百六十話
手土産が完成したので、さっそく美食王の元に行くことにした。
転移陣で行き来可能な状態にしていたので、移動は一瞬である。
向かう面々はクレメンテ、リンゼイ、ウィオレケ、リリット。
一応、王の面前なので、皆、正装で赴く。
館の客間に不法侵入する形になったリンゼイ達。
赤い絨毯が敷かれた部屋に着地する。
「よく来たな」
突然やって来たクレメンテ達を古代の美食王ことエルベール・レオナルド・マリエル・リュッセは涼しい顔で出迎えた。
長椅子に腰掛け、優雅な様子で居る。
『び、びっくりした』
「うん。びっくりするのは向こうのはずなのにね」
「姉上、余計な口は慎むんだ」
機嫌を損ねたら過去へ飛ぶための計画が台無しになる。ウィオレケは厳しい口調で注意をした。
クレメンテはぎこちない笑顔を向けながら挨拶をして、お土産の星空ゼリーを出し出す。
「こちら、以前お約束した星空ゼリーです」
「――おお!!」
エルベールは目を輝かせながら土産を受け取った。
「いつまで経っても来ないから、文句でも言おうと思っていたが、まあ、いい。さっそく戴くとしよう。お主らも座れ」
「ありがとうございます」
エルベールが指先を振えば、何もないところからお茶と茶菓子が現れた。
現代では廃れた奇跡の力、魔法を使って客をもてなす。
星空ゼリーはエルベールの前だけに出された。
「ほう……」
厳しい目をゼリーに向けている。
ウィオレケは固唾を呑んで見守っていた。
「ふむ。見た目は美しい」
外見は合格を貰う。
次に、味を見ることに。
ツルンとしたゼリーを匙で掬った。
食べる前に陽の光に透かし、目を細めている。
「これは、いいものだ」
見た目に関し、二度目の絶賛を口にする。
それから、匙の上のゼリーを舌の上に運んだ。
一同の緊張感が高まっていく。
「!!」
目をカッと見開き、感想は述べずにもう一口。
それを何回も繰り返す。
エルベールは、無言のまま、どんどん星屑ゼリーを食べ進めていった。
匙を置き、口元をナプキンで拭う。
「……これは、まことの夜空なり」
よく分からない感想を言う。
ウィオレケは意図が分からずに、首を傾げた。
その様子を見て、補足する。
「星空ゼリーとやら、見事であった。見目美しく、極めて美味し。至高の甘味よ」
「!」
予想にもしていなかった言葉に、ウィオレケは呆然とする。
リンゼイは喜んで、弟の肩をぽんぽんと叩いていた。
胸を撫で下ろすクレメンテに、『良かったね』と声を掛けるリリット。
大袈裟な反応を見せる面々。エルベールは目を細めていた。
「さて、前置きはこのくらいにして、本題とやらを聞かせてもらおうか?」
意味もなくご機嫌伺いに来たわけではないのだろうと話す。
リンゼイはコクリと頷き、クレメンテがことの説明をすることにした。
「……なるほど、な」
先ほどの生き生きとした表情は消え、深刻な表情となる。
「まあ、世界のためを思えば最善か」
水蛇について、倒すことは不可能であるという点は、同意を示していた。
「例えばだが、人類最強の戦闘能力を誇る伝説の勇者が十人がかり、最高位の治癒力がある聖女が二十人ほど集まれば、勝てるかもしれない」
戦いを挑むのは無謀というものだった。
「あまり、驚かれないのですね」
「悪い力については日々感じていた」
ただ、魔法の力で守られた自分の人生に直接の影響はないと思い、放っておいたと話す。
「それで、過去に飛ぶ道具、『時渡りの羽』を譲って頂けないかと……」
クレメンテは頭を下げる。
もちろん、無償で貰うつもりはない。条件を言ってくれと頼んだ。
「――そうだな。では、一つだけ、頼みを叶えて欲しい」
とんでもないことを言うに違いない。
リンゼイはそう思いながら、覚悟を決める。
氷山で古代生物を発掘してこいとか、火山の中にある稀少鉱物を探して来いとか、砂漠の花を献上しろとか。
最悪の事態を想定していた。
しかしながら、エルベールは意外なことを願う。
「私は暇だ。なので、暇を潰せるものを持って来てくれ」
「え?」
「チャンスは一度きりだ。よくよく考えることだな」
パチン、という音が鳴れば、景色は白くなる。
瞬きした刹那、クレメンテ達は屋敷に戻って来ていた。
実にあっさりとした課題を出され、唖然とする一同。
「ひ、暇潰しって」
