百五十八話
その日の夜は『メディチナ』はお休みとなる。
久々にゆっくり過ごす晩だった。
リンゼイはリリットの、『組み立てるだけのお菓子の家』製作を手伝うことになる。
簡単かと思いきや、意外と繊細な作業で、リリットと二人で苦労をすることに。
やっとのことで完成すれば、妙な達成感があった。
出来上がったお菓子の家を食べてもいいと勧められたが、リンゼイは丁重にお断りをする。
リリットはうっとりとした顔で、ここに住みたいと言っていた。
彼女の体ならば、余裕で生活出来そうだと思ったが、あっという間に完食をしてしまう。
チョコレートやクッキーの甘ったるい匂いは、その後も消えずに残っていた。
◇◇◇
翌日、リンゼイとセレスティーナは、図書館に出掛けた。
そこは図書館というよりは、喫茶店と言った方がいいような空間であった。
本の数もそこまで多くない。
セレスティーナのお勧めだという本を借り、部屋に持ち帰って読むことにする。
リンゼイの部屋で読書大会をすることになった。
大人しく本を読むものだと思っていたのに、セレスティーナは質問をぶつけてくる。
「リンゼイ様のこと、聞かせて頂ける?」
「は?」
「本の執筆のネタに致しますので」
「……」
数日前に言っていた本の執筆は本気だったのかと、項垂れる。
一体いつから書きたいのかと聞けば、生まれている時からだと言った。
「生まれてきた時の記憶があるわけないでしょ?」
「そういえば、そうでした」
「私のことを書くって、本気だったのね」
「ええ、本気ですわ」
「……やっぱりなんか嫌」
「そんな!」
お願いと懇願されたが、首を横に振るリンゼイ。
「どうしてですの!」
「だって、恥ずかしいでしょう?」
「お願いですわ。わたくしたち、お友達でしょう?」
「お、お友達?」
「あら、違ったかしら?」
「……」
お友達。
今まで、リンゼイには縁のない言葉であった。
セレスティーナは『メディチナ』の従業員である。
けれど、こうしてプライベートを共に過ごしているということは、特別な存在に該当するのかもしれないと思った。
リンゼイ・アイスコレッタ。
二十四年間生きてきて初めてのお友達である。
「リンゼイ様!」
「あ、うん、そ、そうね。お友達、お友達、かも」
「ええ、ええ、わたくしたちはお友達ですわ!」
お友達という言葉を噛みしめ、いい気分になったリンゼイは、セレスティーナに自らの人生を語ることになった。
◇◇◇
それから、『メディチナ』の即売会を目的とした船旅の日程は滞りなく過ぎていった。
エリザベスと共に夜会に参加したり、リンゼイ似の奥さんを亡くした老人と食事をしたり、イルとスメラルドの老夫婦のような空気を生暖かく見守ったり。
帰りは潮の流れに沿う形なので、あっという間にセレディンティア王国の海域まで帰って来た。
今日は最後の晩である。
リンゼイは意を決し、クレメンテを甲板に呼び出した。
空は、満天の星が輝いていた。
だが相手の顔が見える場所をと思い、船灯がある場所に移動する。
「リンゼイさん、寒くないですか」
「ええ、平気」
冷たい夜の風よりも、今から言う内容が気がかりで、気温などどうでもよくなっていた。
クレメンテは、リンゼイの肩に上着を掛けてくれた。
「!」
「震えているように見えたもので」
「あ、ありがとう。温かい」
「良かったです」
リンゼイは息を大きく吸い込んで、吐き出す。
クレメンテの顔を見上げ、腹を括ることにした。
「今日は、言いたいことが二つあって――」
一つは、水蛇退治について。
もう一つは、クレメンテへの気持ちについて。
まず、水蛇について触れることにする。
「水蛇についてだけど、花の妖精国に倒しに行くのは止めようと思うの」
史上最強と言われた伝説の勇者と聖女が倒せなかった魔物だ。リンゼイとクレメンテ、それから竜の戦力があっても、倒せないのではと気付いたことを告げる。
それから、世界の終末についても語った。
ただ一つ救う方法となる、過去の改ざんについて、王妃の秘密についても包み隠すことなく伝えた。
クレメンテは、リンゼイの話を静かに聞いている。
