百五十六話
夜になれば、『メディチナ』の営業が始まる。
昨日、商品の準備が間に合わない事態が何度かあったので、筋肉妖精の手を借りるべく、二名ほど召喚した。
店舗の裏の部屋はそこまで広くない。在庫の箱が積み上がっているので、余計にそう思う。
妖精達が加わったことにより、狭苦しい感覚はさらに上がることになっていた。
そして、今日も大勢の客が押し寄せる。
男性客にはシグナルが応対をするようになった。
店に近づいた瞬間に、御用聞きに行くのである。
その作戦が功を奏し、リンゼイ狙いの男達は近づくこともままならなかった。
クレメンテ同様に、口説きに来るだけの存在を面白く思わなかったエリージュの考えたことである。
金貨十枚のおしろいは飛ぶように売れた。
高額の小切手が、次々と取引に使われている。
他の化粧品や薬も瞬く間に在庫が減っていった。
本日は一時間半で、本日分の商品は完売。
買えなかった客に謝罪をすることになった。
その後軽食を食べ、解散となる。
くたくたになって帰って来た姉弟は、仲良く一つの寝台で眠った。
朝、ウィオレケは姉の抱き枕となっており、非常に面映い気持ちになった。
だが、ここからが大変で、リンゼイを起こすのに時間が掛かってしまう。
大声で呼びかけても、ゆすっても、なかなか起きなかったのだ。
だが、怪植物の叫びを聞いて、すぐさま覚醒をする。
『ボ、坊チャン、タ、大変、竜ノ卵ニ、ヒビガ! ナンダカ、生マレソウ!!』
リンゼイはカッと目を見開き、起きたばかりとは思えない素早い動きで怪植物のところまで駆けて行った。ウィオレケも後に続く。
竜の卵は怪植物の葉に包まれるように在った。
それに、ヒビが入り始めていた。
コツコツと、卵を突く音が聞える。
孵化は手助けをせずに、見守らなければならない。
ウィオレケは緊張の面持ちで卵を注視していた。
リンゼイは食事を部屋に持って来るように客室乗務員にお願いをする。
簡単に手で摘まめる軽食が運ばれて来たが、ウィオレケは手を付けようとしなかった。
「ウィオレケ、竜の卵の孵化は何時間もかかるから、食事を摂らなきゃ駄目」
「う、うん」
姉の注意を受けて、食事を摂り始める。
その間も、竜の卵から目を逸らさなかった。
話を聞きつけたクレメンテも、一緒に立ち会うことになる。
「なんでしょう。プラタの子の誕生に居合わせるなんて、不思議な気持ちですね」
「そうね。私も、メレンゲのことは友達だし、卵から育てたから母親みたいに思っているところもあるから、不思議」
リリットの『孫の誕生を心待ちにしている時の爺婆の気分か』、という感想は幸いにも夫婦の耳に入っていなかった。
コツコツと地道に叩く嘴が殻を破り、どんどんと範囲を広げていく。
その様子をはらはらと見守るウィオレケ。
ついに卵全体にヒビが入り、二つに割れた。
「――ああっ」
『ウ、生マレタ!』
『おお!』
卵からコロリと転がるようにして出てきたのは、黒銀の鱗を持つ竜だった。
リリットが『鑑定』で視てみれば、雌の竜であることが発覚する。
ウィオレケは小さな竜の体を抱き締める。
竜はクウクウと、子犬のような鳴き声を上げていた。
まさか、再びこうして竜を抱くことになるとはと、ウィオレケは感極まっていた。
子供を託してくれたメレンゲやプラタ、そして、姉夫婦に感謝をしなければいけないと思う。
眦から、熱いものが込み上げてきた。
瞬きをすれば、ぽろりと零れていく。
堰を切ったように流れるものは、止まることを知らなかった。
黒銀の竜はウィオレケの頬の涙をぺろりと舐める。
まるで慰めているような行為でもあった。
この日から、二回目の竜の子育てが始まることになる。
◇◇◇
本日の予定もいつの間にか決まっていた。
クレメンテはエリージュとシグナルと共にカジノに出掛ける。
