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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第十一章 クレメンテとリンゼイの一大決心
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百五十八話

 その日の夜は『メディチナ』はお休みとなる。

 久々にゆっくり過ごす晩だった。


 リンゼイはリリットの、『組み立てるだけのお菓子の家』製作を手伝うことになる。


 簡単かと思いきや、意外と繊細な作業で、リリットと二人で苦労をすることに。

 やっとのことで完成すれば、妙な達成感があった。


 出来上がったお菓子の家を食べてもいいと勧められたが、リンゼイは丁重にお断りをする。


 リリットはうっとりとした顔で、ここに住みたいと言っていた。

 彼女の体ならば、余裕で生活出来そうだと思ったが、あっという間に完食をしてしまう。


 チョコレートやクッキーの甘ったるい匂いは、その後も消えずに残っていた。


 ◇◇◇


 翌日、リンゼイとセレスティーナは、図書館に出掛けた。


 そこは図書館というよりは、喫茶店と言った方がいいような空間であった。

 本の数もそこまで多くない。

 セレスティーナのお勧めだという本を借り、部屋に持ち帰って読むことにする。


 リンゼイの部屋で読書大会をすることになった。

 大人しく本を読むものだと思っていたのに、セレスティーナは質問をぶつけてくる。


「リンゼイ様のこと、聞かせて頂ける?」

「は?」

「本の執筆のネタに致しますので」

「……」


 数日前に言っていた本の執筆は本気だったのかと、項垂れる。

 一体いつから書きたいのかと聞けば、生まれている時からだと言った。


「生まれてきた時の記憶があるわけないでしょ?」

「そういえば、そうでした」

「私のことを書くって、本気だったのね」

「ええ、本気ですわ」

「……やっぱりなんか嫌」

「そんな!」


 お願いと懇願されたが、首を横に振るリンゼイ。


「どうしてですの!」

「だって、恥ずかしいでしょう?」

「お願いですわ。わたくしたち、お友達でしょう?」

「お、お友達?」

「あら、違ったかしら?」

「……」


 お友達。

 今まで、リンゼイには縁のない言葉であった。


 セレスティーナは『メディチナ』の従業員である。

 けれど、こうしてプライベートを共に過ごしているということは、特別な存在に該当するのかもしれないと思った。


 リンゼイ・アイスコレッタ。

 二十四年間生きてきて初めてのお友達である。


「リンゼイ様!」

「あ、うん、そ、そうね。お友達、お友達、かも」

「ええ、ええ、わたくしたちはお友達ですわ!」


 お友達という言葉を噛みしめ、いい気分になったリンゼイは、セレスティーナに自らの人生を語ることになった。


 ◇◇◇


 それから、『メディチナ』の即売会を目的とした船旅の日程は滞りなく過ぎていった。

 エリザベスと共に夜会に参加したり、リンゼイ似の奥さんを亡くした老人と食事をしたり、イルとスメラルドの老夫婦のような空気を生暖かく見守ったり。


 帰りは潮の流れに沿う形なので、あっという間にセレディンティア王国の海域まで帰って来た。


 今日は最後の晩である。


 リンゼイは意を決し、クレメンテを甲板に呼び出した。


 空は、満天の星が輝いていた。

 だが相手の顔が見える場所をと思い、船灯がある場所に移動する。


「リンゼイさん、寒くないですか」

「ええ、平気」


 冷たい夜の風よりも、今から言う内容が気がかりで、気温などどうでもよくなっていた。

 クレメンテは、リンゼイの肩に上着を掛けてくれた。


「!」

「震えているように見えたもので」

「あ、ありがとう。温かい」

「良かったです」


 リンゼイは息を大きく吸い込んで、吐き出す。

 クレメンテの顔を見上げ、腹を括ることにした。   

「今日は、言いたいことが二つあって――」


 一つは、水蛇ヒュドラ退治について。

 もう一つは、クレメンテへの気持ちについて。


 まず、水蛇ヒュドラについて触れることにする。


水蛇ヒュドラについてだけど、花の妖精国に倒しに行くのは止めようと思うの」


 史上最強と言われた伝説の勇者と聖女が倒せなかった魔物だ。リンゼイとクレメンテ、それから竜の戦力があっても、倒せないのではと気付いたことを告げる。

 それから、世界の終末についても語った。