「私達の時代は、きっと滅びないと思う。あるとすれば、数百年後とか、そんな感じかしら」
視線はだんだんと下に移っていく。
クレメンテの目を見ていると、リンゼイの決心が揺さぶられるように思えてきたのだ。
「いろいろ考えたけれど、私、見ない振りは出来ないなって、思って」
「はい」
「私――」
言葉が続かなくなっていた。
腹を括ったと思っていたが、まだ心の奥底に迷いがあった。
世界には、世界の危機を知らずに幸せに暮らす人が大勢存在する。
その人たちは、事実を知らないまま、平和な世で生涯を終えることになるだろう。
リンゼイが過去を改ざんすれば、世界は修正される。
関係ない人達の幸せを奪う可能性だってあった。
この決定はとても重たいことで、簡単に口にすることは出来ない。
励ますように肩を軽く叩かれる。
今まで口下手なクレメンテが、何度となくこうやってくれたことを思い出した。
今度こそ、確固たる決心を胸に、自分が本当にしたいことを伝えることにした。
「私は、世界を救いたい。例え、自分や家族が消えてしまっても」
遠い未来で、たくさんの人達が苦しむことになるよりも、今、やり直しをすべきではないかと、リンゼイは言う。
それに花の妖精達も、辛い目に遭わなくて済むのだ。
「もう、決めたことだから。誰がなんと言おうと、私は実行して、成功してみせる」
顔を上げて、クレメンテの目を見ながら、リンゼイは宣言をした。
頭がグラグラと茹っているような、不思議な感覚だった。思わす頭を振る。
大丈夫、上手くいく。何度も頭の中で呪文のように繰り返した。
世界を救う。そうだと決めた。
クレメンテが何を言おうとも。
宣言してしまえは案外すっきりとした。もう揺らぐことはないだろうと、自信をもつことが出来た。
顔を上げ、視線を交わす。
クレメンテはまっすぐな目を向け、リンゼイの言葉に対し、返事をした。
「はい。お供をします。どこまでも。そして、リンゼイさんのことは、かならず守ります」
「!」
リンゼイの眦から、涙が溢れ、頬を伝っていく。
コクンと、ただ頷くことしか出来なかった。
自己中心的な考えしか持たない、典型的な魔術師であるリンゼイは結婚して変わった。
人として、弱くなった。
だが、その弱さが、水蛇へ挑むことを止め、世界を救う決心を固めることになる。
大きな決定だった。
けれど、支えてくれる人が居る。
これ以上、嬉しいことはない。
小さくなって震えるリンゼイを抱き締める甲斐性は、残念なことにクレメンテにはなかった。
それでも、泣き止むのを静かに待ってくれたのは、ありがたいことだと思う。
時間を掛けて落ち着きを取り戻したリンゼイは、もう一つの話をすることにした。
「あの、もう一個、話が――」
「えっと、喉とか大丈夫ですか? お腹も、空いていませんか?」
「平気……」
温かい場所、大好きな薬草茶、美味しいお菓子など。
いろいろと自身が満たされてしまえば、また尻込みをしてしまうと、リンゼイは思った。
精神的に追い詰められた感覚がする今だからこそ、伝える必要がある。
「――……」
しかしながら、上手く言葉に出来ない。
先ほどの水蛇について話した時よりも、緊張していた。
世界の危機とリンゼイの心内を天秤にかけて、世界の危機の方が軽くなるという、あり得ない事態でもあった。だが、それも彼女の心の中でだけの葛藤なので、いいこととして片づけた。
リンゼイはじっとクレメンテを見つめ、手を差し出す。
すると、リンゼイの手に、遠慮をするかのように指先を重ねてきた。
握り締めてくれると思っていたので、ポカンとしてしまう。
まるで、犬がお手をするようだと思った。
「――ふふっ」
思わず笑ってしまった。
このひとはどうしてこう――……。
心の中に溢れる温かいものは、今から伝える感情に詰め込むことにした。
リンゼイは笑いすぎて浮かんだ涙を指先で拭い、告白をする。
「クレメンテ、私、あなたのことが大好きなの」
アイテム図鑑
お菓子の家
リリットの家とも言える。
『うへへへへ』という変な笑い方をしながら食べていた。




