百六十一話
居住いを正したリンゼイより聞きたいことがあると言われ、セレスティーナは構える。
一体何事かと思えば、普段している暇潰しを教えて欲しいと乞われ、拍子抜けをすることになった。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「い、いえ、なんとなく」
貴族の婦人はどういうことを嗜んでいるか聞きたいと、しどろもどろな様子で言っていた。
「……まあ、ここに来たのもある意味暇潰しですわ。憂さ晴らしとも」
ちなみに、この後お茶会が一件入っていると話す。
本日二回目と聞き、リンゼイは目を剥いた。
「そんなにたくさん予定を入れていたのね」
「ええ。一件目と二件目の半端な時間、リンゼイ様が暇でよかったわ。会場はここから近いし」
「それは良かった」
「暇があれば、人と過ごすのが一番だと思うの。一人だと結局退屈になるから」
「!」
それを聞いたリンゼイはハッとなった。
「それだ!」
「えっ?」
机をバンと叩き、立ち上がったので、どういうことかと聞かれてしまった。
これだけ大きな動きをしてしまえば、誤魔化すことも不可能となる。
本当のことを話すことにした。
「あ、ごめんなさい。実は知り合いのおじさんに頼まれて調査をしていたの」
「いい暇潰しの方法を?」
「ええ。その人、とっても暇な人で」
「お仕事は?」
「してない」
「まあ! どうしてそういう生活を?」
「……」
そもそも、どういう生活を送っているかも謎な人物だ。
リンゼイは明後日の方向を見て、追及から逃れようとする。
「リンゼイ様、その方にお会いすることは可能?」
「え?」
「うちの実家のお仕事でよかったら、紹介して差し上げようと思って」
「あ~……」
人と接することが最大の暇潰しとなるならば、相手を探さなければならなかった。
エルベールの話し相手ともなれば、人選も難しいだろう。
「……セレスティーナ様、いいかもしれない」
「なにかおっしゃいまして?」
「いえ、なんでも」
セレスティーナは見目が良く、頭の回転も速い。
王妃になれるほど勉強や礼儀を身に付けたとも言っていた。
彼女以上の適任者は居ないのではと思う。
「え~っと、じゃあ、お言葉に甘えて、そのおじさんに会ってくれるかしら?」
「ええ、もちろんですわ」
明後日は休日と定めていたようで、人に会う約束は入れていないと言う。
リンゼイは頭を下げて、お願いをすることになった。
夕食後、クレメンテとウィオレケ、リリットに報告をした。
「――姉上、それはいい考えだ」
「そうですね。彼女には悪い気もしますが」
「多分大丈夫だと思う。セレスティーナ様、自分から会いたいって言っていたし」
『いやあ、おじさんは美人な娘さんが大好物ですからね。きっと喜ぶよ』
「リリット、物言いがおじさんっぽい」
『おっと、気をつけなきゃ!』
これ以上の案も浮かばないので、人類の未来はセレスティーナに賭けることになった。
あとは上手くいくようにと祈るばかりである。
◇◇◇
クレメンテとリンゼイは、とある契約を結ぶために王城に向かった。
「おおっ、クレメンテ、久しいな!! アイスコレッタも」
客間の扉を開いた途端、クレメンテの元にやって来た兄、メジュレクの広げた腕を素早い動きで避ける。
「むう」
「いや、兄上、むうではありません」
若くない兄弟の抱擁なんて見苦しいから止めてくれ、という言葉は寸前で呑み込んだ。
「クレメンテ、最近冷たくないか? 私が贈った手紙も、十通に対して一通しか返さないではないか」
「ちょっと忙しくて」
今度暇があればまとめて返事を書くと、実行に移す予定もないことを口にしていた。
「約束だぞ、我が愛しいおとう――」
「それで、契約の件ですが!!」
これ以上リンゼイに過剰な愛を見せたくなかったので、無理矢理話を遮り、契約の話を進める。
「ああ、そうだったな。忙しいところに、わざわざ顔を出してくれたことを嬉しく思う」
「こちらこそ、貴重なお時間を空けて戴き、感謝をしています」
「私とお前は兄弟だ。いつでも会いた――」
