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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第十一章 クレメンテとリンゼイの一大決心
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百五十七話

 三日目となれば、接客なども慣れ、客も減るのでそう忙しくもないだろう。

 クレメンテとリンゼイはそう思っていた。

 しかしながら、現実は違った。


 開店前、カーテンを閉めた店の前に並ぶ客を覗き、遠い目をするクレメンテ。

 続いて、リンゼイも覗き、同じ眼差しとなった。


「今日もすごい人ね」

「ええ」

「あの、すみません、袋詰めが遅くって」


 客さばきが遅くなる原因は自分にあると、クレメンテは頭を下げた。


「仕方がないわ」


 元兵士なのに、よく頑張っているとリンゼイはクレメンテを褒めた。

 たった一言で、やる気は極限まで高まる。


 リリットも客を覗き、『うわ』と呟いた。

 今までの中で一番多く開店待ちをしているらしい。


筋肉妖精マッスル・フェアリをもう一人増やす?』

「いえ、在庫部屋にこれ以上の人は入らないようです」

『そっか。残念』


 昨日も妖精おっさんの何度か逞しい筋肉に押し潰されそうになったクレメンテである。

 そのことを思い出し、少しだけ切なくなった。


 今日も『メディチナ』従業員の奮闘が始まる。


 ◇◇◇


 営業終了後、軽くお茶を飲み、解散となった。

 背中に布に包んだ竜を背負い、前には鉢に入った怪植物モンス・フィトを抱えたウィオレケはが、クレメンテに話し掛ける。


「義兄上、お願いがあるんだけど」

「なんでしょう?」

「今日、一緒に眠ってもいい?」

「え?」

「昨晩、怖いことがあったんだ……。だめ?」

「いっ、いえいえ、どうぞっ!」


 怖いこととは、リンゼイがウィオレケを抱き枕にしていたことである。

 事情を知らないクレメンテは、もちろんだと言って義弟を部屋に迎えることにした。


「あ」


 部屋に行く前にリリットを振り返る。


「リリット、姉上を寝かしつけてくれないか?」

『ん? どういうこと?』

「私も聞きたいんだけど」


 一日目、長椅子の上で眠っていたので、きちんと寝台で眠るか確認をして欲しいと頼んでいた。


『あ、そういうことね。了解~』


 ウィオレケはクレメンテに、「姉上は手が掛かるんだ」と憂いの表情で言っていた。

 その言葉にうんうんと深く頷くリリットであった。リンゼイは不服な表情でいた。


 翌日。

 船は夜明け前に港に到着したようで、完全に停止している状態であった。

 窓を開けば、賑やかな喧騒が響き渡っているのが分かる。

 ここで三日間停まり、買い物などをゆっくり楽しむのだ。


 イルとスメラルドは泊まりがけで美術館に行くと言っていた。

 エリージュとセレスティーナも買い物をすると張り切っている。

 ウィオレケは部屋でお勉強、怪植物モンス・フィトは竜の子守。

 シグナルは、船内で仲良くなったご婦人と酒蔵観光に出掛ける予定だと、嬉しそうに言っていた。


『わあお、シグナル、いつの間に……』

「ふふふ、まさか、こんないいことがあるなんて、人生なにが起こるか分からないものですね」

『いいねえ……』


 リリットはクレメンテとリンゼイはどうするのかと訊ねた。


「いえ、私は、特に予定はなくって……」


 またしても、エリージュの目が怪しく光る。


 ――だ っ た ら さ っ さ と 誘 え ! !


 鋭い目に射抜かれたクレメンテは、窓の外の、港町を眺めるリンゼイに声をかけた。


「リ、リンゼイさん」

「何?」

「よろしかったら、船内にある植物園にでも行きませんか?」


 よりにもよって、船内の植物園!!