 ただ一つ救う方法となる、過去の改ざんについて、王妃の秘密についても包み隠すことなく伝えた。


 クレメンテは、リンゼイの話を静かに聞いている。


「私達の時代は、きっと滅びないと思う。あるとすれば、数百年後とか、そんな感じかしら」


 視線はだんだんと下に移っていく。

 クレメンテの目を見ていると、リンゼイの決心が揺さぶられるように思えてきたのだ。


「いろいろ考えたけれど、私、見ない振りは出来ないなって、思って」

「はい」

「私――」


 言葉が続かなくなっていた。

 腹を括ったと思っていたが、まだ心の奥底に迷いがあった。

 世界には、世界の危機を知らずに幸せに暮らす人が大勢存在する。

 その人たちは、事実を知らないまま、平和な世で生涯を終えることになるだろう。


 リンゼイが過去を改ざんすれば、世界は修正される。

 関係ない人達の幸せを奪う可能性だってあった。


 この決定はとても重たいことで、簡単に口にすることは出来ない。


 励ますように肩を軽く叩かれる。

 今まで口下手なクレメンテが、何度となくこうやってくれたことを思い出した。


 今度こそ、確固たる決心を胸に、自分が本当にしたいことを伝えることにした。 


「私は、世界を救いたい。例え、自分や家族が消えてしまっても」


 遠い未来で、たくさんの人達が苦しむことになるよりも、今、やり直しをすべきではないかと、リンゼイは言う。


 それに花の妖精達も、辛い目に遭わなくて済むのだ。


「もう、決めたことだから。誰がなんと言おうと、私は実行して、成功してみせる」


 顔を上げて、クレメンテの目を見ながら、リンゼイは宣言をした。


 頭がグラグラと茹っているような、不思議な感覚だった。思わすかぶりを振る。

 大丈夫、上手くいく。何度も頭の中で呪文のように繰り返した。

 世界を救う。そうだと決めた。

 クレメンテが何を言おうとも。

 宣言してしまえは案外すっきりとした。もう揺らぐことはないだろうと、自信をもつことが出来た。


 顔を上げ、視線を交わす。


 クレメンテはまっすぐな目を向け、リンゼイの言葉に対し、返事をした。


「はい。お供をします。どこまでも。そして、リンゼイさんのことは、かならず守ります」

「!」


 リンゼイの眦から、涙が溢れ、頬を伝っていく。


 コクンと、ただ頷くことしか出来なかった。


 自己中心的な考えしか持たない、典型的な魔術師であるリンゼイは結婚して変わった。

 人として、弱くなった。

 だが、その弱さが、水蛇ヒュドラへ挑むことを止め、世界を救う決心を固めることになる。


 大きな決定だった。

 けれど、支えてくれる人が居る。

 これ以上、嬉しいことはない。


 小さくなって震えるリンゼイを抱き締める甲斐性は、残念なことにクレメンテにはなかった。


 それでも、泣き止むのを静かに待ってくれたのは、ありがたいことだと思う。


 時間を掛けて落ち着きを取り戻したリンゼイは、もう一つの話をすることにした。


「あの、もう一個、話が――」

「えっと、喉とか大丈夫ですか? お腹も、空いていませんか?」

「平気……」


 温かい場所、大好きな薬草茶、美味しいお菓子など。

 いろいろと自身が満たされてしまえば、また尻込みをしてしまうと、リンゼイは思った。


 精神的に追い詰められた感覚がする今だからこそ、伝える必要がある。


「――……」


 しかしながら、上手く言葉に出来ない。


 先ほどの水蛇ヒュドラについて話した時よりも、緊張していた。


 世界の危機とリンゼイの心内を天秤にかけて、世界の危機の方が軽くなるという、あり得ない事態でもあった。だが、それも彼女の心の中でだけの葛藤なので、いいこととして片づけた。


 リンゼイはじっとクレメンテを見つめ、手を差し出す。


 すると、リンゼイの手に、遠慮をするかのように指先を重ねてきた。


 握り締めてくれると思っていたので、ポカンとしてしまう。


 まるで、犬がお手をするようだと思った。


「――ふふっ」


 思わず笑ってしまった。


 このひとはどうしてこう――……。


 心の中に溢れる温かいものは、今から伝える感情に詰め込むことにした。

 リンゼイは笑いすぎて浮かんだ涙を指先で拭い、告白をする。


「クレメンテ、私、あなたのことが大好きなの」

アイテム図鑑


お菓子の家

リリットの家とも言える。

『うへへへへ』という変な笑い方をしながら食べていた。

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