百五十九話
自分も妄想力が爆発をしてしまったのか。
クレメンテはそう思った。
今までも、夢の中で似たようなことを何度も見てきた。
ついに、現実のリンゼイにまで投影をするようになってしまったのではと、自分が情けなくなる。
「ちょっと、何か反応をしなさいよ」
「はいっ!?」
顔を真っ赤にさせたリンゼイに、胸を拳で打たれる。
全然痛くなかった。
もっと全力で叩かれないと正気に戻れないと思ったが、言わずに黙っておいた。
「あ、こ、ここは寒いので、戻りましょうか」
「なんでそうなるの!?」
リンゼイにジロリと睨まれ、胸が激しい鼓動を打つ。
どうして彼女はこんなにも怒っているのか。
本気で分からなくなり、首を捻る。
十中八九自分が悪いということは分かっているが。
「あなたね、人が勇気を出して告白をしたのに」
「え!?」
――さきほどの、夢のような言葉は、聞き違いではなかった?
もう一度聞けば安心出来るが、それを願うのもどうかと思われる。
おろおろとしていたら、リンゼイが噛みつくような勢いで話し掛けてきた。
「クレメンテの欲しいものって、わ、私なんでしょう!?」
「え!?」
「思えば、あなたの興味なんて、一方にしか向いていなかった。どうして気付かなかったのかしら!?」
クレメンテの欲しいものは、発覚しないまま終わると思っていた。
けれど、気付いてくれた。
嬉しくて胸が一杯になる。
「呆れませんでしたか?」
「どうして?」
「だって――」
戦うことしか知らず、『メディチナ』を経営するうえでもさほど役に立っていなかった。
人付き合いは苦手。かと言って、賢いわけでもない。おまけに容姿もパッとしない。
嫉妬深いし、気も短い。問題はたいてい力任せで解決してしまう。
そんなクレメンテが他を望むなど図々しいと思った。
「でも、私は好き――って、これ、さっきも言ったでしょう!?」
「ああっ、やっぱり聞き違いではなかったのですね!!」
「さ、最低! 聞き違いで片づけるなんて!!」
「違うんです! 私なんかが……いえ」
自分を卑下するのは止めようと、クレメンテは思う。
リンゼイと釣り合うには、自分に自信を持たなければならない。
「好き」という言葉には、そういう力がこもっていた。
クレメンテはしっかり前を向き、お礼を言う。
「ありがとうございます。嬉しいです」
「分かればいいの」
やっと、怒った顔が解れる。
なんて嬉しいことだろうかと、クレメンテは感極まった。
そして、彼も最初で最後の告白をする。
「私も、リンゼイさんのことが、大好きです」
美しい笑みを見せ、「知ってる」と返事をした。
彼女らしい言葉に、思わず相好を崩す。
このまま終わりそうになったので、リンゼイはクレメンテの胸に飛び込む。
らしくないことだと分かっていたが、何も考えずに、感情の赴くままに行動をした。
クレメンテはしっかりと抱き止め、リンゼイの体を抱き締めた。
しばらく二人で、気持ちは通じ合ったことの喜びを噛みしめていた。
◇◇◇
一応、周囲をやきもきさせていたので、無事に想いを伝え合ったことを報告することになった。
呼び出したのはリリットにウィオレケ、エリザベス、シグナルの三人と一妖精。
大きな安堵の息を吐いたのは、長い間一番熱くなっていたエリザベスであった。
「――やっと成就したのね」
「心配をおかけしました」
「本当に」
「これから先は、リンゼイはクレメンテに生涯寄り添う、ということで間違いないのよね?」
「ええ」
それを聞いたクレメンテは驚く。
「……なんであなたが驚くのよ」
「いえ、その、う、嬉しいです」
リンゼイははっきりと、国に帰るつもりはないと言った。
「まあ、父上には勘当されてしまったし」
「あ、姉上、父上に会ったのか?」
「ええ」
「勘当って、一体何をしたんだ……?」
「杖と燭台で打ち合い」
何故、そのような状況になったのか。
恐ろしくて聞きたくもないと思った。
「父上体力ないから、もう少しで勝てそうだったんだけど」
「いや姉上、勝ち負けの問題ではないと思う」
この話は終わりだと、ウィオレケは切って捨てた。
「長くなったけど、もう大丈夫だから」
「それにしても、長かったわ」
「みなさん、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした……」
呆れたような顔をするエリザベスに嬉しそうにするシグナル。