「兄上、文面に間違いがないか、確認をお願いいたします!」
兄弟のやりとりを、リンゼイは新鮮な気持ちで見る。
王太子メジュレクトが変態なのは精霊の血が混じっているからだとして、クレメンテはいつもと雰囲気が違うように見える。
面白いなと思いながら、兄弟の様子を眺めていた。
「で、霊薬とやらの契約であったな」
「ええ」
以前、販売を持ちかけた際に、契約は一代限りではなく、継続して行いたいと言われていたのだ。
リンゼイがクレメンテと共に在ることが確定したので、こうやって夫婦揃って契約に来たわけである。
メジュレクトは『メディチナ』側が提示した条件を受け入れ、契約書に署名をした。
「ありがとうございます」
「私も、ありがとうと言いたい。クレメンテに、それから、アイスコレッタにも」
リンゼイの方を真っすぐ見て、「弟をよろしくお願いします」と頭を深く下げた。
「……こちらこそ、ふつつかものですが、よろしくお願いします」
リンゼイは柔らかな笑顔を浮かべて言った。
このまま平和な空気のまま終わると思いきや、客間の扉が勢いよく開いた。
「――ごきげんよう!!」
現れた人物を見て、絶句する三人。
元気よく入って来たのは、王妃だった。
「母上、何用でしょうか?」
「ちょっとそこの二人とお話をしたいの。メジュレクトちゃんは席を外していただけるかしら?」
「いえ、それはなりませぬ。彼らは私の客です。面会をしたいなら、後日、約束をしてからにしてください。それが礼儀です」
すらすらと正論を言うメジュレクトであったが、固いことは言うなと、母親から軽い調子で言われる。
だが、メジュレクトも引かない。
「あ~、もう、ちょっと面倒」
そう言って、王妃は指先を動かす。
魔法陣が浮かび上がり、発光したかと思えば、メジュレクトの姿は無くなった。
転移呪文を使ったのだと、驚いた顔を見せるクレメンテにリンゼイは耳打ちした。
「さて、お話なんだけど」
身構える夫婦に、にこやかな笑顔を見せる王妃。
扇をパラリと開いて口元を隠し、用件を告げる。
「どうやら、近い未来でこの世界が滅びてしまいそうなの」
「!」
王妃の話は想定以上に、とんでもない話であった。
「多分、 五年先とか十年先とか、そんな近い未来に」
「水蛇が、力を増している、ということ?」
「ええ。どうやら、世界樹に目を付けてしまったようね」
「……」
「……」
世界樹の魔力を取り込み、どんどん力を増している最中だと言う。
世界を救う方法はただ一つ。
勇者と呼ばれる存在が、聖女の助けを得ながら水蛇を封じること。
「残念ながら、この世界に勇者は居ないのよね。別の世界になら居るみたいだけど」
「勇者、ですか?」
「そう。でも、この国出身の勇者でなければ、力も半分しか出ないのよね」
勇者というのは、世界のあらゆる精霊に愛された存在。世界が違えば、加護は半減してしまう。
世界の歴史の中で、複数勇者の召喚という儀式が存在していた。
単体では力が足りないので、何人もの勇者を呼んで世界の危機を救った記録も残っていたのだ。
「まあ、でも、私が居るから、無駄になってしまうわね」
終末を知らせる精霊。
王妃は自らをそう名乗った。
「だから、何かをしている途中なら、後悔しないように急いでね、……それを、今日は伝えたくって」
「お、王妃様――」
「なあに?」
リンゼイは震える声で質問をする。過去に行けば、未来は変わるのかと。
「――さあ、分からないわ」
その返事を聞いて、ホッとする。
ここで否定をされたら、立ち直れないと思った。
「教えて下さり、ありがとうございました」
「いいのよ」
クレメンテも事情が上手く呑み込めずに混乱をしていたが、とりあえず頭を下げた。
王妃はパチンと扇を畳み、満面の笑顔を向ける。
「じゃあ、二人共、お幸せに」
その後、表情を消し、言葉を続ける。
「――死が、二人を別つ時まで」
クレメンテとリンゼイは、ゾクリと背筋が冷えるのを感じる。
まるで、悪い予言を聞かされたような、そんな気分になっていた。
アイテム図鑑
王妃の扇
クレメンテとリンゼイをびびらせる小道具となった。