 また、観光地チェックをしていなかった。あれほど読んでおくようにと、念を押しておいたのにと、エリージュは怒りで震えている。


 周囲の心配をよそに、帰って来た反応は意外なものであった。


「そこ、行ってみたかったのよね」

「ほ、本当ですか!?」

「ええ。連日大盛況だと聞いていたから、人が多いだろうし、ちょっと遠慮をしていたの」


 今日はほとんどの客が船を降り、観光や買い物に向かう。

 よって、船内施設は空いているという訳だった。


「じゃあ、下船時間が過ぎるまでのんびり過ごして、船内が静かになったら行きましょう」

「そうですね」


 マイペースな二人の予定は固まった。


 二時間後、クレメンテとリンゼイ、リリット、それからウィオレケと怪植物モンス・フィトは船内植物園に出掛けることになった。

 怪植物モンス・フィトは鉢から出され、自分の足で歩いている。

 竜の子は布に包み、ウィオレケが抱いていた。


「その子、名前決まったの?」

「まだ迷っていて」


 竜の子の名前を迷いすぎて、勉強に力が入っていないようだったので、リンゼイは弟を気分転換に植物園へと連れ出していたのだ。


 船内植物園は甲板の上に作られた施設である。ガラス張りで、太陽の光を取り入れるような構造になっていた。


「やっぱり誰も居ないわね」

「ええ。良かったですね」

「街に行けばここより規模が大きい植物園があるから当たり前だと思う」


 内容のない会話をする夫婦に、容赦なく突っ込みを入れるウィオレケであった。


 早速、無人の植物園を堪能することにする。


『ウワア~~!!』


 内部を見て、一番喜んだのは怪植物モンス・フィトであった。


 園内をスキップしながら進み、綺麗な花があれば、香りをかいでいる。


「あんなに喜ぶのなら、早く連れてくればよかった」

『ウィオレケ、優しいね』

「そんなことはない。遠くから連れて来て、拘束している者の責任だと思うけれど」

『うんうん。どこぞの夫婦に聞かせてやりたい……』


 どこぞの夫婦は、薬になる樹木を見つけ、笑顔で見上げていた。


『ちょっと、先に進もうかって声を掛けてくる』

「ああ、頼む」


 姉夫婦はリリットに任せ、ウィオレケは鼻歌を歌いながら進む怪植物モンス・フィトを追って行った。


『坊ッチャン、コレ、綺麗ダネエ』

「うん」


 歩きながら、怪植物モンス・フィトと過ごすのもあと少しだなと、ウィオレケは考える。


 怪植物モンス・フィトはリンゼイと契約を結んでいる。

 別れの日は確実に迫っていたのだ。


「メルヴ」

『ナニ~?』

「楽しいか?」

『坊ッチャント一緒ダカラ楽シイヨ!』


 こみ上げるものがあり、ウッと口元を押さえた。ウィオレケに追いついたリンゼイが立ち止まる弟の顔を覗き込み、ぎょっとする。


「ウィオレケ、どうしたの?」

「え?」

「えって、目が真っ赤」

「……」


 ごしごしと目を摩ったが、逆効果だった。


「……いや、なんでも、ない」


 喋れば、声が震え、目頭が熱くなる。


「えっ、どうしよう」


 リンゼイは困ってしまった。弟が涙目になっている。理由が全く分からないと。


 ここでしつこく聞いて良いものか、それとも見なかった振りをすればいいのか、迷ってしまう。


 リンゼイはリリットを振り返った。

 彼女も事情を知らないと、首を振る。


「ウィオレケさん、どうしたのですか?」


 後から来たクレメンテが、ウィオレケの様子に気付き、顔を覗き込みながら聞いてしまった。


「具合でも悪いのですか?」

「……違う」

「だったら、どうしたのでしょう?」

「……悲しくなって」


 ウィオレケの異変に気付いた怪植物モンス・フィトも近づいて来た。


『坊ッチャン、ドウシタノ?』

「……メルヴと別れるのが、辛いんだ」


 話を聞いて、シンと静まり返る。

 

 事情を知らない怪植物モンス・フィトは、オロオロとするばかりだ。


「ウィオレケ」

「……我儘だって、分かっている」

「それはいいんだけど」


 リンゼイは提案をする。怪植物モンス・フィトの意志に任せたらどうかと。


「う、うん……」


 ウィオレケはしゃがみ込み、怪植物モンス・フィトに聞いてみる。


「メルヴ」

『ナニ?』

「私は、もうすぐしたら、国に帰る」

『エ?』

「ここから、居なくなるんだ」

『エ? 居ナクナル? ナンデ?』

「姉上と兄上の役に立ちたいから、勉強をしにいくんだ」

『ウン……。坊チャン、頑張ルンダ』


 怪植物モンス・フィトは葉をしおらせながら、話を聞いている。


「それで――メルヴ、一緒に来るか?」

『エ?』

「出来れば、一緒に来て欲しいけれど、姉上や兄上と居たいなら……」

『イ、行ク!! ――ア』


 怪植物モンス・フィトは契約主であるリンゼイを見た。


「あなたの好きにしなさい」

『ア、ウン。アリガトウ』


 怪植物モンス・フィトはウィオレケについて行きたいと言った。


「姉上、兄上、ありがとう。メルヴも」

『ウン、メルヴモ、嬉シイ!』


 クレメンテとリンゼイは、微笑ましい気持ちで見守っていた。

アイテム図鑑


船上植物園

温かな光が差し込む絶好のデートスポット。

そこに、家族で出かけるクレメンテの残念さ。

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