「意外な内容でした」
「でも、難しいかもしれない……」
『そうだね。もしかしたら、迷宮でお宝探しとかの方が楽だったかも』
正解はエルベールの気分次第。
しかも、チャンスは一度しかなかった。
今日はもう時間も遅かったので、翌日に考えることにした。
◇◇◇
その日は朝から集まって、話し合いをする。
一晩たち、各々が考えた暇潰しを発表することにした。
リリットは書記を務める。
まずはリンゼイから。
「暇潰しと言えば、植物を育てることだと思うのよ。だから、迷宮を全て植物園にして、ゆくゆくは観光地に……」
『なんで観光地?』
「いや、なんとなく」
『っていうか、完全にリンゼイしか得をしない迷宮になるよね?』
「そうかしら?」
『うん。まあ、意見の一つとして書いておくけど』
次にウィオレケが着想を語る。
「私は、巨大な料理店を迷宮に作り、開店したらいいと思っている」
『あ~、美食王にぴったりぽいね』
「一層目はメインとなる料理屋、二層目は甘味屋、三層目はお菓子、四層目は喫茶店、五層目は酒場、六層目は高級料理店、七層目は料理大会の開催場所」
『なんかいいかもしれない』
三番目にクレメンテが発表する。
「私の暇潰しといえば、睡眠しかなくて……」
最高級の寝具一式を贈ったらどうかと提案をする。
『……うん、まあ、意見の一つとして書いておくけどね』
以上、三人の着想であった。
『一番良いのはウィオレケのだけど、料理人を探して来たり、材料の運搬だったり、継続して続けることを考えると、不可能としか言いようがないよねえ』
「それは確かに言える」
言った本人もあっさりと認めた。
だからと言って、リンゼイやクレメンテの考えたことは微妙だとリリットは言う。
『っていうかさ、暇潰しって、そんなに大規模なものじゃなくって、ちょっと時間を忘れて夢中になれるものだったり、気軽に楽しめたりするものだと思うんだよねえ』
「……確かに、そうだな」
「それが難しいと」
「ですね」
リンゼイはこのあとセレスティーナとお茶をする予定だ。
何か参考になることを聞き出せるかもしれないと、期待を寄せている。
「私もイルやシグナルなどに聞いてみます」
ウィオレケは街の図書館に行って来ると言った。
『ひとまず解散?』
「そうね」
リンゼイは身支度を整えるために、私室へと戻って行った。
◇◇◇
今日は天気が良く、吹く風も柔らかい。
庭のちょっとしたスペースに植えていた薔薇の花が満開だった。
リンゼイはセレスティーナを庭に誘った。
庭にある円卓には、淹れたての紅茶とあつあつの焼き菓子の入った籠が置かれていた。
セレスティーナは庭を眺めている。
プラタとメレンゲは庭で生まれたばかりの子竜と遊んでいる。
名前はサフィールに決まった。雌の竜で、両親とウィオレケ、怪植物に育てられ、すくすくと成長している。
「すごいですわ、竜のために庭を整えるなんて」
「ええ、うちの人、こだわりないから」
屋敷の裏は薬草畑になっている。
普通の家よりかなり変わった環境であった。
「セレスティーナ様、最近どうしているの?」
「お茶会のお誘いが殺到して、大忙しなの」
「まあ、大変ね」
『メディチナ』の手伝いをしているという噂が広まり、自分達にも出来ることなのかという質問責めに遭っていると話した。
「なんか、悪いわね」
「いいえ。こういう風にちやほやされるの、嫌いではありませんの」
「素直ね」
「リンゼイ様には負けますわ」
セレスティーナは『メディチナ』の薬作りも手伝ってくれた。今では大きな戦力となっている。
「そうね。もう少し、従業員を増やしてもいいのかもしれないわ」
「まあ、本当に?」
「先の話になりそうだけどね」
セレスティーナは話す。
世の女性は自立を夢見ていると。
「大きなことは望んでいませんのよ。もちろん、夫から独立したいとも考えておりません」
ただ、ちょっとした労働をして、達成感に酔いたいだけだと言う。
「ちょっと考えておくわ」
「よろしくお願いいたします」
それからしばらく会話を楽しむ。
リンゼイとクレメンテのなれそめについても語ることになった。
最後に例の話を振ってみることにする。
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