ウィオレケはどうして姉夫婦の両想い報告を聞かなければならないのかと、うんざりした顔を見せていた。
『いやはやウィオレケ君、そうは言いますが、あの二人が真なる夫婦になる。素晴らしいことではありませんか』
「……いや、身内のそういう報告とか、キツイ」
そんな口を利きながらも、報告を聞いた瞬間にホッと安堵して、嬉しそうな顔をしていたのをリリットは見ていた。
本当は嬉しいくせに~と言うのを我慢して、無言でほっぺをぷにぷにしておくだけに止めておく。
とりあえず、エリザベスとシグナルには休んでもらうようにした。
日付が変わるような時間帯であったが、リリットとウィオレケには少しだけ話を続ける。
『リンゼイ、まだ報告があるの?』
「ええ」
水蛇について、包み隠すことなく伝えた。
リリットは静かに聞き入れる。
ウィオレケは、リンゼイが決めたことならばと、意見することはしなかった。
「……みんな、ありがとう」
「まずは美食王の協力が必要だけど」
「そうでしたね」
リンゼイはウィオレケに料理大会で作った星空ゼリーを作ってくれないかと頼む。
「いいけど、青い軟泥状魔物を探すの?」
「いや、それは無理だと思う」
青色の軟泥状生物は稀少な魔物だ。見つけるだけで一苦労してしまう。
この件については、なるべく時間を掛けたくないと思っていた。
「料理を青くする着色料なんて売っていないような?」
「そ、そうよね」
生地に薄い赤色を付けたり、黄色くしたりする着色料はある。
だが、食欲を減退させる青いのものは売っていないのだ。
「何か、植物から着色料が取れたらいいんだけど……」
「姉上、自然に青という色合いは存在しな――あっ!!」
「ん?」
「メルヴの花!」
「あ、あった」
材料は案外近場で見つかる。
「花一つだけじゃ足りないから、あと二つくらい咲かせてもらわないと」
「あとで頼んでくる」
『星空ゼリー作り、楽しみだねえ』
「リリット、あなたは楽しそうでいいわね」
『ふふふ~ん』
こうして、帰宅後の予定は固まった。
◇◇◇
『メディチナ』のおしろいの反響は想定以上であった。
新聞や雑誌などの取材を受けることになる。
そこで、次回販売は未定だということを告知しておいた。そのお蔭で、前回ほど問い合わせの手紙が届くこともなかった。
即売会の日程は未定だったが、既に在庫の作り貯めは始まっている。
商品はほぼ完売だったので、補充をしなければならなかった。
ウィオレケは星屑ゼリーを作る為に、怪植物の咲かせた青い花を煮て、色素を抽出する作業に取り掛かっていた。
前日、ウィオレケが怪植物に頼み込み、薔薇水を与えたところ、気合を入れ過ぎたのか、四つも花を咲かせていた。
どれも大輪の花で、ありがたく頂戴をすることになる。
『ウィオレケ、どう?』
「いい感じだと思う」
鍋の中には濃い青の液体が残っていた。
薔薇のいい香りもする。
これならばいい色が出そうだし、香りも美食王は気に入ってくれると思った。
『明日行くんだっけ?』
「そう言っていたな」
『上手くいくかな~』
「さあ?」
古代人であり、魔法使いでもある美食王の協力なしでは、過去の世界に飛べない。
まずは彼を陥落させることが重要だ。
『胃袋を掴む作戦だね』
「……責任重大だ」
『大丈夫、大丈夫! ウィオレケの作ったお菓子、とっても美味しいから!』
リリットの保証を貰い、勇気づけられる。
『味見は任せてね~~』
「分かった」
さっそく、ウィオレケは星空ゼリーを作ることにした。
まずは怪植物の花の色を煮だした水を煮る。
沸騰したら火を止めて、砂糖とニワカ粉を入れ、混ぜ合わせる。
透明なガラス容器に流し込み、魔術で少しだけ冷やす。
固まりかけた状態になれば、細かく刻んだ『星果実』を入れ、さらに冷やせば完成となった。
『おお、美しい~~』
カップ一杯分ほどの星空ゼリーは、以前作ったものと同じくらいの完成度になっていた。
リリットは試食してみる。
『ツルンとしていていいね。青薔薇の香りも濃厚だし、ゼリーの甘味と星果実の酸味との相性も抜群。美味しいよ、これ!』
「それはよかった」
見た目、味共に合格を貰い、ホッと肩を撫で下ろすウィオレケであった。
アイテム図鑑
星空ゼリー改
ウィオレケ特製、怪植物の花弁入りゼリー。
薔薇の風味と星果実の酸味が堪らない。
妖精リリットも大絶賛。