていないのか」
「だって、あんまりにも……」
簡単過ぎた。
五枚の時渡りの羽の入った箱を持ちながらも、実感はない。
「言っておくが、それはそのままでは使えない」
「え?」
「現在と過去を結ぶ拠点のようなものが必要になる」
エルベールは大量の魔力を含んだ耳飾りを媒介として使ったと話す。
「だが、一回お主らを過去に送ったあと、壊れてしまった」
「それは、遠い過去、古代に送ったから?」
「いや、それは関係ないだろう。拠点はあくまでも足場だ。過去と結ぶのは羽の力だからな」
きちんとした拠点がないと、時空の流れから帰って来る時、元居た時代に着地出来ない場合もあると言う。
「何度も行き来するだろうから、しっかりとした拠点を用意しなければならない」
そんな物。本当に存在するのかと、リンゼイは問いかける。
エルベールは、魔術師ならば一度は聞いたことのある魔道具の名を口にした。
「賢者の石しかないだろう」
アイテム図鑑
セレスティーナのクッキー
特に秀でた点はない、ごく普通のクッキー。
美女が作ったので、ものすごく美味しいように感じる。