リンゼイはセレスティーナと舞台の観劇に行くことに。
イルとスメラルドは船上デート。
ウィオレケとリリット、怪植物は部屋に残り、子竜と過ごすことになっていた。
二人はドレスに身を包み、帽子を被って劇場に向かうことにする。
身支度はセレスティーナが連れて来ていた侍女が整えてくれた。
青と紫、派手な色合いのドレスを着た迫力のある美人に、人々はため息を漏らし、道を譲る。
さすがに一人では相手に出来ないと思ったからか、声を掛けようとする男性は居なかった。
「セレスティーナ様、なんか、奇異の目で見られているような気がするんだけど」
「気のせいだと思っておく方がよろしくってよ」
「まあ、そうだろうけどね」
ジロジロと遠慮のない視線に耐えながら、なんとかシグナルが手配をしてくれた露台席に辿り着いた。
「演目は存じていて?」
「いいえ、まったく」
シグナルからパンフレットを受け取っていたが、見る暇がなかったのだ。
「濃厚な恋愛劇ですって」
「へ、へえ~」
眠らないように注意しなければと、リンゼイはひっそりと気合をしれていた。
演目は仮面夫婦ものだった。
何も想っていない男女が夜会で出会い、共に暮らしていくうちに愛し合うようになるという王道物語。
見ている側からすれば、二人は両想いに見えるのに、なかなか踏み切った態度に出ない。
モヤモヤしながら見続けたが、最後には気持ちを告白し合って大団円、というものであった。
珍しいことにリンゼイは一切眠気を感じず、劇に見入っていた。
演じられていた内容は、他人事とは思えなかったのだ。
演目終了後は、喫茶店に行く。
周囲の目が気になるので、個室がある店に行った。
リンゼイはセレスティーナに劇の感想を聞いてみる。
「昔から人気の演目ですわ」
今回の演目と似たような話は毎日のようにどこかの劇場にあり、原作となる作品は星の数ほどに出版されているという。
「政略結婚の多い貴族の娘の希望や願望を叶えた都合のいい話といいますか」
「き、厳しい評価なのね」
「ええ」
暇潰しに散々読んできた身としては、新しいものを求めていると話す。
「例えば、リンゼイ様のことを本にしても面白いと思いますの」
「え?」
「少女時代から独立し、王宮で認められ、王子に見初められる」
「それだけ聞けば、女性が好きそうな設定よね」
「でしょう?」
王子と手と手を取り合って薬屋を開き、成功を収める。
女性の自立と自己啓発を促す作品になりそうだとセレスティーナは熱く語っていた。
「あなたも、自分で何かをしたいって思うわけ?」
「それはもう、常日頃から考えていることですわ」
だが、現実は難しい。
理想的な貴族女性は、家を守り、夫を立てる存在でなくてはならない。
そういった望みを、創作の世界で広げ、自己投影をして楽しむのだと言う。
「それって本当に楽しいの?」
「楽しいに決まっていますわ」
「ふ、ふうん、そうなんだ」
「わたくし、リンゼイさんのお話を書きたいわ」
「え!?」
「もちろん、そのまま書くわけじゃなくて、脚色をするけれど」
出版云々ではなく、個人で楽しむために綴りたいと頼み込んでくる。
「あなた、普段からそういう作品作りをしているの?」
「いいえ。詩を書いたりしたことはあるけれど、物語は初めてですの」
「ふ、ふうん」
熱心にお願いして来るので、個人で楽しむならと許可を出すことにした。
「ありがとうございます、リンゼイ様!」
「あ、うん。頑張ってね」
「はい。完成したらお見せしますので」
お礼を言われて悪い気はしないリンゼイであったが、物語については恥ずかしいような、脚色部分が不安というか、なんとも言えない気分になっていた。
アイテム図鑑
セレディンティア王国の薔薇の花
リンゼイとセレスティーナが並んでいる様子を表した言葉。
鋭い棘があるので、誰も近づけない。




